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集合前のプロローグ①


「もうお前に教えることは何もない。免許皆伝だ」


 アリアンテは師匠らしく威厳を込めて告げた。

 思い返せばあっという間だった。最初に訪ねてきたときは威勢だけのクソ小僧と思っていたが、まさかここまで――


「何が免許皆伝だ! まだここからが本番だろうが!」


 才能がなかったとは。

 目の前でやかましく反論を吠えているのは、アリアンテ道場の入門者向けフルコースを一通り終えたライオットである。


 そう長い修行期間ではない。

 それでも、少しでも才能のある者なら幾度もの臨死体験を経て戦士としての片鱗を芽生えさせるものだ。


 しかし。


「見ろこれ! 死ぬ気で魔法特訓したのにまだこんなもんだぞ!」


 ライオットがこめかみに青筋を浮かべて唸ると、彼の指先からパチパチと火花が出た。

 火打石を叩いたときよりも小さい火花。はっきりいえばゴミのような発火魔法である。しかも一度使っただけで大きく肩を上下させている。


「魔導士の素質がないお前がほんの少しでも魔法を使えるようになっただけでも大したものだ。さあ、もう諦めて実家に帰って余生を過ごせ」

「誰があんな実家に帰るか」


 アリアンテはため息を吐いた。

 もちろん本気で免許皆伝などと言っているわけではない。レーコの力がとんでもない領域に達したことを受けての対策である。


 次にレーコが暴走すれば世界が確実に終わる。


 となれば、万が一にもこの向こう見ずなクソガキをレーヴェンディアに接触させるわけにはいかない。才能がないことを思い知らせて、諦めさせようというつもりだった。


 ――しかし無駄にしつこい。


 才能がないのは事実だ。アリアンテの門下を訪ねてきた歴代の弟子志願者の中で、ぶっちぎりでワースト1位である。おそらくこれから一生を修行に費やしても、低級魔物をやっとのことで一匹狩れるようになるのがせいぜいだろう。


「……分かった。諦めないというなら、敢えて止めはせん。だが敢えて断言するなら、この先お前がいくら修行をしてもレーヴェンディアに届くことはないだろう」


 嘘である。

 たぶん今現在でも、あの無害なトカゲ程度なら普通に殺れる。その後に恐るべき事態が待ち受けているのは言うまでもないが。

 アリアンテが想定した『レーヴェンディア』の強さは、正確にはレーコのものだ。


「あれは人間が修行でどうにかなる領域を超えている。強力な魔具や精霊の力を大量に借りたとしても焼石に水だろう。私でも傷一つ付けられんだろう」

「……街の連中から、師匠には奥義があるって聞いた。それでも駄目なのか?」

「奥義なんて大それたものじゃない。『ここぞというときの大技』なんて実用面の練度が信用できんからな。普段使っている基本技の延長だ」

「普段の技?」


 アリアンテは道場の壁にかけてあった大剣を手に取る。弟子をしばくための愛用――ダメージを与えない訓練用(もとい拷問用)の剣だ。


 トラウマになっているのか、柄を握っただけでライオットが凄まじい勢いで引き下がった。


「なんだ。別にお前を殴るために取ったわけじゃない。こいつを使って、自分で自分の頭を斬ってみろ」

「……は?」

「嫌というならやらなくてもいいぞ。教えたところでお前には習得できん技だろうしな」

「や、やるに決まってるだろ! 奥義なら!」


 差し出した大剣をライオットは両手で掴み取り、その刃で自らの脳天に振り下ろした。


「ぐぁっ! 痛てて……いつもどおりの痛さじゃねえか。何が違うんだよ」


 悲鳴とともにライオットが倒れる。

 いつもならしばらく衝撃に伸びるだけで、実際の傷は負わないはずだが――


「って、あれ? なんか血ぃ出てないか?」


 今、ライオットの額からは一筋の血が流れていた。軽傷も軽傷だが、しっかりダメージを与えている。刃の切れ味をほぼ完全に消し、衝撃を吸収する仕組みを備えているとはいえ、本来この剣も最小限の傷は与えうるのだ。


「お前をその剣でいくらしばいても傷一つ負わせない技術の延長が、私の技の極致だ。まあ理解できたら試してみるといい」

「結局教えてくれねえのかよ……」

「馬鹿者。こういうものは自分で理解してこそ価値がある。レーヴェンディアには及ばんかもしれなが、極めればかなりの技だぞ」


 流血にも慣れた様子のライオットは、懐から取り出した布きれですぐに血を拭った。


 諦めさせることには失敗した。ならばこれまでどおり修行の形式で時間稼ぎをするしかない。わざと回りくどい説明で奥義に期待を持たせることで、まだしばらくはこの街に留まることだろう。


 瞳に新たな目標への熱意を滾らせ始めたライオットを道場に残し、アリアンテは奥に引っ込んで荷造りを始めた。


 これから狩神の洞窟に行き、レーヴェンディアと合流するのだ。

 魔王軍の情報が欲しいということで、ドラドラも随行させる予定である。もちろん(主にレーコと)問題が生じないよう、互いの接触は最小限にさせるつもりだが。


「いやー! 楽しみですねえ! トカゲさんと会うのもなんだか久しぶりな気がします」


 そのとき、ひょっこりと流し台の蛇口から水が噴き出した。

 噴き出した水が集まって形成されるのは、セーレンの聖女様の身である。


 ペリュドーナにセーレンの水が引かれるようになって以降、こうして暇があればアリアンテの元に駄弁りに来るのだ。


「……聖女様。お前は呼ばれてないだろう?」

「何を言うんですか! 私だって元は魔物ですし、魔王軍に勧誘されたこともありますし、今後の作戦会議をするなら欠かせない人材だと思うんです。あとお土産に野菜もたくさん持っていきたいですし」

「それはいいが、くれぐれもクズ野菜じゃなくて上等な野菜を選べよ。眷属の娘の逆鱗に触れたら終わりだからな」


 ちなみに聖女様にはレーコの魔力が3億4320万倍になったことは伝えていない。

 伝えたらそのショックだけで死ぬ可能性があるからだ。だから本当は置いていきたいのだが、本人はついてくる気満々である。


 喋り好きのようだから、たぶん同窓会くらいに捉えているのだろう。

 この聖女様から新しい情報や有益な提案が得られることは、もとより期待していない。


「そういえばアリアンテさん」

「なんだ?」


 荷造りしながら背中で返事をすると、聖女様は世間話のように続けた。


「トカゲさんのことで思い出したんですけど、タイザンカタリトカゲって動物を知ってますか?」


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