邪竜様&レーコvs偽眷属②
そう、わしがいつになく自信に満ち溢れているのには理由があった。
強い相手に強く、弱い相手に弱い――偽眷属がそんな能力を持っているなら、わしほど相性のいい者はいない。
「何をおっしゃるのですレーヴェンディア様。私はそのような能力を持ち合わせてはいませんよ。この力は、あくまで貴方様よりいただいたものです。ご冗談はおやめください」
「残念じゃけどわしにレーコ以外の眷属はおらんでな」
ここはわしの出る幕だ。
狩神様との訓練を思い出して自らを奮い立たせ、ぐっと四足で地面を踏みしめる。限りなくレアなわしの戦闘態勢を目の当たりにしたレーコは、キラキラと目を輝かせて拳を握る。
「邪竜様。とうとう自らあの不届きな偽眷属を成敗にかかるのですね……!」
「うむ。レーコ、ここはわしに任せてくれるかの!」
そして満を持してわしがダッシュの一歩目を踏み出しそうとしたとき、
「しかしレーヴェンディア様。ご冗談としても、なかなか面白い能力ではありますね。まさに無敵の能力ではありませんか」
「いいや。お主より弱い相手にはほとんど無防備になってしまうじゃろ? 無敵どころか大穴じゃよ」
「いえいえ。そうした場合は能力を使わず、地力で戦えばよいだけでは?」
わしは自分の足にブレーキをかけた。
「ええと……ちょっと待って。その能力ってオンオフ切り替えできるの?」
「むしろできないと考える方が不自然ではありませんか?」
「ごめん。わし、ちょっと用事を思い出したような気がするから今日はこのへんで――」
慌てて踵を返そうとしたが、レーコが退路を塞ぐようにわしの背をぐっと支えてきた。
「ふ。貴様の能力がどのようなものだろうと関係ない。邪竜様ならあらゆる小細工を粉砕して貴様を冥府の塵へと還すことだろう。さあ、どうぞ大暴れなさってください邪竜様」
「レーコ。ちょっ、待っ」
「分かりましたよレーヴェンディア様。主として私の実力を確かめたいというわけですね? 承知致しました。全力でお相手を務めさせていただきましょう」
「偽眷属さん。お主も待って」
背中をレーコに押され、されに正面からは偽眷属がゆっくりと歩み寄ってくる。
「ふ、偽物め。邪竜様の真の恐怖を味わって死んでいくがいい」
「ええ。主の力をぜひ味わいたいものですからね。くれぐれも手出しはなさらないよう」
偽眷属の歩調が少しずつ速まってくる。
そして、わしに向かって殺気が放たれた。地を踏み込み、今にもわしに向かって飛び掛かってこようとする気配。
もうダメだレーコを説得して逃げねば――
『惑わされんな。爺さん』
わしが叫びかけた瞬間、空から火山弾が降り注いだ。
凄まじい破壊力を伴った灼熱の岩塊は、わしに向かって襲い掛かろうとしていた偽眷属を爆風の中に覆い尽くす。
「その声――焔華さん?」
火山島である国土と同化しているのか、地の底から響いてくるような声だった。
『おうよ。これ以上やると限界だから手助けは今ので打ち止めな。でも、見てみろ』
火山弾の煙が晴れたとき、そこに立っていたのは無傷の偽眷属だった。
「無傷……?」
おかしい。今の偽眷属はわしと戦うつもりだったはずである。
ならば『強弱を逆転させる能力』は発動させていなかったはずだ。だとすると、今の強烈な不意打ちを受けて無傷というのは辻褄が合わない。
そんな疑問に答えるように焔華が声を響かせた。
『こいつはこの国を狙ってたみたいだけど――この国を滅ぼすってんなら、まずあたしを狙うのが普通だろ? あたしはついさっきまで非力な巫女の状態だったんだから、いつでも始末できたはず。でもこいつはそれをしなかった。わざわざあのストーカー馬鹿クソ野郎をけしかけるとかいう、回りくどい手しか打たなかった』
ヨロさんへの罵倒はさておいて、わしは首をひねる。
「えっと……つまりどういうこと?」
『ここまで言ってんだから気づけよ爺さん。つまりこいつの能力は、都合よくオンオフ効かないんだよ。だから弱い奴を倒すには他の魔物をけしかける必要がある。今あんたと戦おうとしてたのも、ただのハッタリだ』
「何を言っている。奴の能力オンオフなど邪竜様には関係ない。いずれにせよ爪で引き裂くだけだ。余計な横槍を入れるな」
『ああ、そうだな嬢ちゃん。悪い悪い。じゃあ頑張れ爺さん』
レーコはプンスカと怒り始めたが、わしはまさに天祐を得た気分だった。
思えば、この偽眷属は前にわしやライオットを始末するのに操々や呪いの剣を利用するなど、やたらと回りくどい手を使ってきた。あれも『自分では倒せない』という制約があったからなのだろう。
にわかに勢いづいてわしは駆け出す。
「さあ! 覚悟してもらうからの!」
やはり焔華の指摘は正しかったらしい。偽眷属は真っ向から向かって来ず、わしに対して一歩下がった。
それから演技がかった口調で、
「くっ、さすがはレーヴェンディア様。なんたる威圧感……!」
