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山は山でも違う山


 地獄の終焉は唐突に訪れた。

 猛スピードで無限に転がり続ける負荷に耐えられず、とうとうボールが砕け散ったのである。


「んああぁぁっ!?」


 空中に放りだされたわしだったが、すんでのところで黒爪をクッションに変化させて事なきを得る。


「痛た。ええと、ここは……?」


 地に足が着いた喜びに打ち震えつつも、わしは身を縮めて現在地を確認する。

 目の前には噴水。そしてさらに向こうにはそびえ立つ大聖堂がある。


 リアと出会った聖堂前の広場である。


「あ、ありゃ。ここって要するに教会の人たちの本拠地ではないの……?」


 恐る恐る周囲を見回すと、武装した魔導士や首都の住民たちがぐるりとわしを囲んでいた。


 だが、一巻の終わりという訳ではなさそうだった。


 彼らの顔には一様に困惑の色が浮かんでいる。耳をすませば「なんで玉乗り?」「意味が分からん」「泣いてなかったかあれ?」という噂の声がヒソヒソと聞こえる。

 わしが一歩動こうとすると、全員が一気に警戒する気配はある。しかし、いきなり攻撃してくるような様子ではない。


 未だに恐れられてはいるが、その恐怖の毛色が「凶悪な邪竜」というか「意味不明な邪竜」に変貌した感じである。わしだって、悲鳴を上げながら謎の玉乗りを続ける人を見たらたぶん怖くなると思う。


『聞こえるかいレーヴェンディア……みんな、あんたの芸を楽しんでくれたみたいだよ……?』

「楽しむのとは方向性が違うとは思うけど」

『じゃ、困ったらまた呼びなよ。ボールの力が大きくてアタシも意外と疲れちゃったから。頑張って』

「ああちょっと! こんなところに放りだしておいてわしを一人にしないで!」

『ふふ。一人じゃないよレーヴェンディア……。いつだってアタシはあんたの心に……』


 ぷつりと声は途絶えた。

 最後の台詞は不穏なのでちょっと聞かなかったことにしておこうと思う。


 そこで、人垣を割って一人の男性が姿を現した。片眼鏡をかけた細身の若者――先ほど会った枢機卿である。


「神妙にしたまえ邪竜レーヴェンディア! 君は既に包囲されている! いいや、包囲されていなかったとしても、この稀代の天才枢機卿であるこの僕の前におめおめと舞い戻って来てしまった時点で君の敗北は決まったようなもの! さあこの場で神聖なる僕の魔力に滅ぼされたくなければ――」

「あっ。ドラゴンさんいたいたー! おーい!」


 そのとき、わしを呼ぶリアの声に続いて凄まじい楽曲が鳴り響いた。

 無論、誰もがその音に振り返る。そこに広がっていた光景は、


 ――パレードのごとく隊列を整えて行進する神獣たち。その先頭の巨狼の背にちょこんと座ったリア。そしてリアの傍らに立ちながら、指揮者のように手を振って無駄に壮大な音楽を奏でるレーコ。


 枢機卿よりも遥かにインパクトのある来訪者の存在に、衆目の視線は一様にそちらに集まった。

 楽器はどこにもないが、たぶん曲の音源はレーコがシェイナから見覚えた音響魔法である。


 途中から誰にも(わしにも)話を聞かれていなかった枢機卿だが、ひとしきり身振りを終えると長いため息とともにこう言った。


「ははっ! どうやら、僕の呼びかけに応じて巫女を返す気になってくれたようだね? 賢明な判断だよ。敵ながら賞賛に値する」

「お主はポジティブな理解力が卓越しておるね」


 この枢機卿もある意味ではレーコ級に思い込みが激しい人のように思える。

 伏せの姿勢になった巨狼の背から降りたリアは、すぐさまわしの近くに駆け寄って来た。


「みなさん! このドラゴンさんは悪い竜ではありません! 神様もそう仰っていました!」


 そしてわしを庇うように手を広げて抗議の声を上げる。

 だが、多くの人は戸惑っているようだった。無理もない。リアが神を降ろすことに成功した巫女だと知っているのは、おそらく枢機卿をはじめとした教会のごく一部の人間だけである。


