悪魔の囁き
スニーカー文庫から発売中の書籍版2巻では、完全書下ろしのストーリーでレーコの力の秘密(自前)に迫っております!
その他にも邪竜様のファンクラブが登場したりするなどギャグ満載で好評いただいている1冊ですので、ぜひともこの機に買っていただけると嬉しいです!
「……自前?」
『おう。普通にゃ分からんかもしれないけど、アタシくらいの神になりゃ一目瞭然よ。あれは外部からの魔力とかじゃなくて、純粋に素の魔力だから』
わしは前脚で自分の頬をぺシペシと叩いた。
『何やってんだ?』
「夢だったら早く覚めて欲しいと思っての」
『現実だよ受け容れろ。んで、あのチビっ子は特殊な修行したとかそういう背景はないわけ?』
「ないのよ……突然覚醒しちゃったのよ……」
これには神様もレーコを凝視した。それから顎に手を添えて首を傾げ、やがて諦めたように頷く。
『よっし。もう考えるのはやめとけ。な?』
「そんなに簡単に匙を投げないで、もっと心当たりを検討してみてはくれんかの?」
『じゃあただの天才なんだろ』
なんという浅はかな結論。
レーコを元に戻すという希望をもってこの国に来たのに、判明したのは無情にも『これで素』という事実だった。
わしはこの世の残酷さに打ち震え、とりあえずヤケ食いで足元の草を食べる。島国だけあって植生が独特なのか、食べたことのない味で意外と美味しい。これはいろいろと食べ歩いてみる価値があるかも――
「はっ、いかんいかん。現実逃避をしてしまうところじゃった」
『二秒で呑気な顔になってたぞお前……その程度でどっかいく程度の悩みなら、大したことないだろ。気楽にいけよ』
「大したことあるってば。いつも物騒な騒ぎを起こしそうになるし、暴走しかけたときまであるし……」
『でも大丈夫だったんだろ?』
「それは結果オーライというものであってね……」
わしは心底深刻に言っているのだが、神様はそこまで大問題とも捉えていないようだった。苦笑いといったぐらいの表情でレーコを眺めている。
なお、レーコはこのとき聖獣たちを集めて「貴様らもこれからは邪竜様の僕となるのだ。その光栄を噛みしめて感涙するがいい。おっと、僕と眷属は別物だから勘違いしてはいかんぞ。眷属のポジションはそう簡単に与えられるものではないからな……」と長広舌を振るっていた。
聖獣たちはいまいちよく理解していないのか、レーコの前に集まってはいるもののそこまで傾聴はしていない。中には明らかに昼寝している狼とかもいる。
『ちょっとノリは悪質っぽいけど、あくまで中身は普通のガキだろ。ちゃんと保護者が見ておきゃ大したことにはならねえって』
「わしにはそんな自信ないよ」
『なら今から自信持てよ。あの馬鹿鎧のこともちゃんと手綱握ってたし、立派なもんだと思うぜ。採石場を爆破しやがったときは『この馬鹿ども』とか思ったけど』
「あ、見られてたのね」
あの事故の一部始終は目撃されていたらしい。あくまで実行犯はヨロさんなのだが、わしにも責任の一端はあるので身が竦む。
『ま、あの程度なら安いけどな。本気で馬鹿鎧が暴れたらこの国全体が焦土になってもおかしくねえ。本来、あいつはそのくらいできる奴だ』
「ヨロさんはそんなことしないんじゃないかの?」
『してもおかしくねえぞ、仮にもあいつ魔王だったんだから』
「そうかのう……」
わしは少し複雑な気分になった。
今のヨロさんはそんな風には見えない。しかし、かつて魔王と称された以上はやはり凶悪な側面もあるのかもしれない。
『それよりもな。あの馬鹿鎧を信用する前に、あのチビっ子の方を信用してやれよ』
「いや、わしはレーコも根がいい子だとは思っておるよ。ただ力が大きすぎるのがね……」
『そこまで含めてあのチビっ子だろ。おーい!』
そこで神様は唐突にレーコを呼びつけた。このときレーコは聖獣たちを暫定国歌に合わせて踊らせようとしているところだった。
「なんだ急に」
『今、ちょうどこの邪竜様からあんたの話を聞いててよ』
「む」
「ちょっ、お主!」
何を言うつもりか。あまり余計なことを吹き込まれては、レーコが妙な暴走をしてしまう危険が――
慌てかけたわしだったが、神様はレーコの頭をぽんと撫でて一言告げるのみだった。
『せっかくこんないい爺さんがいるんだから、ちゃんと大事にしろよ』
憑依している巫女の子がレーコよりも幼いので、撫でるというよりは手を伸ばしてタッチしているだけという頓珍漢な絵面である。ただ、それでもまったく可笑しいと思わないのは、やはり神様の年季というものか。
「何をいまさら。私以上に邪竜様を大事にしている者などこの世に存在しない」
むくれるレーコを前にして、神様はヘラヘラと笑う。そこまで深刻な挑発にならなくてよかった。神様らしくレーコを叱ってくれただけのようだ。
もしかすると言葉こそ荒いが、意外としっかりした人なのかもしれない。
しかしわしがそんな希望を抱くと同時、神様はレーコの首に腕を回して露骨な悪人顔になった。
『つーわけで嬢ちゃん。ちゃんと爺孝行として、何としてでもこの邪竜様を神の座に据えるよう頑張ってくれよ』
「当然だ。邪竜様がさらなる高みへ登る機会をこの私が逃すはずあるまい」
わしは即座に神様の人物認識を改めた。
なんでこう、わしの周りには変な人ばっかり集まってしまうのだろう。
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同じ頃、大聖堂の地下牢。
かつて魔王と呼ばれ――今はヨロと名乗る魔物は、じっと牢の石畳に座り込んでいた。
防護の魔法が何重にもかけられた牢獄だが、彼にとっては薄紙のごとき強度しかない。しかし、彼は脱獄しようとする気配すら見せない。
望むのは神との再戦のみ。不要な破壊は望むところではないからだ。
もう少し待てば枢機卿をはじめとした教会の人間が、聴取として話をしに来る。その際に交渉して、神への連絡の場を設けてもらえばいい。新しい巫女も見つかっていたから、問題はないはずだ。
――そのとき。
無人のはずの地下牢で、蝋燭の灯りが僅かに揺れた。ヨロが視線を上げれば、そこには一瞬前まで存在しなかった黒衣の陰が薄闇に紛れて立っている。
「貴様……性懲りもなく来たか」
邪竜の眷属を自称する魔物。
どんな輩かは知れないが、いけ好かないことだけは確かである。ヨロは掌に雷を迸らせ、牢獄から踏み出ようとするが、その前に偽眷属が言葉を発した。
「旧き魔王よ。折り入って貴方に相談したいことがあり、改めてここに参りました」
「聞く耳持たんわ。今度こそ完膚なきまでに焼き尽くしてくれる」
しかしヨロの好戦的な言葉に動じることもなく、偽眷属は白面ごしの視線をまっすぐに向けてくる。
そして、感情も抑揚もない声で静かに言う。
「――貴方と神の決闘の舞台を整えるといっても、聞く耳はありませんか?」




