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魔王と魔王軍


「魔王がいない……?」


 予想外極まるレーコの発言に、わしはしばらく呆然としていた。

 わしよりも先に言葉を発したのはヨロさんである。


「ふむ。興味深いのであるな。それならば、吾輩の魔力は誰に奪われたというのだ?」

「貴様の単なる思い過ごしだろう。もし魔王が存在するなら、貴様の『魔王』としての魔力を吸い寄せただろうが……この眼に映る限りそんな存在はいない。貴様の魔力はただ霧散して無に溶けただけだ」

「だが、現魔王がいないというのは早計が過ぎるのではないか?」

「いいや。邪竜様や私――百歩譲って貴様に匹敵するような魔力を持つ者は、今この世界のどこにもいない。もしこれで魔王が存在するというなら、それは名ばかりの雑魚に違いあるまい」


 そんな馬鹿な。魔王がいないというなら、今までの戦いは何だったのか。

 実際、わしら(というよりレーコ)は、虚や操々、偽眷属といった幹部を退けてきたことだし――


「はっ! まさか!」


 そこでわしは思い至った。

 そもそも「魔王と比肩する邪竜」というわしの存在が、ほとんど事実無根のデタラメなのである。ということは、魔王サイドもわしのように「魔王と勘違いされた無害な存在」という可能性は十分ある。魔王軍がレーコ的に暴走してしまって、彼自身止められないのかもしれない。


 それなら和解の道は十二分にある。

 問題は魔王軍だが――


「のうレーコ。魔王はいないにしても、魔王軍はいるんじゃろ? なにしろ実害は出ておるからね」

「組織的な指揮系統を持つ魔物の軍勢というのも確認できませんでした。もしかすると、私たちが幹部を複数撃破したことで既に組織が瓦解したのかもしれません。邪竜様に恐怖し、魔王軍を離反した者も数多おりましょう」

「え?」


 魔王軍もいない?

 そうなると、既にすべてが解決しているのではないだろうか?


「ええと、あの偽眷属さんももう倒したということでええの?」

「確認してみましたが、反応はありません。先ほどの一撃で仕留め切ったと見て間違いないでしょう」

「そっか……どうしてわしの眷属を自称しておったのか、ちょっと気になったけどのう」


 今回のレーコの情報を整理すると、現状は『現魔王は実は取るに足らない小物で、魔王軍は壊滅状態』ということになる。つまり、もう魔王討伐の旅はここで終点ということだ。


 が、もちろんこれに不満の色を隠さないのはレーコ自身である。

 ふくれっ面になり、こめかみに青筋を浮かべてぷるぷると震えている。


「おのれ魔王……つまらぬ雑魚ごときが、よくも邪竜様を騙してくれたな。これでは邪竜様vs魔王の大決戦が――そしてそこに助力するという私の大舞台が水の泡に……。かくなる上は、おい鎧。貴様の完全復活に全面協力してやるから、今からでも再び魔王として君臨して世界征服を企め。そして世界の所有権を賭けて邪竜様と決闘しろ」

「む? もちろん吾輩は大歓迎なのであるぞ。いやあ血が滾るのであるなあ」

「ちょっと待ってレーコ。なんで魔王がいないからってヨロさんを代打で復活させようとしておるの? そんなフォローは求めておらんから」


 と、わしがレーコを宥めていると、ヨロさんが焔華の方を向いた。目元を隠す兜をしてはいるが、その視線は何かしら意味ありげに感じた。

 それを受けた焔華が頬を掻いて言葉を発する。


『おいチビッ子。さっきの騒ぎで街がちょっと壊れてるからよ、修理すんのにアンタの力を貸してくんない? どうせ魔力も有り余ってんだろ?』

「貴様。私を便利屋扱いするつもりか」

『な? 借りてっていいよな、爺さん?』


 焔華はレーコではなくわしに許可を振ってきた。わしが「あ、うん」と頷くと、レーコは掌を返してびしりと敬礼する。


「かしこまりました。それでは街を以前にも増して完璧に修復して参りましょう」

『じゃ、枢機卿。あんたはチビッ子の案内よろしくな。他の奴らも下がらせていいぞ』

「はっ! ただちに」


 枢機卿は聖堂の広間にいた教会の面々を引き連れ、修理の任を負ったレーコとともに正門から街へと出て行った。


『ほらヨロ。人払いしてやったぞ』

「うむ。恩に着る」

「あっ、さっきの視線はそういう意味だったのね」


 何か意味ありげとは思ったが、まさかあの一瞬でそこまで意思疎通していたとは。なんだかんだでやっぱり仲はいいのだろうか。

 と、ここで焔華が不本意そうに口を曲げた。


『言っとくけど、アタシが神でこいつがその配下になったから、思念で会話できるってだけだからな。以心伝心とかそういう臭っさい理由じゃねえからな。勘違いすんなよ』

「わ、分かっとるよ。ぜんぜんそんな風には思っておらんから」


 危なかった。勘繰りがバレたら怒られたかもしれない。早めに話題を切り替えておく。


「ところで、人払いまでするって何の話かの? レーコには聞かせられん話?」

「うむ。さきほどの千里眼とやらに盲点がある気がしてな」

「盲点?」

「あまりにも妙であろう。吾輩とて、あの魔王軍を自称する仮面の魔物が只者ではないことは分かった。あれが何の意味も実態もないハッタリだとはどうしても思えん」

「まあ……そうじゃけど」


 魔王もその配下の魔王軍もデタラメの存在という事実は、わしとしても俄かには信じがたいものではある。


「しかしのう。あれだけ強くなったレーコが千里眼でミスをするとは思えんよ?」

「吾輩もそうは思う。だが、いかに魔力があるといえど所詮は幼子の判断だ。吾輩は吾輩の『怪しい』という直感の方を信じる」


 それに、とヨロさんがわしを指差した。


「吾輩の魔力を奪った者――さきほど小娘は『ただ霧散しただけ』といったが、たとえば合理的に説明のつく例外がある。邪竜よ、何かの間違いで吾輩の魔力がお前に流入したとしたら、あの娘には見通せんのだろう?」

「わしに?」


 わしは身振り手振りして自分の感覚を確かめる。いつもと何ら変わりはない。


「まさか。わしはいつもと何も変わっておらんよ。強くなったりもしておらんし」

「確かにお前から妙な気配は感じん。実際、魔力の大部分はあの娘のいうとおり、無に溶けたと考えていいのかもしれん。だが、どこかに奪われたという感触は確かにあった。それが吾輩は気になってならんのだ」

「考えすぎじゃよ。そもそもわしは今の魔王でも何でもないんじゃから、お主の魔力が流れ込んでくるような道理もないじゃろ?」


 それに万一わしにヨロさんの魔力が流れ込んだところで、悪用したりしないから大丈夫である。魔力の使い道も飛ぶこと以外にはほとんど心得ていない。


「だけど、うん。お主らが心配してくれてるのは分かるよ。わしも何となくこれで終わりっていうのは釈然としない気はしておるし」


 なんだかんだではあるが、わしはヨロさんを倒したときに『レーコと一緒に魔王を倒す』と決心した。きっとレーコも、その目標を達成してこそ元の暮らしに戻れる……ような気がする。


 たぶんこのままでは終わらないし、終われない。

 だからまず、今のわしがすべきことは。


「――知り合いに元魔王軍の人が何人かおるでの。ちょっと改めて詳しい話を聞いてみることにするよ。何か分かることがあるかもしれん」

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