 一般住民の人々はまだ「巫女はこれから祭りで選ばれる」と思っているから、現時点でのリアはただの巫女候補に過ぎない。だが、神獣に乗って登場してきたという事実もある。信じるべきか否か迷うところだろう。


 後から降りてきたレーコも、リアの横に立ってその肩をぽんと叩く。


「どうやらまだ信頼が足りぬようだな、仕方がない。イチかバチか、ここで本物の神を憑依させてみせるがいい」

「分かりました!」

「待ってレーコ。またあの暗黒ヤギさんとかが来たらどうするつもり?」

「そうならないよう我々で補助いたしましょう」

「我々って、わしも何かするの?」


 はい、と神妙にレーコが頷く。


「邪竜様の強力なテレパシーで神を呼び出してください。邪竜様ほどのお方が直接呼びかければ、神の方もすぐ目覚めるはずです」

「わしってテレパシー使えたんだ」

「私も増幅器の役目を務めたいと思います。さあどうぞお願いします」


 レーコの髪の毛の先端がピンと尖ってぐるぐると回り始める。あの髪の毛からどこかしらにテレパシーを発信するつもりなのかもしれない。


「え、ええと……火山の神様なんじゃよね? じゃあ山の方におるのかな……」


 わしはぼんやりと山をイメージして『どうか出てきてください』と祈る。

 するとレーコの髪の毛がある一方向に固定され、ビビビと激しく動いた。


「返答あり。捕捉いたしました」

「え? 本当に?」

「はい。今すぐ巫女に繋ぎます」


 そう言ってレーコがリアの肩に手を触れる。途端に、祈っていたリアの髪色に変化が生じた。

 ただし、神様が宿っていたときのオレンジ色ではない。似てはいるが、黄金を思わせる金色である。


『山呼ばるる』


 山違いで別の人が来た。

 この極めてドライで客観的な口調は、この間まで一緒にいた金山の精霊さんである。


「あぁ違うんじゃよ精霊さん! これは山違いであって、お主を呼んだつもりはなくてね……!」

『山帰る』

「あ、スピード対応ありがとうの」


 こじれないうちに素早く応じてくれるのが精霊さんのいいところである。

 と、そこで憑依から意識を取り戻したリアが自信満々に両手を空に突き上げて叫んだ。


「さあみなさん! 今のが神様のお言葉です! このドラゴンさんが優しい方だっていうのが分かったかと思います!」

「少しばかり難解な解釈を要するのではないかの」


 案の定、首都の人々は判断を決めかねるかのように遠巻きでわしらを見つめている。こうなっては、もう一度ダメ元で神様を呼んでみるしか……



「ありがたきお言葉、確かに拝聴いたしました」



 いきなり目の前から声がしてわしは跳び下がった。見れば、いつの間にか音もなく枢機卿が近づいて、わしらの前に跪いていたのだ。


「我らが神が仰るのであれば、僕はただそれを忠実に守るのみでございます」

「え、ええと枢機卿さん? そのお気持ちは嬉しいんじゃけどね、今のは別の神様というか精霊さんであって……そもそも『呼ばれた』と『帰る』しか言っておらんし」

「枢機卿であるこの僕が神の言葉を聞き違えるなど有り得ません」


 やっぱりレーコと同じ類の人だろうか。

 そう思ったわしだったが、立ち上がる枢機卿の瞳を見て少し印象が変わった。神を信じようとするポジティブな光は旺盛ではあるが、レーコのような際限のない狂気は窺えない。


 彼には彼なりに、リアの発言を信じる根拠があるのだろうか?


 ――が、今はともかく。


「そ、そういうことなら、わしらと仲良くしてくれるのね?」

「その判断はまだ難しい。僕はともかく、首都の者たちは未だ恐怖心を拭えていないからね。教会で少しばかり話に付き合ってもらうが、いいかな?」

「もちろんじゃよ」


 少なくともこの国の偉い人である枢機卿から信頼してもらえたのは大きい。ヨロさんとも合流できることだし――



「さしあたってはまず、もう一人いた君の連れ……あの強力な鎧の魔物の行き先を教えて欲しい。つい先ほど、牢獄から姿をくらましてしまったからね」

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