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事実無根の


 あくまで穏やかに諭したつもりだったが、リアはしょげたような顔になって目を伏せた。


「ごめんなさいドラゴンさん……。やっぱりわたしじゃ巫女なんて務まらなかったのかな……?」

「いやそれは違うよ。巫女さんとして優秀すぎるからこそちょっと問題というか」

「え? 本当!?」


 一転。今度は急に嬉しそうに詰め寄ってくる。喜怒哀楽の移り変わりが激しい。


「えっとの、この国の神様は今お昼寝をしてるみたいだから、他の神様が出て来ちゃうみたいなのよ。だから今はそっとしておいた方がええと思うの」

「どんな神様が出てきたの?」


 なんかヤバそうな冥府の邪神、だとは口が裂けても言えない。

 二番目に出てきたのも何やら物騒っぽい御仁だったし、この無垢な子にそんな連中の存在を伝えるのは忍びない。


「そ、そう。動物の神様だったの。可愛い山羊さんの神様じゃったよ」

「ふ。邪竜様にとってすれば、かの者も可愛い仔山羊も同然というわけですね……」

「今回ばかりはお主のそういうノリに感謝したいなあ」


 恒例の独自解釈を発揮させてレーコもこの言い訳に乗ってくれた。


「へー! わたしも喋ってみたかったなあ!」

「いやあとっても残念じゃなあ神様が降りている間はお主に意識がないみたいじゃからなあ」


 焦り混じりの棒読みでフォロー。

 憑依中の記憶がないのは幸いだった。こちらの方便次第でいくらでも誤魔化せる。


 と、そこでリアは頭を抱えて「ううん」と唸り出した。


「どうかしたの?」

「うん。神様を呼んでる間のことを思い出せないかなあって」

「えっ」


 わしは狼狽した。

 いけない。自分が宿していたのが邪神だなんて思い出したら、いたいけな少女の心にトラウマを残してしまうかもしれない。語尾がメェだったからあんまり怖くなかったのは別として。


「や、やめておかん? 無理をして思い出すこともないんじゃないかの?」

「大丈夫、なんだかもう少しで思い出せそうな気がするから……」

「可愛い山羊さんがメェメェ鳴いておっただけじゃよ。そんな大した内容じゃないから本当に無理せんでええから」

「確かに私に胸倉を掴まれながら、慈悲を乞うようにメェメェと嘆いていましたね。ああなっては邪神も形無しというものです」


 レーコとわしの方向性が早くもズレてきたが、そこは大きく咳払いをしてリアの耳に届かないよう誤魔化す。


 ちょうどそのとき。


「あ! ちょっとだけ思い出した!」


 そう叫んだリアがぱちんと手を叩いた。その顔は驚愕に目を見開いている。

 なんということだ。こうなってしまっては仕方ない、わしが年長者としてしっかり心のケアをせねば。


「うう、誤魔化してすまんかったの。でもね安心しておくれ。その山羊さんはレーコがちゃんと躾をして――」

「すごいねドラゴンさん! この国の次の神様に選ばれたんだよね!」


 ん?

 リアが目を輝かせながら語った内容は、わしが想定していたものとずいぶんかけ離れていた。


「あれ。お主が思い出したのって、この国の本来の神様の方?」

「うん! ドラゴンさんに神様を任せるって言ってたのだけ思い出したの!」

「なぁんだ。よかった。それなら安心じゃなあ」


 トラウマ要素はまるでない穏当な箇所である。まるで物騒な部分などない。ただわしが神様に任命されたというだけで――


「はぁっ! いかん、いかんよリア! それだけは今すぐ忘れ去っておくれ!」


 一気に冷静になったわしは、慌ててリアの肩を揺すった。

 リアにとっては穏当な内容だが、わしにとっては致命的となる会話の部分だった。


「どうして? とっても大事なことだと思うよ?」

「わしは辞退したんじゃよ。見てのとおりわしは貧弱でちっぽけなトカゲみたいなもんでの。とても神様なんて務まらんのよ」

「でも神様は大丈夫だって言ってたよ?」

「すごく都合のいいところだけ思い出しとるのね……」


 さては、と思う。

 神様の方からリアに対して、都合のよい記憶だけをわざと残したのではないだろうか。

 神の座を辞退しようとするわしの逃げ道を断つために。


 わしはため息をついてから首を振った。


「そういう仕事はもっと適任の人に任せるべきじゃよ。それにの、今はそれどころじゃないんじゃ。実はいろいろとあって、首都の人たちがみんなわしのことを――邪竜レーヴェンディアだと誤解して大騒ぎになってしまっておるのよ」


 ここでわしはレーコに耳打ちをして「わしの正体は伏せてな」と忠告しておく。不満顔を見せながらも渋々と頷いてくれるあたりに、レーコの成長が窺える。


「邪竜レーヴェンディア?」

「そう。お主も知っておるでしょ?」

「ううんと、聞いたことがあるような……」


 えっ、とわしは目を丸くした。

 今までの旅路にあって『邪竜レーヴェンディア』を知らないという者はいなかった。それこそ、幼子から老人にまで幅広く恐れられていた。


 そういえばリアと初めて会ったとき、わしが「邪竜様」とレーコに呼ばれている理由を「黒い鱗に蒼眼だからそういうあだ名になった」と解説したが、いまいちリアは理解できていないようだった。


 確かに邪竜レーヴェンディアという存在や特徴を最初から知らなければ、そういう反応にもなるだろう。


「お主、本当に知らないの?」

「ううん、ちょっとだけ聞いたことはあるよ。大昔の神話に出てくるでっかいドラゴンさんのことだよね?」

「あ、そうそう。たぶんそれのこと」


 なんだやっぱり知っていた。糠喜びというか拍子抜けというか、そんな複雑な感情をわしが抱いたとき、リアは何気ない調子で言った。



「――でも、それってお話の中だけの、架空のドラゴンさんだよね?」

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