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翼再び


「とりあえず帰ってもらう方針でいった方がええと思う」


 わしの提案に対し、兵士たちは揃って頷いた。

 脱走犯が戻って来たのだから捕らえるという選択肢もあるかもしれない。しかし、相手はどんな牢獄に入れても普通に脱走できるような強者である。下手に招き入れたらどんなことをするか分からない。


 ここにいる警備の兵士たちはリアの正体が神様本人ということまでは知らないようだったが、無駄に強い不審者を懐に入れてはいけないという危機感は抱いているようだった。


「みなさんちょっと待ってて。わしが説得してくるから」


 ヨロさんは魔物といっても、そこそこに話は通じる。

 わしは一縷の希望を胸に携え、意を決して大聖堂の大扉から出ていく。


 こちらが声をかけるよりも先に、ヨロさんは兜の下で快活そうな笑みを浮かべて手を振ってきた。


「おお、竜ではないか。その様子だと、ここの者たちからの誤解は解けたようであるな。よければ吾輩も中に入れてもらえるように口添えしてはもらえんか?」

「え、えっとね……悪いんじゃけど、ちょっと難しいかな」

「なぜだ? こうしてせっかく手土産まで持ってきたというのに……酒は吾輩用だが」

「だってお主、牢屋を破壊してしまったじゃろ? あれでみんな警戒しておるのよ。お主が悪い魔物じゃないとわしは知っておるけど、今この状況でお見舞いに迎え入れるのは無理じゃって」


 リアが巫女ということは伏せつつ、とりあえず正直な現状を語る。これで駄目なら次なる方便を考えようと思っていたが――


「なるほど、吾輩は立入禁止というわけか。確かによく考えれば、一度こちらの都合で勝手に飛び出てしまった身であるからな。ノコノコやってきて再び入れろというのは虫がよすぎたか」


 おや、とわしは目を瞬く。

 思った以上にすんなり引き下がってくれた。


「ほ、本当に分かってくれた? 無理矢理押し入ってきたりしないよね?」

「吾輩が言を覆したことがあるか?」

「ないかもしれないけど、わりと暴走しがちだからお主……」

「この吾輩が無断侵入などというセコい真似をするはずないだろう」


 そういえばそうである。ヨロさんと知り合ったのは、首都への入場証に相乗りさせろという顛末だった。首都の関所など強行突破できたろうに、ヨロさんは変に律儀なところがあるのだ。


「そ、そうじゃね。お主はルール破りみたいなことはしないもんね」

「そのとおり。絶対的強者である吾輩は邪道に逃げはせんのだ」


 説得の成功に安堵したわしは、引き返して大扉をくぐった。兵士たちはまだ緊張感を漂わせていたが、これでヨロさんは大丈夫のはずだ。


「まあでも、レーコ。念のためリアさんのところに行ってみようかの?」


 ヨロさん以外にも動向不明の偽眷属もいる。わしらが近くに控えているに越したことはない。

 兵士たちに巫女の間への案内を頼むとやや渋そうな顔をされたが、枢機卿が話を通してくれているのか、拒否はされなかった。


 先導に従って大聖堂の上層へ通じる螺旋階段を上っていく。

 外から見たとき、大聖堂の屋根から尖塔が飛び出していたが、おそらく行き先はそこだ。

 建物の最上部。巫女――もとい神様を祀る場所としてはもっともな場所といえる。


「こちらです」


 息が切れるくらい階段を登った末に、ようやく尖塔の内部に通じる扉へとたどり着いた。

 足元を見下ろせばヒヤリとするくらいに高い。飛ぶのが平気になったとはいえ、足が着いているのに視点が高いというのは生々しい怖さがある。


「んじゃ、レーコ。とりあえず挨拶に行こうかの」

「はっ」


 兵士を扉前の見張りに残し、わしらは扉をくぐる。塔の中はまたしても螺旋階段になっていたが、そう長くはない。

 二周ほどの螺旋を回ったところで、今度こそ巫女の間への入口らしき扉が見える。


 ノックした。

 返事の前に扉は開いた。


「うむ来客か。どうぞ入るのである――って貴様らか。奇遇であるな」


 内側から扉を開けたのは、ヨロさんだった。


「……え?」

「おい貴様。なぜここにいる。さっき邪竜様が追い返したはずだろう。不法侵入か」


 わしは棒立ちになったままでヨロさんを眺める。敵意を放ち始めるレーコを止めることすらできない。


「落ち着くのである。吾輩は無断立入などしていないぞ。大聖堂に入ってはいかんと言われたから、とりあえず周りを飛んで窓から巫女を探し回っていたのだ」

「窓から」


 わしは鸚鵡返しにする。そりゃあ建物の中には入っていないかもしれないが、グレーゾーンなやり方もいいところである。邪道に逃げはしないと言っていたが、明らかに邪道のやり口だ。


