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帰ってきた不審者


「あの子が神様本人じゃって……? どこからどう見ても人間のようじゃったけど……」


 わしは目を見張った。

 今までもセーレンで聖女様が子供のフリをしてきたことはある。だが、あれは正直いってボロだらけの一目で見抜ける雑演技だった。


 しかし今回は違う。わしやレーコの眼をもってすら、ただの人間にしか見えなかった。


「信じられないのも無理はない。僕らの神の擬態は完璧だからね。あれは紛れもなく『巫女の少女』として存在している」

「だけどそれなら、なんでお主はあの子が神様自身だって分かるの?」

「ふっ。この教会を――そしてその枢機卿という高位に最年少で登りつめたこの僕を甘く見ないでもらえるかな? 僕は一目であの子こそが神の現身だと理解できたよ」


 なるほど。わしはには分からずとも、敬虔な聖職者には分かる何かがあるということか――


「なんせ先代の巫女もその前の巫女も、常にずっと『リア』という少女だったのだからね」

「ん?」

「詳細に記録が残っているのさ。巫女を選ぶ際は毎回、必ずフラリと素性不明の『リア』という少女が現れる。そして巫女となり十年ほどその務めを果たすと、突然に姿をくらます。で、また募集をかけると同じ姿の少女が候補として現れるというわけさ」

「待ってお主。それって別に教会の人じゃなくてもおかしいって気付くよね?」


 毎度毎度、完璧な同一人物が巫女に立候補してくるなんて異常にもほどがある。

 ここでレーコが軽く舌打ちをする。


「なんだつまらん。つまり巫女選びというのは出来レースだったということか。せっかく、満を持して邪竜様が立候補を検討していたというのに……」

「そういえばお主とヨロさんがわしを候補に擁立しようとしておったね。どこに勝算があったのか未だに分からないけど」


 仮に出来レースでなくてもわしに勝算などない。巫女さんを選ぶ中に動物が一匹紛れていたら、そっと退場を促されるだけだ。

 わしは気を取り直して枢機卿に向き直る。


「でも、根拠はそれだけかの? たしかにあのリアという子が特別だということは分かったけど、毎回同じ子が来るというだけでは神様と同一人物だと断言するには少し弱いんじゃないかの?」


 神様が送ってきた使い魔の類とかいう見方も十分にできると思う。


「それがだね。たまに神自身も混乱するのか、人格の設定がブレることがあるんだ――それを見逃す僕じゃない」

「ブレるってどんな風に?」

「神が憑依している状態で『今日の晩ご飯はなんでしょうか!』と言ったり、逆に日頃の祈りの時間で『今日のマグマはちょっと勢いねぇなー』と言ったりする。そして調べてみると実際に火山活動が穏やかになっているんだ」

「わりとダイナミックにブレておるね」


 そこまで派手に人格があべこべになったら、枢機卿じゃなくても見逃さないだろう。


「我らが神もわざとやっているわけではない。こうしたボロを出してもまったく悪びれることがないあたり、確実に本人は無自覚だ。教会の中でも、戯れの演技ではなく一種の多重人格と結論が付いた」

「まあそれはええとして、なんでそんなことになっておるの?」

「言ったろう、戦いを避けるためさ」


 分からんな、とレーコが口を挟んできた。


「かつて、あの鎧を倒したほどの力の持ち主なのだろう? ならば全力を出せばこの世でも屈指の力を持つはず。それがなぜ戦いを恐れる必要がある」

「もちろん我らが神は無敵の存在さ。しかし、強すぎる力というのは難儀なものでもある。神の魔力は火山活動と連動しているという話はもう聞いたね?」


 枢機卿は地下室の床に手を触れ、コツコツと叩いた。


「それが理由だよ。神がその力を振るったとき、巨大な火山島であるこの国は――どうなるか予想が付くだろう」


 あ、とわしは口を広げる。

 想像するのは、地震と噴火によって沈んでいく街の姿だ。


「火山雷の化身たる雷神を噴煙から生み出し、害意の薄い魔物を手懐けて守護聖獣とし、神は自らが戦わずとも安寧を守れる体勢を整えた。神託では『いちいち雑魚と戦うなんてめんどくせーから』と言っていたが、むしろそれだけの準備をする方が遥かに面倒なのは誰にでも分かる」

「そこまでして避けるということは……ヨロさんと戦ったら」

「この国も無事では済まないでしょうね」


 あっさりとレーコが言葉を引き継いだ。

 なんということか。ヨロさん自体に国を滅ぼすつもりがなかろうと、決闘という行為そのものが滅亡を招いてしまおうとは。


 と、ここまで何やら悲観的な話に思えたが、いきなり枢機卿はやれやれと首を振ってみせた。


「――と、我らが神は懸念しているのだろう。しかし僕としては、いささか慎重派すぎると奏上させていただきたい。たとえ魔力を解放すれば火山が荒れるといえど、数秒のうちに倒してしまえば被害はほとんど発生しない。魔王すら一蹴できる実力の持ち主なのだから、もっと自信を持っていただきたいものだよ」


 不安に駆られていたわしだったが、緩みきった枢機卿の様子に拍子を抜かれる。

 どうやら彼は、この期に及んでもやはり神への絶対的な信頼を崩していないらしい。わしを邪竜と認識してなお、恐れることなく飄々と話しているのだから、そんな気はしていたけれど。

 こうしてわしへの警戒を解いているのも、神=リアが「優しい方」と証言してくれたのを信じているからだ。


 わしはそっと声を落としてレーコに話しかける。


「のう。ヨロさんと神様が決闘になったとして、被害が出ない数秒のうちに倒すのってできそうかの?」

「無理でしょう。あの鎧ほど強力な魔物を瞬殺できる者がいるとすれば、邪竜様を置いて他にいないかと」


 逆である。わしが瞬殺される。


「とにかくヨロさんにはこのことを知られてはならんの……。リアが神様自身じゃと知ったら、どんな行動に出るか分からん。レーコ、他言無用ね」

「かしこまりました」

「んで、枢機卿さん。リア……というか神様? はどこじゃったかの」

「今は大聖堂の巫女の間で休まれているよ」

「様子を見にに行ってもいいかの?」

「もちろん」


 もしもヨロさんが強引に接触を試みてきたとき、対応できるのはレーコくらいなものである。さらにこの国にはまだ例の偽眷属が潜んでいる可能性もある。その攻撃を防げるのは(なぜか)わしだけだ。


 地下牢から階段を上がって、大聖堂の一階まで戻る。すると、ホールが妙にざわついていた。

 見れば警備の兵士たちが、外に通じる正面の大扉の前で円を組むようにして何やら議論を交わしている。


「どうしたの?」


 異変でもあったのかとわしは彼らに近寄る。

 兵士の一人はわしに顔を向けると、「それがですね……」と困ったように大扉を開いた。


 そこには。


「おーい。さっきは勝手に牢を出てすまんかったのである。ちょっと見舞いの土産を買ってきたから、巫女の娘に会わせてもらえぬか」


 律儀に大聖堂への立ち入り許可を求めているヨロさんがいた。

 その手に酒瓶と饅頭を携えて。

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