騙
「ペリュドーナのアリアンテという者だ。邪竜レーヴェンディアに関係して、この村の祭司と話がしたい」
レーコの瞬間移動で村の近くまで移動した後、アリアンテは祭司の屋敷へと向かった。つまりはライオットの実家である。
生贄になる前は使用人として務めていたというレーコがいたおかげもあって、場所もすぐに分かった。
「は、はあ……ペリュドーナからですか」
戸口で対応に出てきたのは、使用人らしき女性である。本来ならばここで身分なりを明かして任意での協力を要請したいところだが、
「レーコ」
「指図するな」
村に入ってから顔を隠していたレーコが、ローブのフードを上げた。レーコの顔を見た使用人は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、
「素直に通せ」
レーコが瞳を青く光らせて命ずる。同時に使用人は催眠状態に陥り、半ば自失状態に陥った。
「……かしこまりました」
「しばらく眠っておけ。そして起きた頃には我々の来訪を忘れる。いいな?」
「仰せのままに」
頷いて使用人は静かに眠る。
つくづく便利である。これで性格がまともならば本当に頼もしいのだが、とアリアンテは思う。
屋敷の廊下をすれ違う使用人や守衛たちを催眠一発でことごとく眠らせていく。
と、そこで――
「お、お前は!」
レーコを指差して驚愕する者がいた。
明らかに上等な身なりに、ライオットと同じ金色の髪。当代の祭司――ライオットの父親と見て間違いない。
「やれ」
「だから指図するな」
特に会話は不要。これもレーコの催眠一発で眠らせる。
この父親がレーヴェンディアについて重要な情報を持っていないのは明らかだ。少しでもまともな知識を持っていたら、あのトカゲに生贄を捧げて魔王討伐なんかを頼むわけがない。
爆睡する者たちで死屍累々となった屋敷の中で、レーコが「ふん」と鼻を鳴らす。
「で、どうするつもりだ女騎士。こんなところに何があるとも思えんが」
「偽眷属の気配は覚えているな? それを探ってみてくれ」
「奴はもう消した」
「既に倒したとしても、生きていた頃の気配の残滓などがこの近くにあるかもしれん。それとも、そこまで遡って探るのは邪竜様の眷属といえどさすがに無理だったか?」
敢えて挑発的に笑いかけてやると、レーコはムキになった。
「無理なわけがあるか。とくと見ているがいい」
レーコが目を青く光らせて千里眼とやらを発動させる。
そして、
「む」
小さく唸った。
「何かあったか?」
「この屋敷の真下だ。地下の空間にほんの僅かだが、奴の気配の痕跡がある」
「地下室か。入口はどこだ?」
「ない。大昔はあったようだが、今はこの屋敷の土台部分で塞がれている」
つまり、存在そのものが封じられた地下室というわけか。
アリアンテは密かに手応えを覚える。
「地下に転移するか?」
「いや。迂闊に飛び込んで何かの罠があったら面倒だ。とりあえず通路を塞いでる箇所の床をぶっ飛ばしてくれ」
「いいだろう」
レーコが短剣を振るうと、床板に風穴が開いて地下へ通じるトンネルが生まれた。
「後で直せるな?」
「当然だ」
「よし」
アリアンテは大剣を振るってトンネルの奥へと風を送り込む。放置されていた地下室とあらば、空気が希薄になっているかもしれない。巻き起こった風圧で屋敷の窓が砕け散るが、どうせこれも後で直すから問題ない。
壁に備え付けられていた魔石ランプを力ずくでもぎ取ってトンネルの奥に潜り込む。レーコの掘った穴を抜けるとすぐに、古い煉瓦で覆われた地下通路に合流した。
秘密の資料室か。あるいは何かの実験場か。
いずれにせよ邪竜退治の勇者を騙った初代の祭司や、偽眷属と関連している場所なのは間違いない。
レーヴェンディアの正体がただのトカゲとバレてはまずいから、とりあえずレーコは見張りという名目で待たせておくとして――
そう考えながら通路を進んだアリアンテだったが、その奥に見えたものを前にしてふと立ち止まった。
