謎の襲撃
「ふん、何を言い出すかと思えば馬鹿馬鹿しい。邪竜様は究極かつ最強の存在。それを貴様ごときが『本物にしてやる』などと上から目線とは……身の程を弁えて物を言え」
レーコが鼻で笑って偽眷属を一瞥した。
レーヴェンディアがトカゲであるなどとは微塵も思っていないからこその余裕だろうが、アリアンテとしては聞き捨てならぬ話ではあった。
実際、今のレーヴェンディアは魔物になりかけているのだから。
「今……レーヴェンディアに妙な魔力が宿っているのは貴様の仕業か?」
「ええ、そのとおりです。苦労しましたよ。あのトカゲは魔力を宿すにはあまりに脆弱すぎましたから、いろいろと下準備が必要でした」
仮面の奥の表情は窺えない。
もし偽眷属の言うことが事実なら、『下準備』などと言うには手緩いくらいの困難があっただろう。
なんせレーヴェンディアは正真正銘の雑魚トカゲである。
どんなに強大な魔力を流し込んでも、底が抜けたタライのように漏れ出るのが落ちだ。
まして、魔物としての魔力ならばなおさら適性はあるまい。
精霊といった中立存在の魔力なら少しは扱うことができたようだが、そもそもレーヴェンディアは性根が温和すぎる。邪悪な魔力とは親和性が最悪といっていい。水と油だ。
「答えろ。どんな手を使った?」
「大筋はあなたの得意技と同じですよ、女騎士さん」
「何?」
「大したものです。あなたは人の身でありながら、老けることがないのでしょう?」
こいつ。
こちらの手の内をどこまで知っているのか。
探り合いになる前に、レーコが口を挟んだ。
「待て。そんな奴と邪竜様と比べてもらっては困る。邪竜様はまさしく不老不死の存在だが、そこの女騎士はただの薬頼みの若作りだ」
「……ああ、その通りだ。それとも、レーヴェンディアに薬でも盛ったと言いたいのか?」
「いえいえ。謙遜は要りませんよ。あなたが『薬などなくとも』老けない身であることは承知の上です」
賞賛するように偽眷属が拍手を鳴らした。
レーコが少し訝るようにアリアンテを見る。
「私も長く生きました。あなたの秘技も、魔術国と名高い国の伝統魔術も、一通りは見知っています。それらを参考に、レーヴェンディア様を『本物』とする準備を整えさせていただきました。詳しくお聞きになりたいですか?」
「いや、そこまで聞けばあとはこちらで考える」
これ以上あちらのペースに乗せられるのは危険だ。
アリアンテはそう判断し、指をぱちんと鳴らす。
「レーコ」
「何だ」
「実はさっきレーヴェンディアから言伝を預かってな」
「む。私を差し置いて貴様に言伝だと?」
この手はあまり使いたくなかったが、仕方ない。
「『非常事態となれば現時点の10倍までパワーアップを許す』とのことだ。あの偽眷属を復活不可能なまでに完全消滅させろ」
「もっと早く言え」
そして一瞬で勝負はついた。
音もなくレーコが偽眷属の首根っこを鷲掴みにし、その掌から禍々しい魔力を放出したのだ。
「永遠の虚無を知り散り消え果てよ。二度と還らぬ灰燼となれ。奥義『虚空の大牙』」
ぐしゃり、と。
レーコが偽眷属の首をへし折ると、その身は砂塵のように崩れていった。
「見たか。これが、死の概念を刻み込んで不死の者すら殺す邪竜様の奥義が一つだ。今までの私では使用できなかったが、ちょうど10倍のパワーアップで使用可能になった。やはり邪竜様はこいつがしぶとく生き残っていたことを予見されていたのだな……」
「そうだな」
アドリブで適当に出した許可だとは死んでも言えない。
アリアンテは偽眷属の成れ果てである砂塵を踏んで確かめる。気配はもうどこにもないが――
「レーコ。たとえば、今のこいつが分身だとか身代わりという可能性はないか? 以前戦った虚とかいう精神魔物のときのように」
「問題ない。たとえ身代わりだろうと何だろうと、今の技を喰らったが最後、死の概念は本体まで伝播し確実に存在を消し尽くす」
「心強い技だな」
なんとなく、ゴキブリとかの害虫あたりに使って欲しい技だと思う。
一匹に使えば全滅させてくれそうだ。
しかし、これで倒せたというのは少しばかり拍子抜けな気もする。
「さあ、不届きな輩は今度こそ完全消滅させたと邪竜様に報告するとしよう」
「……そうだな」
どうあれ、一定の情報は得られた。偽眷属の言葉は虚実の判断が難しいが、レーヴェンディアの身に起きていることを推理する一助にはなりそうだ。
アリアンテはレーコの肩に手を触れる。
同時にレーコが謎魔法を発動し、狩神の洞窟へと一瞬で転移する。
その途端、
「大変ですアリアンテさん! トカゲさんが! トカゲさんが!」
泣き叫びながら聖女様がタックルをしてきた。
即座にレーコが顔面を掴んでキャッチし、問い返す。
「邪竜様がどうした?」
「むぐぐ……大変なんです! いなくなっちゃって……」
弾かれるようにアリアンテは洞窟の中を見渡す。確かに、聖女様と狩神と操々とドラドラしかいない。レーヴェンディアの姿がない。
操々と狩神は、力を使い果たしたかのように岩壁に背を預けて座り込んでいる。
アリアンテは操々に駆け寄り、
「何があった?」
「アタシもよく分からないよ。ったく、どうしたってんだか……敵がどうのこうのと」
「敵? 敵襲でもあったのか?」
操々は首を振った。
「敵なんか何も来てないのに、あいつ一人で走り出ていったんだ。『みんなは下がっとって』とか言って、アタシらの制止も振り切ってさ……」




