無責任極まりない
『んじゃ、そろそろアタシ寝るから。あとはヨロシク』
レーコを焚きつけるだけ焚きつけた神様が放ったのは、唐突すぎる放任宣言だった。
間に割って入る隙を伺っていたわしは、たまらず詰め寄って悲哀を訴える。
「のう神様、何度も言っておるけどわしにそんな大役は務まらんって」
『だから神様なんてドーンと座ってりゃいいんだって。チビっ子に任せてりゃいいだろ』
「そうです邪竜様、すべての雑事は私にお任せください」
「お主まで援護射撃に回らないでレーコ。神様とかなったらそれ相応に責任が伴うんじゃよ? 安請け合いしてはいかんよ」
わしが諫めるように肩を叩くと、「むむ」とレーコは唸った。
「確かに、冷静に考えてみれば我々は魔王討伐を急ぐ身。このような辺鄙な土地の守り神に収まって安住する暇はありませんね。一度引き受けてしまえば、この地に長い間留まりながら、平穏な暮らしを守っていかねばならないのですから……。雑事はすべて私がこなすとなれば、邪竜様はただ草を食べながら過ごし続けることになってしまいます」
「あれ、なんじゃろ。やっぱりわし、そういうやり甲斐のある仕事にちょっと興味があるような気がしてきたなぁ……」
「いいえお気遣いは無用です邪竜様。やはりこの件は却下ということですね」
断ったのは早計だったか、とわしは悔やむ。
安住して草だけ食って余生を過ごせるなんて、魔王討伐よりもずっといい暮らしではないか――
いや待て、そう都合のいい話ではない。
レーコの話だけ聞けば理想的な環境のようだが、実際は『邪竜が国を乗っ取った』なんてことになれば内乱待ったなしである。
『んだよ、結局引き受けてくれねえのかよ』
わしらが声を揃えて拒否の姿勢に入ると、神様は長いあくびをしてがっくりと項垂れた。
「そう落ち込まんで。わしなんかよりもずっとええ人がおるって」
『じゃあ紹介してくれよ。あんたの知り合いで神様になれそうな奴。人間はダメだぞ、あのチビっ子みたいに人間の領域を超越してる奴はいいけど』
もちろんレーコみたいな知り合いは他にいない。
神のカテゴリでは聖女様と狩神様が知り合いにいるが、どちらも無理だろう。聖女様には既に守るべき土地があるし、狩神様は祀られている遺跡の周辺しか動けない。
「……ええっと、ここに連れてくるのは難しい人ばかりでね」
『なんなら魔物とかでもいいぞ、ちゃんと神が務まりそうな奴だったら』
へ? とわしは首を傾げる。さすがにそれはまずいのでは――と思いかけたが、聖女様も元は魔物である。本人にやる気さえあれば、やっているうちに馴染むこともあるのかもしれない。
「そうじゃな。強そうでそこまで凶悪じゃない魔物だったら、操々さんとかおるけど……」
『おっどんな奴だ?』
「あ、でもダメじゃね。たぶん崇められるようなことになっては幸せすぎてすぐ死んでしまうと思うから」
『どんな悲しい奴なんだよそいつ』
料理を褒められただけでダイイングメッセージを残して息絶えかける人である。神なんてポジションに耐えられるわけがない。
神様は不満げに顔を渋くしつつ、もう一度大きくあくびをした。
『ったく、いいのが見つからねえな。ちょっとの力不足くらいならアタシの魔力を明け渡して補えるってのに……』
「明け渡す?」
『おう。アタシは火山の神だから、精霊寄りの性質もあってな。眠って自我が薄くなればもっと精霊に近くなる。そうすれば他の奴に魔力を譲ることができる』
だけど、と言いながら神様は腕を組んだ。
『完全な精霊ってわけじゃないから、貰う側にも相応の負担がかかる。それに耐えられるだけの強さがないとな』
以前、シェイナがレーコの魔力(ほぼ魔物)をもらって気絶してしまったことがあった。
他者に同化しやすいという精霊の性質がある分、あれよりは幾らかマイルドなのだろうが、それでもかなりの負担が予想される。
と、わしはレーコに聞こえぬように声を落として、
「ちなみにそれ、わしが後任になったらどうするつもりだったの?」
『お前じゃどうせ無理だろうから、あのチビっ子にプレゼントしようかと』
「ダメじゃよ。今でさえ止めようがないのに、お主みたいな神様の分まで加わったらもう誰にも止めようがなくなってしまうから」
ヨロさんに勝利を収めるほどの神様の魔力がレーコに上乗せされたら、もはや無敵である。たぶん魔王すら一瞬で蒸発させそうだ。
しかし、純粋にレーコだけの魔力だけではなくなれば、わしが無効化できるという性質も消えてしまうかもしれない。そうなっては、万が一暴走してしまったときに歯止めが効かなくなる。
「いっそのことヨロさんに頼んではどうかの? この国には雷神様がおったんじゃろ? ヨロさんも雷の魔物だし、似たようなもので受け入れられやすいんじゃないかの」
『馬鹿いうな。あいつがそんな相談に乗るわけないだろ』
まあ確かに、決闘から遠ざかるような相談にはヨロさんも応じないか。
わしがため息をつくと、それを掻き消すように神様が今までで一番大きなあくびをした。
『ああもうダメだ。眠気がキツいんで今からちょっと仮眠するわ』
「ああちょっと神様! せめて首都でわしらの無実を一緒に説いてくれるまでは我慢して!」
ガクガクと揺するが、既に神様の瞼は重そうに落ちかけ、オレンジ色に輝いて逆立っていた髪の毛も、元の巫女の子の髪色――桜色に戻りつつある。
『……そう心配すんなよ、仮眠だからいずれまた覚める』
「本当? このまま本格的に寝入ったりしないよね?」
『ああ……大丈夫だ。だけど一つだけ問題があるんだ。頼まれちゃくれないか?』
「なんじゃの? 頼みごとの内容にもよるけど」
わしが警戒しながらそう言うと、神様は「ふっ」と笑った。まるでわしが受けざるをえないということを予見しているかのように。
そしてその予見は事実だった。
『この巫女の子。アタシが憑依してこっそり教会を脱走させてきたから、行方不明中ってことになってんだ。たぶんお前らの仕業ってことになってると思うから、後始末ヨロシク』
言い終えると同時、まるで逃げるかのように神様の憑依は解けた。
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