「ふふふ、観念しろ。邪竜様の本気を前にした者に未来はない」
「ここまで圧倒的な力の差を見せつけられては、私もさすがに迂闊には飛び出せません」
と、偽眷属がバックステップでさらに距離を置いた。無駄な足掻きである。わしはさらに加速して突進を続ける。
偽眷属はさらに後退して逃げる。
わしの追撃は止まるところを知らない。
偽眷属はいよいよわしに背中を向けて走り始める。
この優勢に勝利を確信したわしは、大金星に向けてスピードを上げる――……
――これを続けること数分。
「まっ、待って。偽眷属さん。ちょっと待って。わしっ、そろそろ疲れてきた」
「ご冗談を。レーヴェンディア様に正面から向かっては、私に勝ち目はありません。少しの疲労はハンデと思っていただきたいものです」
「ふふふ、邪竜様。簡単には殺さず追い回して嬲り殺しにするわけですね……。さすがでございます」
わしと偽眷属は追いかけっこでぐるぐると平原の同じところを回り続け、レーコはそれを見ながらニヤニヤしている。
そう。
いかに偽眷属の攻撃がわしに通じず、わしの攻撃が偽眷属に通じるといえど――普通にわしの体力が絶望的に足りなかった。まさかこんな追いかけっこ状態になってしまうとは。
追いかけっこの途中で黒爪を伸ばして攻撃できないかも試してみたが、どうもわしはこの爪を武器に使うのは相変わらず苦手らしい。初めて貰ったときと同じく、ちょびっと指の長さくらいしか伸びなかった。逃げや防御に使うのは慣れてきたのだけれど。
そうして走り続けるうちに老体の膝が笑い始め、運動不足の証拠に横腹が痛くなり始める。
『タワケ』
諦めかけたわしの脳裏に師の――狩神様の言葉が思い出された。
徹夜で特訓を付けられた日、何度も疲労で倒れかけたわしの背に、狩神様は容赦なく鞭を打ってきた。今にして思えば、狩神様はこんな日のことを想定してわしに特訓を付けてくれたのかもしれない。
しかし申し訳ない。不肖の弟子であるわしは、もう限界――
『タワケ!』
「んぎゃあっ!」
幻聴ではなかった。
現実として狩神様の爪が勝手に変形し、鞭の形となってわしの尻をビシバシと叩いた。
『イイカラ走レ! 猟犬ガ止マッテイイノハ獲物ヲ仕留メタ時ダケダ!』
「痛たたた! 分かった分かりましたわし頑張りますから!」
『行ケ!』
「んぎゃあぁ――――――っ!!」
このときのわしを傍目に見れば『妙に長く伸びた爪で自分のケツを叩きながら爆走する奇怪な獣』と映ったに違いない。
だが、スピードアップ効果は如実にあった。
尽きかけていたやる気が痛みと共に注入され、わしは涙目で全力疾走を再開する。
限界を超えた速度のおかげもあり、徐々に距離は詰まっていく。
だが、偽眷属はまだ動じていない。わしを振り返り、なおも余裕綽々で演技臭いセリフを並べる。
「手合わせの機会を頂きながら、申し訳ありません。やはり貴方様を相手にするには私では力不足のようです。ここは一旦退いて、また精進に励むといたします」
偽眷属がわしの手の届かぬ空中にふわりと浮かび上がった。
そして景色に溶け込むかのようにじわりと姿を薄れさせていく。
「待てぇ――――っ!!」
それを追ってわしはジャンプした。
当然、ただの跳躍で届く高さではない――ただの跳躍なら。
今、わしの背中には『影なる双翼』が生えていた。もちろん本物ではなく、黒爪で形だけ真似た偽物である。ここに精霊さんの魔力などが宿れば実際に飛行できるが、当然今は精霊さんの助力はない。
だが、たったの一羽ばたきでいい。
ほんの少し、たった少しだけでも高度を上げることができれば、それで手が届く。
わしのような陸生のオオトカゲが自力で飛ぶなど土台不可能なことではある。
だが、精霊さんの魔力の残滓がまだあったのか。それとも傍で見ていたレーコが無意識で加勢してくれたのか。それとも火事場の馬鹿力というやつか。
――羽ばたいた一瞬だけ、わしの身が重力に逆らった。
「うりゃああああっ!」
宙にある偽眷属に逼迫し、わしは大雑把に前脚を振るう。
応じるように偽眷属が防御の姿勢を取った。
「くっ……!」
わしの攻撃を腕で受け止めるとともに、消えようとしていた偽眷属の身が再び鮮明となる。
大振りな上に動きも遅いお粗末なわしの一撃だったが、偽眷属の苦悶の声から察するに、ある程度の手ごたえはあった。
わしがこれ以上の飛行を続けることはできない。
渾身の一撃も偽眷属を仕留めるまでには至らない。
力尽きて地面に落ちていくわしを宙で見送りながら、再び偽眷属は逃げるべく姿を薄れさせつつある。
しかし、それで構わなかった。
元より相手は魔王軍幹部。いかに相性がよくても、わしの独力で倒せるとは思っていない。
だから叫んだ。
「――レーコ! 手本は見せたからの!」
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