まずはみんなにお土産を
「えっと……いきなり呼んじゃってごめんの。お詫びと言ってはなんじゃけど、みんなにお土産を買ってきたから」
再集合を約束してからのここ数日、わしはただ休んでいたわけではない。
焔華の国でお土産を吟味していたのだ。
レーコの力が3億4320万倍になったことを受け、アリアンテがわしに相応の落とし前を付けさせようとすることは容易に想定できた。
というか実際、「覚えておけ」とまで宣告までされた。
そのため、機嫌を取るために数日間あちこちを奔走したわけである。
「えっ! お土産ですか! どんなのですか見せてください!」
しかし、最もご機嫌を窺いたい存在であるアリアンテはしかめっ面でレーコと睨み合ったままで、いち早く飛びついてきたのは聖女様だった。
「うん。聖女様にはこれ」
背負っていた荷袋を降ろし、用意していた聖女様用のお土産を渡す。
一冊の本である。
「なんですかこれ?」
「料理人向けの食材ガイドじゃね」
「料理人? わたしは神様であって料理人じゃないですよ。そりゃあ以前、宿屋の娘さんに扮してトカゲさんに料理を振る舞おうとしたことはありますけど、あれは世を忍ぶ仮の姿です」
「いいや、そうではなくてね。その栞を挟んでるページを開いてくれるかの?」
首を傾げながら聖女様がページを開く。
「なになに……『食材調達を語るにおいて、セーレンへの言及は欠かせない。極めて高品質の農産品を安定供給しており、この街の食材を使ったことのない料理人はまず存在しないだろう。ごく稀に発生する現地の『祭り』により供給が乱れることがあるが、この祭りの翌年に収穫された作物はブランド品として高値で取引され、最高の美味とも――』」
聖女様はやがて声で読み上げることも忘れ、食い入るようにページに顔を埋め始める。
この品選びは枢機卿の手助けを受けてのものである。「セーレンの町をとにかく褒めまくってるものとかあるかの?」と聞いてみたら「食材関係の書物では絶賛されているよ」と、その博識ぶりを発揮してくれたのだ。
ひとしきり読み終えると、聖女様は満足げな顔でどんと胸を叩いた。
「ふふん! やっぱりわたしは世界各地で崇められているんですね! なかなかいいお土産じゃないですかトカゲさん! はいこれお返しにキャベツです。採れたてです」
「あ、新鮮でとっても美味しいの」
聖女様が袖からごろりとキャベツを出してきたのでわしは遠慮なく齧る。やはり他の街で食べた野菜よりも群を抜いて美味しい。
「他にもたくさんセーレン関係の本を買ってきたから、暇があるとき読むとええよ」
「やった! ありがとうございます!」
数十冊の本を聖女様に渡し終え、わしはとうとう本命に向き直る。
本命――すなわちアリアンテである。彼女の怒りを鎮めるのが最大の目的だ。
ドラドラはなぜかひっくり返ってピクピクしているので後回しとし、わしは睨み合いを続けるレーコとアリアンテの仲裁に入る。
「レーコ、そんな風に睨み合うのはやめようの。ごめんのアリアンテ、お主にもお土産を用意してきたから受け取ってくれるかの?」
情けない会話を聞かれないよう、見張りという名目でレーコを少し遠ざける。
それからわしは前脚で土産を掲げ、満を持してアリアンテに差し出した。
「……これはなんだ?」
「わしなりの誠意です」
アリアンテに小細工が通用するとは思えなかった。
ゆえにわしが講じた秘策は正面突破の一策だ。
――分厚い札束である。
これは焔華からのアドバイスも参考にしている。
武闘派な相手に誠意を見せる方法を尋ねたところ「誠意つったら要するに金だろ」と的確な提案をしてくれたのだ。
「どうか……どうかこれでわしを赦してはくれんかの……足りないというなら頑張ってもっと集めてくるから……せめて今日のところはこれで勘弁を……」
「人を借金取りみたいに言うな。金などいらん、しまえ。赦すか赦さないかは詳しく話を聞いてから判断する」
「うう……詳しく話したら怒られそうじゃからできれば今ここで受け取って欲しいんじゃけど……」
なんせレーコの力がとんでもないことになってしまったのは、わしが調子に乗ってパワーアップを容認したからなのだ。100倍のつもりが3億4320万倍になったのは完全に想定外だったが。
