心の友はいずこ
「……でね、わしはもうすっかり疲れちゃったのよ。もう本当にこのままだと胃に穴が空きそうで……」
「ナカナイデ。ゲンキダシテ」
わしと狩りの神(略称:狩神)は、石室で肩を並べていた。
三角座りでわしの話に耳を傾けてくれる彼は、話してみればすごくいい奴だった。
なにしろ見た目は不気味だが神様である。邪悪な魔物ではないのだ。
こちらが狩りの獲物にふさわしくない存在――つまり貧弱すぎる相手だと分かると、すっかり弓矢を収めてくれた。
冒険者の使い魔を殺したというのも、実際は遺跡荒らしの盗掘者が放った猟獣を始末したことがあるということらしい。
「サッキマデ、スゴイノ、上ニイタ。アレ、レーコ?」
「そうそう。お主、勘がええね。ちょうどさっき街に出てったとこ」
「アレ、ツヨイ。トテモツヨイ。ニンゲンチガウ。キケン」
「人間は人間じゃって。ちょっと思い込みが過ぎるだけで」
「スゴイ」
狩神は片言ながらしきりに感心していた。
神様にすらレーコの覚醒は信じられない出来事らしい。なんなんだろう、あの子。
ひとしきり愚痴を聞いてもらってすっきりしたわしは前脚で涙を拭い、
「ところで、お主はここに住んどるの?」
「ソウナノ」
「大変じゃのう。冒険者が荒らしに来たり盗賊が根城にしたり、騒がしかろう」
「ウウン。ゼンゼン。モウ、タカラモノ、ナイ。ダレモコナイ」
顔というものがない狩神に表情はないが、どことなく寂しそうに見えた。
それでも久々の訪問者を容赦なく殺そうとしたあたり、狩りへのプライドは相当なのだろうけど。
「もう誰もおらんなら、人の多いところには移り住めんの?」
「ボク、ココノ神。ホカノバショ、イケナイ」
「難儀じゃな。何かわしにできることがあればいいんじゃけど……」
「ホント?」
狩神は、ありもしない瞳を輝かせてように見えた。
「おうとも。お主には長々と話に付き合ってもらったでの。わしにできることなら何でも言っとくれ」
「ヒサシブリニ、ソト、デタイ」
わしは首を傾げて、
「外には出られんのじゃなかったか?」
「イツモハ、デラレナイ。ケド、狩リヲ教エルトキ、トクベツ。草原、イケル」
「ああなるほど。狩りの神様じゃから、教えるのも仕事なんじゃな。昔は人間に教えとったの?」
「ウン。タクサン教エテタ」
んむんむ、とわしは頷いた。
「じゃあ決まりじゃの。上の草原でわしに狩りを教えとくれ。いやね、わしも正直少しは身体を鍛えんといかんと思ってたのよ。神様の指導とあらばわしもちょっとはマシになるかもしれん。といっても、狩りなんてやったことないからお手柔らかに頼むよ」
「……イイノ?」
「そりゃええとも。困ったときは助け合いというやつでな」
三角座りで固まっていた狩神は、無機質な動作で立ち上がった。
洞窟の天井をじぃっと見つめて、
「……アリガト。上、イク」
彼がそう呟いたときには、周囲の光景がいつの間にか塗り替わっていた。
月が照らす夜の草原だ。
盗掘路を通るまでもなく、彼の手によって地上に飛ばされたらしい。
と、夜空を見て思い出した。
「おっと。いかんいかん。ちょっと薬を取って来てええか。さっき話した若返りの薬ね。あれがないとわし、元の姿に戻っちゃって賞金首扱いなのよ。こんなに遅い時間だと、そろそろ効果が切れてしまうわい」
「コレ?」
なんと、準備のいいことに狩神は小樽を両手に抱え持っていた。
「ありがと。それそれ。いやあ助かったわ」
受け取りにわしが一歩を踏み出すと、なぜか狩神は一歩引いた。
もう一歩踏み出すと、狩神はさらに一歩引いた。
「なんで引いとるの? それが飲めないと困るんじゃけど」
「狩リトハ全力ヲ尽クスモノ。弱クナル薬ヲ飲ンデ挑ムナド許サヌ」
「お主、ついさっきまでと人格変わってない?」
「妥協ハ許サレナイ」
あっ。
心の友に巡り合えたと思ったら、やっぱりアレな人(神)だった。
嫌な予感を全身に感じつつ「やっぱりちょっと体調不良で」と逃げようとしたわしの背中に、まるで騎手のように狩神が乗りかかってきた。
「サア、ユクゾ。ヒサシブリニ、チガサワグ。心配スルナ。イマカラオマエヲ、立派ナ猟犬ニシテヤル」
「後生のお願いだから元の優しいお主に戻ってくれん? わし、猟犬になんてなりたくないし、何よりこのままだと小便をちびりそう」
「キリキリ走レ!」
狩神の黒い腕が形を変えて伸び、鞭となった。
そしてわしの背中をびしばしと叩いて、反論を許さずひたすら草原を駆けさせる。
わしは悲鳴と悲哀を絶叫しながら走り続けた。
身体が元のサイズに戻ってもスパルタなトレーニングは月明りの元で続く。
「タワケ! ウルサイ足音ヲ立テルナ! 自然トヒトツニナレ!」
「全速力で走って足音立てないなんて無理じゃって! それにわし自然じゃないもん! 竜だもん!」
「オマエガ食ッテイルモノハ、ナンダ!?」
「草とか木です!」
「ソレハ自然ダ! ツマリ、オマエは自然ダ!」
「ちょっとお主それは論理に飛躍がありすぎゃあっ!」
口答えには鞭が来る。こんなことなら指導してくれなんて言わず、永遠に地の底に見捨てておけばよかった。
ずしんずしんと草原に足音を響かせて、わしは神様直々の拷問じみた指導を一晩中受け続けた。
「邪竜様が怒っておられる……!」
後から聞いた話では、アジトの盗賊たちはみんな、地響きにそう言って怯えていたらしい。




