唐突な魔力の目覚め
「のうアリアンテ。なんかわし、変な力が使えるようになったみたいなんじゃけど」
洞窟に戻ってアリアンテに相談すると、彼女は露骨に怪訝そうな顔となった。
「変な力?」
「うん。狩神様と訓練しとったら、爪で斬撃を飛ばせたり火を噴けたりしたのよ。これって明らかに異常事態よね?」
「……本当か?」
「ウン。威力モ侮レナカッタ」
狩神様が傍らで頷くと、アリアンテはわしの額に手を触れた。
「……確かに、今までは感じなかった魔力の気配があるな。しかもかなりの量だ。レーヴェンディア。どういうことだ? 変なものでも食べたか?」
「わしが聞きたいくらいじゃよ」
「お前には魔力の片鱗もなかったからな……それがここまで急に変貌したとなると」
わしとアリアンテと狩神様は、自然で同じ方向へと視線を向けた。
その先には、洞窟の壁にもたれて食後のうたた寝をしているレーコがいる。
わしの周りで非常識な出来事が起きたとき、まず第一に検討すべきはレーコの関与だ。
「やっぱりレーコの魔力がわしに流れてきてるのかの?」
「しかし、あの娘にとってお前は『強大なる主の邪竜様』だ。眷属の方から力を分け与えるなどという不敬な真似をするとも思えん」
「じゃよね」
それに薄々ではあるが、わし自身もこの力はなんとなくレーコ由来のものではない気がしていた。
もしもレーコ由来の力なら、まさしく何でもありな力のはずで『美味しい草生えろ』という魔法も自由に使えたはずである。
「ふっ、なんだかお困りのようですね皆さん」
ひょこり、と。
真面目な話の最中に、やたらと自信満々なドヤ顔で聖女様が割り込んできた。
「わたしには手に取るように分かりますよ! なぜトカゲさんがいきなり強くなったのか! 教えて欲しいですか? 教えて欲しいですよね! 真摯に頼むなら教えてあげないこともありませんよ!」
焦らすように言う聖女様だが、それを聞くわしらは割と冷静である。
たぶん聖女様のことだからきっと的外れな意見と思う。
が、この聖女様のポンコツ具合をあまり知らない顔が一名いた。
「おい水色のあんた。レーヴェンディアが困ってるでしょ……? 何か知ってるならさっさと吐け」
殺気を漲らせた目で聖女様の肩を背後から叩く操々だ。
なんとなくだが、こういうときの短気さはレーコと似たもの同士だと思う。
元・魔王軍幹部の気迫に気圧された聖女様は途端に身を竦めて「やだなあ冗談ですよ」と弁解する。
「アレですよアレ。前にわたしがレクチャーしてあげた草むしりによる邪竜化計画ですよ。あの努力がついに実を結んだんです。それでトカゲさんは最強になったわけです」
やっぱりそんな結論だった。
「あののう聖女様。よく考えとくれ。草むしりをしたくらいで邪竜になれるわけないじゃろ?」
「ということはトカゲさん。まさかもっとグレードの高い悪事に……作物泥棒にまで手を出したんですか! いくら力を得るためとはいえ、許されないことですよそれは!」
「いやそうではなくて」
そもそもあの計画は土台の想定から破綻していたのだ。
レーコの力が『邪竜への恐怖』だと推定して、それをわしへと誘導しようというものだったが、そもそもレーコの魔力は自前だった。奪えるわけがなかったのだ。
「……待てよ」
と、そこでアリアンテが深刻げに呟いた。
「ん? どうかしたのアリアンテ」
「迂闊だった。私としたことが見落としていた。レーコの魔力が自前ならば、『邪竜への恐怖』で集まるべき魔力はどこに行っている?」
「あっ」
そうだ。
レーコの魔力が自前だとしても、『邪竜への恐怖』が魔力としてどこかに溜まっている可能性は十二分にあるのだ。
「その力がわしに流れてきたということ? でも、なんで今更?」
「トカゲさん! やっぱり何か悪いことをしたんですね! きっとそのせいです!」
「濡れ衣じゃよ聖女様。わしは作物泥棒なんて……」
「次元の低い話をするな」
アリアンテが悩ましげに頭を抱える。
「レーヴェンディア。お前には魔力の適性もなければ、そもそも邪竜という存在とも程遠い性格だ。仮に『邪竜への恐怖』が魔力となっていても、並大抵のことではお前に馴染むまい。本当に何か変わったことはなかったか?」
「そうは言ってものう……わしは相変わらずレーコの大暴れに付き合っとっただけで」
揃って首を傾げていると、「はいはい」と操々が手を挙げた。
「要するにレーヴェンディアが邪竜っぽいことしたかどうかって話でしょ?」
「ああ」
「そうじゃね」
「この前、あの変な鎧野郎倒したじゃん。魔王だったんでしょあれ? それだったら『魔王すら凌駕する邪竜レーヴェンディア』って話にぴったりだし」
ううん、とわしは喉を鳴らす。
「でもあの戦い、焔華さんが本気を出すまで逃げ回ってただけじゃよわし」
「ウン。頑張ッテタケド、戦果トハ言エナイ」
「なに言ってんの狩神。あんたも聞いたでしょ? あの鎧、レーヴェンディアのことを勝者だって褒めてたじゃん」
確かにあのとき、ヨロさんはわしのことを心から讃えてくれたように思う。
そしてわしを『魔王を倒した邪竜』だと認めてくれた。
「んじゃ。わしがヨロさんを倒して邪竜っぽくなったから、魔力が宿ったということ?」
全員が沈黙する。
推論だらけで確定的なことが何一つない。
アリアンテが指を弾く。
「ともかく、あまりいい兆候とは思えん。ドラドラのような魔物たちが一斉に魔力切れに陥っていることも不可解だ。何かよからぬ事態が進んでいるのかもしれん」
しばし考え込んでから、アリアンテはわしに向き直る。
「魔力が宿った以外に変化はないか? 邪竜の魔力につられて、破壊衝動なんかが強くなったりは? 人間を食いたくなったりしてないか?」
「いやいや。そんなとんでもない。わしは――」
即座に否定しかけて、わしは言葉を止める。
一抹の不安が脳裏をよぎったからだ。
「食べ物をよく噛むようにするのは破壊衝動に含まれるかの?」
「ただの健康志向だ。積極的に続けろ」
「よかったあ」
額に浮いた冷や汗を前脚で拭う。胃が弱っていると診断されてから、できるだけ咀嚼を増やすよう心掛けていたのだ。
「あ、それともう一つ確認ええかの?」
「なんだ」
人間を食いたくなったりしていないか、という問いでふと思い出した。
もちろんそんな衝動は少しもないが――
「さっき、夢の中で偽眷属さんが『どうぞこの私をお召し上がりください』って言ってきたんじゃけど、これはただの夢ということでええよね?」