小さな祠だった。
墓標のような石柱が一本立っており、その石柱の周りにほとんど朽ち果てた縄の残骸が纏わりついている。作法としてはかなり古めかしいようだが、祈りとして神に魔力を捧げるための装置だ。
その手前には礼拝所のような空間があり、レーコが探知したのはこの場所らしかった。
資料らしきものはどこにも見当たらない。
「レーヴェンディアを祀る祠か……?」
「何を言う。邪竜様を祀る祠がこんな風に放置されるわけがあるまい。いや、仮に放置されていなくとも地味すぎる。神殿クラスのものを建ててもらわねば困る」
アリアンテは祠の正面にしゃがみこんで観察する。
何かが宿っている気配はない。かつて何らかの神がいたとしても、既に信仰も絶えて久しいだろう。
「この祠から偽眷属の気配がしたのか?」
「ああ。今も僅かに漂っている」
どういうことかとアリアンテが思考を巡らせ始めたとき、
かつん、と。
入ってきた通路の向こうから、誰かが歩いてくる音がした。
アリアンテは即座に大剣を構え、レーコも短剣を抜いて睨みを利かす。
屋敷の者は全員眠らせた。誰かが追ってくることはありえない。
「――そこに祀られていたのが何者か、知りたいようですね」
黒闇の中から、×印の仮面がぬっと浮かび上がった。
見紛うはずもない。あれは。
「貴様、なぜ生きている」
レーコが歯軋りとともに魔力を漲らせた。
アリアンテも当惑する。レーヴェンディアの話によれば、この偽眷属は3億4320万倍攻撃を受けて完膚なきまでに消滅したはずである。
「いいえ。貴女の一撃は非常に強力でした。しっかり死んでしまいましたよ」
称賛するかのように手を叩く偽眷属。
「黙れ、今度こそ確実に殺す」
「よいのですか? ここで貴女が全力を出せば、地上にいる人間たちも無事では済まないかと思いますが」
アリアンテもレーコの肩に手をかけて制止する。
ここでレーコが全力攻撃でも放てば、地上の村が消滅してしまう。
舌打ちとともにレーコは魔力を抑える。
「ご心配なく。私は戦いに来たわけではありません。眷属の先達として、レーコ嬢にお話しをしにやって来たのです」
「貴様に先輩風を吹かせられる覚えはない。とっとと消えろ」
「そう仰らず。これでいて私は貴女を大いに評価しているのですよ」
偽眷属はわざとらしく肩を竦めてみせた。
「レーヴェンディア様の眷属としては甚だ力不足のお嬢さんと思っていましたが、まさかあそこまで急速にパワーアップするとは思いませんでした。いえ、これからまだ成長する余地すらあるかもしれない。末恐ろしい妹分です」
「誰が妹分だ」
アリアンテとレーコは目線と細かなサインで作戦を交換する。
具体的にはこうだ。
【まず情報を引き出す。可能な限り情報を引き出したら、アリアンテが飛び掛かって相手の動きを封じる。その隙をついてレーコが敵に触れて上空に転送する。しかるのちに3億倍フルパワー攻撃で改めて消す】
基本的に戦闘思考が一致しているので、あまり複雑なサインがなくとも互いの呼吸で十分に分かる。
「貴様のくだらん話につきあってやるつもりはない。こちらの質問だけに答えろ。なぜ私の攻撃を喰らって生き延びている?」
レーコの問いに偽眷属は首を振る。
「言ったでしょう。あの攻撃で私は確かに死んでしまいました」
「ならば今の貴様は幽霊とでもいうつもりか?」
「いえいえ。生きていますとも」
釈然としない回答をのらりくらりと吐く偽眷属。やはり早めに消すべきかとアリアンテは逡巡する。そのとき、
「――ただ私は、死んだことを『なかったこと』にしただけですよ」
そう言って、偽眷属は朽ちかけた祠を指差した。
「そこに祀られていた神の名は『騙』。嘘を司る護り神。タイザンカタリトカゲの従たる者」
偽眷属の指先に呼応するかのように、石柱にぴしりとヒビが入る。
「勇者を騙る愚かな男が、私欲と虚栄心の果てに生み出した卑小なる神です」




