迫る脅威
「なに? ライオットの村に行きたいだと?」
アリアンテによって昼寝から揺り起こされたレーコは、目を擦りながら渋い顔を浮かべた。
「ああ。至急、調べたいことがある」
「なぜ私が貴様の調べごとに付き合わねばならん」
「レーヴェンディアの許可は取ってある」
「それを先に言え。邪竜様の命とあらば、世界の果てへでも同行してやる」
こちらに向かって確認の視線を送ってきたレーコに、わしは微笑みながら頷き返す。
「お願いねレーコ。わしはこっちでちょっとやることがあるから、アリアンテの言うことをよく聞いて行ってきてな」
「承知いたしました。必ずや任務を達成してましょう」
わしはこの洞窟で居残りである。
どういうわけか知らないが、魔物になりかけている以上は人里にあまり近寄らない方がいいだろう。もし万が一、わしが暴走などしてしまったら最悪の事態になりかねない。
その点、ここなら狩神様・操々・聖女様が揃っていて、わしに多少の異変があっても対処できる。魔力切れでずっと臥せっているドラドラは戦力外として。
「それじゃあお願いの、アリアンテ」
「ああ。何かしらの手掛かりを得たらすぐに戻る」
そう告げると、アリアンテはレーコの肩に触れた。「頼む」と一言告げると、レーコが謎の空間魔法を発動させて村へ瞬間移動していった。
「……ふぅ。わしが魔物になっちゃうとは思わんかったのう。アリアンテが何か見つけてきてくれるとええけど」
「オマエ、案外オチツイテル?」
「落ち着いてるというか、いまいち実感がない感じかの」
正直いって、わし自身の体感は普段と何も変わりない。それに魔物といっても、聖女様や操々のように後から神様に鞍替えすることもできるみたいだし、そんなに悲壮感はない。雑草処理の神様みたいな扱いになれるかもしれない。
「ちょっとレーヴェンディア。あんまり魔物になることを舐めない方がいいよ。魔物っていうのは否応なく人間に対する攻撃性が芽生えるものなんだから」
「そうですよ。わたしがどんなに凶悪な魔物だったかご存じでしょう」
操々と聖女様が揃って頷くが、なぜだろう。この二人に言われてもあまり説得力がない。
しかし面と向かってそう言うと機嫌を損ねそうなので、わしはその辺で寝ているドラドラの方を見て、
「じゃけど、ドラドラさんとかは魔物なのに人間と仲良くやっておるようじゃけど?」
「アレ、仲イイワケジャナイ。調教ミタイナモノ。哀レ」
狩神様の的を射た発言にわしは唸る。確かに、レーコやアリアンテらの手によって牙を抜かれただけかもしれない。
操々もどこか同情した様子でドラドラを見る。
「弱い魔物は力で従わせることもできるけど、あれだけ強いドラゴンがこうもおとなしくなるのは稀だね……」
レーコによって強烈なトラウマを刻まれた結果だろう。
と、ここで聖女様が呑気にあくびをする。
「だけどトカゲさんが魔物になっちゃったら困りますねえ。わたしの町に遊びに来てもらえなくなるじゃないですか」
「あのチビッ子が結界に通り穴とか開けるから大丈夫なんじゃない?」
「うーん……それはちょっとビックリしちゃいますね。穴を開ける前にノックとかして欲しいです」
そのとき。
「!」
わしの身に怖気が走った。
とてつもなく嫌な気配が、洞窟の入口の方から感じられたのだ。
「み、みんな! 誰かこっちに近づいてきとるよね!?」
わしは慌てて聖女様たちに呼びかけるが、一同は揃って首を傾げた。
「冒険者さんですかね?」
「今日ハ貸切予定ッテ伝エタハズダケド」
「アタシは何も聞こえなかったけど……とりあえず見てこよっか?」
確かに足音や物音はしない。だが、禍々しい存在感が肌を焦がすように近づいてきているのを感じる。
草食のトカゲという、弱者特有の感覚なのかもしれない。
早まる心臓の鼓動を抑えながら、わしは洞窟の入口の方をじっと見る。
外から差し込む薄明りの中に、やがて侵入者の影が浮かび上がってくる。
【それ】を見たとき、わしは戦慄した。
――まずい。
レーコやヨロさんといった強者と出会ってきて、わしの眼力はそれなりに磨きがかかってきたと思う。
そのわしの目が告げていた。
聖女様たち三人がかりでも、【これ】には勝てない。
たとえドラドラが復活して戦列に加わっても焼け石に水。全員揃って瞬殺されるだけだ。
それこそ【これ】に対抗できるのはレーコくらいしか――
いいや。
もしかすると、今のわしなら。
「みんな! わしが【あれ】を追っ払うからさがっとって!」
震えながらも、わしは背中に黒翼を生やした。やはりイメージ通りに魔力が使える。
もしもわしに宿ったのがレーコ的な魔力なら、この状況を打開できるかもしれない。
ヨロさんと戦ったときのことを思い出し、自分を奮い立たせる。
洞窟に響く制止の声を置き去りにして、わしは【それ】に向かって突進を仕掛けた。




