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史上最年少の天才枢機卿

 首都は混乱していた。

 魔物を生み出す影。空を覆う雷雲。そして今は、俄かに始まった地鳴りが大地を揺るがしていた。


「ちっ。さっきの拳一発で火山が動き始めやがった……さっさと決めねえと」

「え、焔華さん。お主、自分の力のことを自覚しておったの?」

「いや。さっきお前らが話してるのが『リア』の耳ごしに聞こえた。情けなくて悪かったね。まさかこのアタシともあろうもんが、ブルッて幼児返りしちまうなんてさ」


 と、わしの身にほんの少し魔力が宿った。わしを抱える焔華の手から流れ込んできたのだ。


「えっと、この魔力は?」

「悪い。わざわざ下に降ろしてやる暇がないから、自分で飛んでくれ!」

「えっ……きゃあ――――っ!?」


 次の瞬間、わしの身は再び空中に放り投げられていた。慌てて黒翼を展開し、ぐるぐると錐揉みしながらも姿勢を整える。


 そして姿勢が整ったときには、もう眼下で戦闘が始まっていた。

 ヨロさんと焔華の拳が正面からぶつかり、衝撃波と轟音が首都の空に炸裂する。一拍遅れて地鳴りがさらに激しさを増し、地面に亀裂が生じ始めた。場所によっては蒸気やガスが噴出しているところもある。


「ああ畜生相変わらず硬ってえなてめえ! その辺の魔物ならアタシの拳2発で沈んでんぞ!」

「吾輩をそこらの魔物と一緒にしてくれるな」


 たまらずといった調子で焔華がヨロさんから距離を置いた。わしは羽ばたいて焔華へと近づき、


「なんだ爺さん。危ないから離れてろ」

「あ、うん。そうするつもりじゃけど……どうかの? 倒せそう?」

「魔力には全然余裕あるんだけどね。やっぱ地表がもたなそうかな。あと二・三回攻撃したら地面から溶岩噴き出すかも。まあ心配すんな。次の一発で決める」


 獰猛な笑みを浮かべてバキボキと拳を鳴らす焔華。

 が、その拳のバキボキ音に合わせて地割れが一本二本と地表に刻まれた。わしらはそれを沈黙とともに見下ろす。


「えっと、攻撃の事前準備も火山活動にカウントされるみたいじゃの?」

「しくじった。アタシの戦闘意欲に反応してマグマが活性化すんだった……。すまん爺さん。なんかテンション下がること喋ってくれ。ちょっと冷静になって鎮めるから」

「わしが市場で売られてた頃の昔話をしようかの? 値下げにつく値下げでパン一斤よりも安くなってのう」

「いいなそれ! すっげえテンション下がりそう!」


 わしの悲しい過去がこの場を救うなら何よりの救いである。わしは満を持して昔語りを始めようとしたが、


「吾輩との決闘の最中にずいぶんな余裕だな貴様ら!」


 ヨロさんが超速で飛来してきた。わしは羽虫のような俊敏さでその場から離脱する。

 舌打ちを吐いた焔華は大きく腕を振りかぶる。


 衝突。


 今度は拳同士のぶつかりあいではない。お互いに防御を放棄し、互いの顔面に拳をぶつけあっている。ヨロさんの兜にはヒビが入り、焔華からは鼻血が垂れている。


「……てめえよ。自分だけ兜なんか付けるのは卑怯じゃねえのか?」

「この鎧は吾輩の身体の一部だ。皮膚みたいなもんである」

「そうかよ」


 兜を割らんとしていた焔華の拳が唐突に開かれた。いわゆる爪を模したような形となり、ヨロさんの頭蓋を鷲掴みにする。さらに、焔華の長髪がかつてなく明るく輝いた。


「これでも喰らって蒸発しやがれ!」


 焔華の掌から赤熱の魔力砲が放たれた。

 熱線はゼロ距離でヨロさんの頭部を穿つ。そのまま上空に突き抜け、全天を覆う雷雲に風穴を貫いた。

 あまりの熱気で大気が陽炎に歪み、灼け付く煙で視界も遮られる。


「あー……ったく。今のでもうこっちは出し尽くしたってのによ」


 と、煙の向こうから焔華の呆れたような声がした。次第に晴れていく煙の先で、浮かんでいた影は――二つ。


「出し尽くしたわけではあるまい。貴様の力はこんなものではないはずだ」


 ヨロさんは依然として立っていた。

 兜は半ば溶けてボロボロになり、口元にも煤を纏わせていたが、それでもなお健在だった。


 決して無傷というわけではない。だが、致命傷には程遠かった。


「馬鹿野郎。これ以上出したら、街が壊滅しちまうんだよ。そのくらい分かれ。これがアタシの上限一杯だよ」

「焔華さん聞いておくれ! わしは昔のその昔、非常食として飼われておったことが……」

「爺さん。焼け石に水だからもういいよ。普通に悲しくなるだけだし」


 わしの精一杯の応援も届かなかった。無駄に自分の心の傷を抉っただけである。

 だが。


「ん……?」


 ふと、絶望に俯いたわしの目が地表の異変を捉えた。

 もう一度目を擦ってよく地面を観察する。錯覚ではなく、確かに地割れが少しずつ閉じようとしていた。


 ――まさかわしの悲しいエピソードが効いた?


 もちろんそんなことはなかった。その理由はすぐに直下から叫びとして上がってきた。


「神よ!」


 わしと焔華が声に振り向く。大聖堂の塔の頂上に立っていたのは片眼鏡の枢機卿だ。


「僕らは聖職を務める者。ただ愚直に貴女を信奉するだけの信徒には非ず。敬いつつも支える任ある者です。そして僕はその中でもとびきりの天才! 史上最年少にして最優秀な枢機卿! あなたの憂いを知って何の策も講じぬ僕ではない! ああ、お褒めいただき光栄でございます神よ!」


 場がシーンとなる。

 まさか地割れが閉じたのは彼のこの語りで焔華のテンションが急低下したからだろうか。

 いや、それでは時系列がおかしい。彼が長広舌を振るう前から地割れは閉じようとしていた。


 眼鏡をキザに触れながら枢機卿が勿体ぶる。


「何を隠そう、僕ら教会はあなたが全力を振るっても火山活動の拡大を抑制できるよう、中和術式をこの地に張り巡らしていたのです。万が一のために……そしてたった今、それを起動させました」

「す、枢機卿さん? そんな策があったならもっと早く言ってくれれば全部解決したのではないのかの?」

「いやいや。実はこの中和術式は未完成であって――まあ僕の天才性をもってすればあと数十年のうちに完成する目途なのだが」

「未完成って?」


 己が力不足を詫びるように枢機卿は片膝を付いた。


「発動時間が30秒しかないのさ! そして――残すところあと10秒!」

「お主の演説で貴重な三分の二を浪費してどうするのおバカぁっ!」


 わしにしては珍しく他人への罵倒が出た。この状況ではさすがに仕方ないと思う。


「問題ないさ。あと8秒! 我らが神の真の全力を以てすれば7秒もあれば魔王とて粉砕できるとも! そうでしょう神・焔華よ!」


 わしは焔華とヨロさんの方へ向き直った。

 ヨロさんは兜の下で笑っていた。


「どうだ。貴様の力はまだ尽きていなかったではないか」

「抜かせ。知った顔しやがって」


 焔華が今度は遠慮なく拳を鳴らす。


「あと5秒か。上等」


 そして両者の姿がわしの視界から消えた。


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