眷属の使命
魔物が転じて神へ祀り上げられることはままある。
ならばその反対。神だったものが魔物に零落するということもあり得ないことではない。
アリアンテの推測を肯定するように、偽眷属は滔々と続ける。
「神も魔物は、薬と毒のようなものです。その存在が人間に都合がよいか否かだけの話。一族の虚栄を保つために作られた神など、もとより魔物と紙一重の存在でしょう」
「……その嘘を司る力とやらで、自身の死を『嘘』にしたわけか?」
「ええ、正解ですよ女騎士さん。さすが察しがいいですね」
敵の言葉を全面的に信用するほどアリアンテは素直ではない。
だが、もしその能力が本当だとすれば、この上なく厄介な敵である。
嘘で現実を上塗りし、都合の悪い事実を消去することができる。たとえレーコの圧倒的な力で倒すことができても、その『倒した』という事実を抹消されてはどうしようもない。
「待て」
そこで、レーコが腕組みしながら会話に割り込んできた。
「さっきから貴様ら、何の話をしている? タイザンカタリトカゲだの何だのと」
アリアンテは一瞬戸惑う。
が、すぐに適当な言い訳で返す。
「要するに、こいつはライオットの先祖が生み出した嘘吐きの魔物ということだ。言うことはすべてデタラメと考えていい。惑わされるな。どうやらレーヴェンディアのことも、単なる大型トカゲ呼ばわりしたいらしい。ふ、まったく馬鹿馬鹿しい。あれほど強大で偉大なドラゴンなどそうそういないというのにな」
「なんだと貴様」
敵の口からレーヴェンディアの正体をバラされるより先に、相手の言葉の信憑性を消しておく。途中から自分自身の言葉がだいぶ白々しくなったのを感じたアリアンテだったが、担がれやすいレーコは簡単に乗っかってくれた。
「やれ。確かに私は嘘の化身ではありますが、そこまで言われると傷つきますね」
「黙れ。こともあろうに邪竜様をトカゲ呼ばわりだと? そんな不敬を働く下郎が、よくも眷属などと自称できたものだ」
「いいえ。真の眷属であるからこそ主を盲信せず、時には敢えて厳しい評価も下すことも必要です。レーヴェンディア様の正体は、嘘によって持ち上げられたタイザンカタリトカゲに過ぎません」
この言い争いで、アリアンテは偽眷属の意図が掴めてきた。
「は、分かったぞ。レーコにあることないことを吹き込んで、レーヴェンディアへの信頼を揺るがせようという魂胆だな?」
レーヴェンディアが激励すれば、おそらくレーコはどこまでもパワーアップする。3億倍に留まらず、それすら凌駕した領域まで踏み込むことも可能だろう。
あるいはこれ以上の魔力を獲得すれば、偽眷属の『嘘』による上書き能力すら無視して存在を消し飛ばすことすら可能かもしれない。
「だが無駄だったな。この娘の信頼はそんな言葉で揺らぐほど甘くはない」
「ああ、貴様にしてはよく分かっているな女騎士。誰に何を言われようが、邪竜様への忠誠を崩す私ではない」
余裕ぶりつつも、アリアンテは若干の焦りを覚える。レーコが人外じみた魔力を暴走もせずに振るえているのは、レーヴェンディアへの精神的依存があってこそだ。ある意味ではそこが唯一の弱点ともいえる。
「いえ――そんな野暮をするつもりはありませんよ」
偽眷属が仮面ごしにレーコを見つめる。
「レーコ嬢。私などがわざわざ言わずとも、貴女はもう気付いているのでしょう?」
場に沈黙が走る。だが、レーコには欠片ほども動じる様子はない。
偽眷属も同様に落ち着いた姿勢を崩さない。
「さきほど、貴女は村を巻き込むという脅し一つで簡単に刃を収めてしまった。暴虐の竜であるレーヴェンディア様の眷属としては、あまりに手緩い対応と思いますが?」
「勘違いするな。この世のすべての人間の生殺与奪の権利は邪竜様にある。私の独断で殺してはならんと判断したまでだ」
「ならば、これまでにレーヴェンディア様が貴女に邪竜らしい残虐な命令を下したことがありますか? 貴女の想像する邪竜と、レーヴェンディア様の実像に齟齬があったことは一度もありませんか?」
ふふふ、とレーコは不敵かつ上機嫌そうに笑った。
「邪竜様は私の魂を召しあがり、魔王を倒し世界を救うという盟約を結ばれた。無駄な殺生を好まぬのはそのためだ」
「やれ、あくまで目を背けますか」
依然として偽眷属はレーコから視線を逸らさない。
「たとえそう思い込もうとしても、心の奥底では矛盾が積み重なっているはずです。ですが貴女は決してそれを直視できない。なぜなら、あのトカゲが邪竜レーヴェンディアでなければ、貴女のその強大する力を支える者がいなくなってしまうのですから」
「いつまで無駄話を続けるつもりだ?」
そこでアリアンテは話を打ち切った。レーコが揺らぐとは思えないが、あまり長引かせるメリットもない。
「レーヴェンディアをトカゲ呼ばわりするなら、なぜ貴様はその眷属などと名乗っている? それこそ大した矛盾だろう」
「いいえ、何も矛盾はしていませんよ。私が忠誠を誓っているのは本物の邪竜たるレーヴェンディア様であって、あのトカゲではありません」
「だが貴様に言わせれば、レーヴェンディアというのは初代祭司のでっち上げた架空の存在なのだろう?」
「ええ、その通りです」
話がチグハグだ。堂々巡りの問答の間に、レーコの心にじわじわと猜疑心を植え付けるつもりだろうか。
それならば、こちらも律儀に付き合ってやる道理はない。
一旦ここは撤退して、こいつを完全消滅させるためにレーコをパワーアップさせる。とりあえずあと3倍くらい――10億倍パワー程度にすればいけるか。
レーヴェンディアの胃袋が心配になるが、この得体の知れない敵を消すためならその程度のリスクは受け容れなければならない。
そのとき、偽眷属が言葉を続けた。
「今は架空の存在ですが、じきに本当のことになります。あのトカゲを本物の邪竜レーヴェンディアにすることが、私の眷属としての使命ですから」