「私が金ごときで動くか。というかレーヴェンディア、お前はどこでそんなに金を稼いだ? そこまで金持ちじゃなかっただろうお前。まさか眷属の娘の力で妙な金稼ぎをしたんじゃないだろうな?」
わしはぎくりとする。
「あの娘が剣に魔力でも込めれば国宝級の逸品になるだろうが、それは後世に制御不能な魔剣を残すことになるんだぞ。もう一度聞くが、どうやってその金を用意した?」
「えっと、実はね。最初はそういう方法もちょっとだけ考えたんじゃけど、枢機卿さんから同じようなことを言われて止められての。だから本当にレーコの力に頼ったりはしておらんよ」
「……そういうことなら構わんが」
「心配せんでおくれ。このお金は健全に手に入れたものじゃから」
アリアンテは疑惑の視線をこちらに向けてくる。そして、傍らに置いてあるわしの荷物の方もちらりと見てくる。
「健全か。たとえばそれは貴重な持ち物を売り払ったり、か?」
「まあ、そんな感じかの……うん」
「私が前にやった若返りの薬。あれの樽がなくなっているようだが?」
即座に逃げようとしたわしの尻尾をアリアンテが掴んでくる。
「どういうつもりだ? あれを売り払ったのか?」
「違うのよ。レーコがあの薬を簡単に複製できるみたいだったから、今ある薬は売ってもいいよねと思って」
前にレーコがわしの鱗を煎じて若返りの秘薬を作りだしたことがあった。その複製薬をそのまま売るのはストップがかかったが、アリアンテから貰った正規品の薬を売ることはセーフだった。
ただ一つ、誤算があったのは。
「で、あの娘が複製した薬はお前に効くのか? 無効化されるんじゃないのか?」
「えへへ、やっぱりお主の洞察力はさすがじゃね」
冗談めかして褒めてみたが、思い切り両頬をつねられた
「うっかりなんじゃよ。レーコってばわしの腰痛とか治してくれたりするから、こういうのは無効化されないかなって」
「小さくなる=弱体化というイメージなんだろう。あの娘の魔力がお前に悪影響をもたらすことはないからな。薬も無効化されて当然だ」
「まあ、でも意外とまだなんとかなっとるから大丈夫じゃよ。ほらこれ」
白状したわしは、荷物にしまっていた木の板を取り出す。
板の両端には糸が通してあり、ちょうどわしの首にかけられるようになっている。
「なんだそれは。首輪か?」
「薬の空き樽の木片じゃよ。薬が沁み込んでおったみたいで、齧ったら効果があったからしばらくはこれで凌げると思う」
実は以前から、わしはこの薬の樽の木材の香りはけっこう気に入っていたのだ。
薬を売り払うときも、あとで齧るオヤツにしようと思って樽本体だけは取っていた。それが功を奏した形だ。
「……それでいいなら構わんが、それより早く事情を聞かせろ。なにがあってあの娘はあれだけ強くなった?」
「ちょ、ちょっと待っての。まずはみんなにお土産を配り終えてから――特に操々さんは後回しにしたら絶対に怒りそうじゃから」
お土産を忘れようものなら血祭りに上げられる未来がほぼ確定だったので、操々への土産選びにもかなり気を遣った。
レーコと相談した結果、街の仕立て屋でオーダーメイドした『レーヴェンディアぬいぐるみ』となったが、果たして気に入ってくれるか。
「操々。そうか、あいつの様子も確かめねばな」
と、操々の名を出した途端にアリアンテがはっとした様子になった。
「様子って何かあったのかの?」
「どういうわけか、ここ数日で魔物が弱体化しているらしい。ドラドラが死にかけてるのもそのせいだ」
「えぇっ? そりゃあ心配じゃのう。早くお見舞いをせんと」
と、そのとき。
わしの爪が勝手に黒くなって、狩神様の口が浮かび上がった。
『キヲツケロ』
「え? どうしたの狩神様。いきなり気を付けろって」
『ソッチ行ッタ。止メラレナカッタ』
どういう意味かと聞き返すよりも早く、狩神様の洞窟から人影が飛び出してきた。
桃色の長髪をなびかせる姿に見覚えはない。だが、その妖しげな存在感には嫌というほど覚えがあった。
「レー! ヴェン! ディア――っ! 逢いたかったよぉ――うべっ!」
猛スピードでわしに抱擁……という名の突進をかまそうとしてきた操々だったが、直前でレーコがのしかかってその動きを止めた。
どこからどう見ても、普通に元気だった。