「それで、一番高いこの塔の窓から探してみたらすぐに見つけてな。で、本人に入っていいか聞いたわけだ」


 くいっ、とヨロさんが親指で部屋の中を示す。

 そこには湯気の立った茶とともに饅頭を満喫しているリアの姿があった。


「うふふ、このお饅頭は美味しいです。鎧のお兄さん。お恵みに感謝いたします……」

「やはり手土産は買っておいて正解だった。吾輩の判断力は完璧である」

「そうね……」


 部屋の主が立入許可を出した以上、もはや無断ではない。

 説得が無駄に終わったことに絶望しかけるわしだったが、慌てて首を振る。


「で、でもヨロさん。お主は挨拶に来ただけじゃろ? こうしてお土産も渡したみたいじゃし、もう用事はないよね?」

「んまあ、そうであるな。巫女の娘には土産を渡しにきただけである」


 よかった。わしが安堵の息を吐きそうになったとき、


「しかし、本命の用事が済んでいないのである。この巫女の娘という姿に擬態した、吾輩の好敵手である神――焔華エンカとの決闘がな」


 ヨロさんの発言とともにレーコが動いた。

 短剣を鞘から抜いて、音すら置き去りにする速度で斬りかかったのである。


 しかし。


「邪魔立てはするな。こればかりは吾輩も譲れぬ」


 ヨロさんは鎧の右腕でその斬撃を受け止めていた。何の小細工でもない。ただ正面からレーコの力を防ぎきったのだ。

 もちろんそれくらいで諦めるレーコではない。すぐに短剣を引き、今度は突進を仕掛けるが――


「小娘。貴様は少し席を外してもらうのである」


 ヨロさんがレーコに向かっていきなり何かを放り投げた。

 空中にばさりと広がったそれは、いつもヨロさんが身に付けているマントだった。


 そして唐突に、レーコの姿が消えた。


 突進の勢いのままにマントを斬り払おうとしたはずが、まるで布に吸い込まれるかのように消えてしまったのだ。


「レーコ!」

「適当な場所に飛ばしただけである。吾輩のマントには空間を繋ぐ力があるからな」


 そう言ったヨロさんはマントを再び纏い直す。

 そういえば、今までヨロさんは金塊やら酒瓶やらをマントで自在に収納していた。あの力でレーコを強制的に移動させたというのか。


「さあ、焔華。今こそ待ちに待った再戦の時だ。吾輩と戦うがいい。そのような腑抜けた姿は貴様らしくない」

「よ、ヨロさん!」


 リアに歩み寄ろうとしたヨロさんをわしは引き止める。

 見れば、彼女は突然の荒事に怯えた様子で部屋の隅に引き下がっている。枢機卿の話からして、リア本人にも神の別人格という自覚はない。

 だとすれば、今の「リア」という少女が感じている恐怖は本物だ。


「なんだ?」

「む、無理強いはよくないのではないかの。お主が戦いを望んでいるのは分かるけど……相手にも都合というものがあるんじゃから」


 ここで僅かにヨロさんが唇を結んだように見えた。


「ああ、そのとおりである。共々に全力をぶつけられてこそ、理想の決闘となろうものだが――」

「じゃよね!」

「そう悠長なことは言ってられんのである」


 ヨロさんの身から爆発的なまでの魔力が膨れ上がる。この大聖堂どころか、首都全域を覆い尽くすほどの強大な魔力だ。


 そこでいきなり、巫女の間の扉が外部から蹴破られた。

 物音と異変を察知した教会の兵士たちが流れ込んできたのだ。


「巫女様をお守りしろ!」

「あの鎧が魔物だ!」


 彼らは一斉にヨロさんに攻撃を仕掛けようとするが、無駄だった。


「動くな」


 ヨロさんが発したその一言だけで、全員が金縛りに遭ったかのように動けなくなったのだ。相手を従わせるような魔法を使ったのではない。単なる威圧・・だ。

 かつて魔王と呼ばれた存在が放つ強大な魔力と存在感は、それだけでどんな強者すらも動けなくさせる迫力があった。


「どうする焔華。吾輩はこの戦いを止めるつもりはないぞ。いつまで逃げるつもりだ」

「え、焔華……? それって、神様の真名ですよね? 神様に用事があるんですか? 待ってください。今すぐに呼びますから……」


 未だに状況を理解していないリアは、必死にその場で祈り始めた。

 しかして結果は、


『山来たる』


 金色に輝く髪色に、極めて客観的な物言い。

 どうやらリアは直近の神降ろしをそのまま再現してしまったらしい。どう見てもわしの知り合いの精霊さんだった。


 ヨロさんはしばしリア(in精霊さん)を見て沈黙していたが、やがて彼女に向けて掌を広げた。


「何の酔狂でどこの誰を憑依させたかは知らんが、あくまで戦うつもりはないということだな。ならば、否が応でも貴様自身が出ざるを得ない状況にしてやろう」


 ヨロさんの手に魔力が収束する。レーコが光の斬撃を放つときと同じだ。

 いけない。あんなものを喰らっては――



 咄嗟に、わしの脚が動いた。



「喰らうがいい」


 ヨロさんの手から一筋の雷撃が迸った。すべてを破壊し尽くさんとする光条が周囲を真っ白に染め上げ、尖塔の壁を突き破って大空にまで一直線に伸びていく。

 もし直撃していれば、まさしく神すら殺したであろう一撃だった。


 直撃していれば。


「……ままま、間に合ったみたいじゃの」


 ヨロさんの攻撃のタメが長かった上に、リアに宿っていたのがあの精霊さんだというのが幸いした。

 金山の精霊さんは、わしに力を貸してくれる。その力があれば、レーコの『影なる双翼』を模しての飛行すら可能になったくらいだ。


 すなわち。


「竜。貴様――よもや吾輩の邪魔をするつもりではあるまいな」



 今わしはリア(in精霊さん)を前脚に抱えて、空を飛んでいた。

 ヨロさんと真っ正面から向かい合う、尖塔の窓のすぐ外で。

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