大いなる力の誘惑
「サア、食後ノ特訓ダ」
食事を摂ってはい休憩、というわけにはいかなかった。
野菜鍋に舌鼓を打ってまだ間もないうちに、狩神様がポンとわしの背に手を載せてきたのだ。
「狩神様。食後すぐに動いたら横腹が痛くなってしまうし、もうちょっとゆっくりしてからでもいいのではないかの?」
「タワケ。苦シイ時ニコソ鍛エル意義ガアル」
「やっぱりお主はもうちょっと近代的なトレーニング理論を取り入れた方がいいと思う」
助けを求めて回りを見るが、レーコはシメの雑炊を山盛りで掻き込んでいる最中で、聖女様とドラドラは昼寝中で、アリアンテは操々とまさに食後の運動(戦闘トレーニング)をしているところだった。
要するに、誰もストップをかけてはくれない。
かつてのスパルタ訓練を思い出して足を震わせるわしに、狩神様は優しく励ましの声をかけてくる。
「ダイジョウブ。オマエガ頑張ッテキタコトハ知ッテル。キットコノ修行モ乗リ越エラレル」
「うう……頑張りに免じて今日の修行メニューはパスさせてくれんかの……」
もちろんそんな命乞いを聞いてくれる狩神様ではなく、わしは問答無用で洞窟の外へと引きずり出される。
「サア、マズハ軽ク飛ンデミロ」
そして開口一番にこの注文である。
飛ぶ?
飛び跳ねてみて、小銭の音がしたらカツアゲされるのだろうか。いいや、仮にも神様である狩神様がそんな小悪党じみた恫喝をするわけがない。
「あっ。もしかして空を飛べということかの?」
「ソウダ」
「あはは。無茶を言ってはいかんよ狩神様」
しかし、勘違いされるのも無理はない。
これまでの戦いの中で、わしは精霊さんの力を借りて空を飛んだことが何回かある。狩神様が詳しい状況を把握していなかったなら、わしが自力で飛べるようになったと誤解もしてしまうだろう。
――というわけで、『わし単独での飛行は無理です』と筋道を立てて説明したのだが、
「イイカラ、飛ベ」
聞いちゃいない。
スパルタにも限度がある。どんなに鍛えたところでトカゲは空を飛べないというのに。
だが、狩神様が根性のムチを構え始めたので、わしは慌てて黒爪を伸ばして翼を背に形作る。
そして頑張りアピールのために全力でバサバサと羽ばたかせてみせる。
「違うんじゃよ。頑張ってもわし独力では無理じゃから。ほら、こうやって精一杯羽ばたいてみても、全然飛べたりしないじゃろ?」
「デキテル」
「……え?」
そういえば足元の感覚がおかしい。
わしが恐る恐る眼下を見てみれば、羽ばたく翼が平原の草を大きく薙ぎ倒し、わしの身を人の背丈ほどの高さに浮かせていた。
「……わし飛んでる? 自分で?」
「ヤッパリ。オマエ、ナンダカ様子ガ違ッタ。飛ベルト思ッタ」
しかも、いつもなら自力で黒爪を動かすとひどく体力を消耗するというのに、息すら乱れない。なんならこのまま普通に飛行できそうな気もする。
羽ばたくペースを落とすと、わしの身はゆっくりと地面に降りていく。
「えぇと……これはわしが成長したということかの?」
「ダトイイケド」
「なんで疑問形なの?」
「オマエ、才能ナイ。褒メテアゲタイケド、コノ成長ハチョット不自然」
「じゃよね」
わし自身、嬉しさというよりも当惑の感情の方が強い。
翼の形状にしていた黒爪を元に戻し、わしは妙な気持ち悪さに身をもぞつかせる。
まだ精霊さんの力がちょっとだけ残留していたのだろうか。それならいいのだが。
「チョット攻撃モ試シテミテ」
「え? 攻撃?」
落ち着かないわしに、狩神様がまた難題を吹っかけてきた。飛ぶのはまだしも、わしに攻撃らしい攻撃の技なんてない。
しかし、要求された以上は試してみなければムチが来る。
「えいやっ。『竜王の大爪』っ」
ほとんど冗談気分である。
右の前脚を振り上げて、その辺に生えていた木に向けて空振ってみただけだ。
――だというのに。
バラッ、と。
わしが爪を振りかざした木が、微塵の木片に斬り裂かれて崩れ落ちた。
「……」
「……」
これにはわしと狩神様も沈黙。
しばし言葉を失くした後、おもむろに狩神様が呟く。
「試シニ、炎噴イテミテ」
「はっはっは。狩神様、まさかそんなね。飛ぶとか爪はまだギリギリ分かるけど、炎を噴くとか生物的に無理じゃって。舌を火傷しちゃうわい……ええっと……こんな感じかの?」
噴けた。
とびきり辛いものを食べたときをイメージして、空に向かって息を吹いてみたら、なんか真っ赤な炎が出た。舌もまったく熱くない。
「雷トカ呼ベル?」
「ちょっと待って狩神様。これ以上は無茶振り控えて。なんか本当にできちゃったら怖いし嫌だから」
非常事態である。
ただのトカゲだったわしが、なんかヤバいことになってきている気がする。これではまるでレーコが覚醒したときの再来ではないか。
しかし、わしは自分のことを邪竜だなんて思い込んではいない。ただの大型のトカゲだということをよく弁えている。
「トリアエズ、ミンナニ相談」
狩神様の提案にわしは頷いた。
わしの身に尋常でない変化が生じていることは間違いない。放置していては危険なことにもなりかねない。くしゃみでうっかり炎を噴いたりしては大変だ。早く元に戻してもらわねばならない。
狩神様と一緒に早足で洞窟へと戻る――その途中で、
「……ん? もしかしてこれがレーコ的な力なら、何でもありなのかの?」
あることを思いついたわしは地面を軽く叩いてみた。『とても美味しい草生えろ』と念じながら。
が、地面の様子に変化はなく、草一本生えてくることはなかった。
「ナニヤッテル?」
「あ、ごめんの。すぐ追いつくから」
前を行く狩神様に促されて、わしは再度駆け出す。
少しだけ力の誘惑に呑まれかけたが、無事に払いのけることに成功した。




