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巫女の正体


「これは……」


 枢機卿に案内された大聖堂の地下で、わしは言葉を詰まらせた。

 ヨロさんが投獄されていたという地下牢は、柵を吹き飛ばされて完膚なきまでに破壊されていたのだ。

 枢機卿は片眼鏡を光らせながら、壁に残った焦げ跡を指になぞった。


「このとおりさ。牢の防護はこの上なく厳重だったのだけど、何の役にも立たなかったらしい。これだけ強力な魔物をさすがに野放しにはできない――至急、ここに呼び戻してもらえるかな?」

「ちょ、ちょっと待っておくれ。わしはヨロさんと一緒に行動しておったけど、連れというわけではないのよ」

「何だって? 本当かい?」

「うん、たまたま知り合っただけでの。ここの神様と戦いたいと言っておったから、できるだけ物騒なことにならないよう宥めておったのよ」


 これは嘘偽りのない事実である。

 ただし、そんな危険人物を首都の検問にパスさせてしまった責任がわしらにあることは伏せておく。ちゃんと相応分のフォローはしたと思うし、もうチャラでいいはずだ。


「――まあ、大丈夫ではないかの。ヨロさんは凶暴な魔物ではないみたいじゃから。神様も言っておったよ。ヨロさんは放置でええって」

「神が? あの魔物を知っていたと?」

「うん。じゃから、ヨロさんは昔の魔王さん――お主は雷剛鎧ラーガンと呼んでおったかの。それが復活した魔物じゃよ。お主は全然信じてなかったけど」


 紛れもない旧代の魔王と聞き、枢機卿ははっと息を呑む。


「まさか本当だったとはね……。魔王の生まれ変わりを自称する魔物は多いものだから、その類かと思ってしまったよ」


 と、ここで牢の破壊跡を見ていたレーコが目を青く輝かせた。


「気配を追ってみましたが、何やら妙です。あの鎧の魔力がこの国をすべて覆い尽くしていて、正確な所在が掴めません」

「国を覆うって……?」


 いまいちイメージし損ねたわしに、枢機卿がフォローのように付け加えてきた。


「観測所からの報告では、この国の各地で強い魔力を帯びた雷雲が発生しているらしい。特に海上が最も深刻だ。島国である我が国を包囲するかのように雷雲が漂っている。船が出せないのはもちろん、外部との通信も遮断された状況だ」

「それがヨロさんの仕業じゃと……?」

「落雷の化身である雷剛鎧ラーガンの仕業なら筋が通る。『放置しろ』という神の言葉は僕としても疑いたくない。しかし、この状況が良好なものだとは思えない」


 まさかヨロさん、神様との戦いが叶いそうにないと見て強硬手段に出たのだろうか。

 思案顔で枢機卿は言葉を続ける。


「もちろん我らが神のいる以上は、この国に禍が起きることはあり得ない。旧代の魔王といえど倒した相手だ。心配するには及ばないが――」

「楽観はしない方がいいぞ」


 そこで言葉を遮ったのはレーコだった。

 戦いの記憶を呼び起こすかのように、自分の拳を何度か握りなおしている。


「私はあの鎧と一度打ち合っただけだが、あれは相当の強さだった。邪竜様の眷属である私が負けてもおかしくない程度にはな。それに引き換えついさっき見た貴様らの神は、明らかにその域まで力が及んでいなかった」

「えっ? さっきリアに憑依しておったとき?」

「はい。巫女に宿っていたせいで力のすべては露わにしていなかったのかもしれませんが、それを踏まえても迫力不足です。かつてあの鎧を破ったのが事実だとしても、今は火山の休眠期というのでかなり弱体化しているのかと」

「あっ、それは」


 休眠するという件については、騒ぎになるから教会の人たちには伏せたいと神様が言っていた。

 だが、枢機卿の顔に驚きはなかった。ほとんど覚悟しきっていたかのような表情である。


「我らが神は――眠ると?」

「ああ。そして後任をこの偉大なる邪竜様にすると告げた。さあこの教会の信仰対象を今すぐ邪竜様に切り替えて国号を神聖邪竜様帝国に」

「レーコ。その件は保留っていうことになったじゃろ? ほら、わしらは旅を続けないといけないんだし」

「そういえばそうでした」


 この話を聞いた枢機卿は壁にもたれ、眉間をつまみながら浅く息を吐いた。少し悩んだ様子ではあるが、こちらの言うことを疑っている風ではない。

 事情を分かってくれたのであれば、もう正直に相談するしかない。


「というわけでの。お主からも神様を説得してみてはくれんかの? 火山が休眠するのは止められんかもしれないけど、その方がもうちょっといい後任選びができるじゃろう?」

「我らが神に後任などありえない」


 即答した枢機卿の気持ちももっともである。

 普通の指導者なら代替わりなどもするだろう。しかし、信仰対象というのはそう簡単に挿げ替えられるものではない。


「し、しかしの。火山ごと眠ってしまうものはしょうがないから……次に起きるまでの代理だけでもね?」

「神とこの国そのものである火山島は一体だ。すなわち火山活動も神の意志次第。本来、火山につられて神が休眠を取るなんてありえないことなんだよ」


 それはどういうことか、とわしは目を瞬かせた。それに応じるように枢機卿が浅く頷く。


「我らが神は自らの意志で眠ろうとしている、ということさ。まだ完全に眠ったわけではないし、その意を翻すと信じてはいるけれどね」

「だけどあの神様はそんな風ではなかったよ? 確かに言動はちょっと神様らしからぬ風ではあったけど」


 少なくとも責任放棄で寝入りを決めようとしているわけではなさそうだった。

 火山が休眠するから仕方なく、という理屈に嘘はなかったと思う。


「ああ。君たちと話した『神』の言葉に嘘はなかったろう。だが、言葉よりもっと雄弁に真意を語る存在もいたんだよ」

「……?」


 言っている意味がよく分からない。

 枢機卿は「回りくどい言い回しですまなかったね」と詫び、こう続けた。


「巫女の『リア』なんて少女は存在しない。あれは戦いを拒んで眠ろうとする――非力な少女に擬態した、神のもう一つの人格だよ」

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