いわれなき
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表通りから混乱の叫びが響く最中にあっても、偽眷属の声は不思議とよく響く。
ヨロさんからの指摘に、彼はさして動じることもなく答える。
「この私がレーヴェンディア様に対して何の想いも抱いていないと? おかしなことを言う。この世で私ほど邪竜を奉じている者は存在しません。この溢れ出んばかりの畏敬の念が分からぬというのですか?」
「馬鹿言え。どこからどう見ても、そこにいる小娘の方が懐いているだろう」
レーコのことを指してヨロさんは自信満々に言う。
これにはレーコもホクホク顔となり、ヨロさんに対し「貴様なかなか見る目があるな。褒めてやろう」と嬉しそうに頷いている。
「いいや、あの小娘と比べるまでもないな。あの竜にも普通の友くらいいるだろう。貴様の『溢れ出んばかりの畏敬の念』など、そいつら以下だ」
「待ってヨロさん。わしって引きこもりじゃったから友達とか」
「いないのか?」
「あ、そういえばおるね。アリアンテとか狩神様とか聖女様とか」
最近だとシェイナや操々も友達になってくれた。精霊さんはちょっとドライだが一緒に戦ってくれた仲だし、ドラドラも窮地でちょくちょく助けてくれたことがある。
ライオットとは敵対というか微妙な関係ではあるが、レーコを元に戻すという目的は一致しているから、妙な戦友めいた意識がある。
「……ふふ。面白い冗談です。眷属のこの私のレーヴェンディア様への想いが、そのような有象無象どもに劣ると?」
「いかにも」
「根拠はどのような?」
「吾輩のヤマ勘だ」
つまりほとんど無根拠に断じ切ったヨロさんは、鎧の上から紫電をパチリと散らせ始める。戦意満々のようだ。
そこで初めて、偽眷属から焦燥らしき気配が漂ったように見えた。
「……やはり錆び付いても魔王ということですか。そう簡単な相手ではありませんね」
「待て!」
宙に浮いていた偽眷属が身を僅かに動かす。それを逃走の仕草と取ったか、ヨロさんが膝を曲げて跳躍の姿勢を取った。
だが、その瞬間にヨロさん目がけて放たれて来たのは偽眷属の手による『竜王の大爪』だった。
「むぅっ!」
今にも跳ねようとしていたヨロさんは咄嗟に防御の姿勢に回る。ヨロさんの身体能力なら躱すこともできたタイミングだったかもしれない。だが、背後にはレーコの殺気で固められた枢機卿たちや、表路地までいけば大勢の人々もいる。
それを庇ってか、ヨロさんは敢えて受けた。
レーコの全力の『大爪』すら砕いた偽眷属の攻撃である。鎧が軋み、押しとどめようと踏ん張る地面にはみるみるうちに地割れが広がっていく。
「いかん!」
すかさずわしは飛び出した。背中に乗っていたレーコには目線で退避を促す。幸いにも意思は通じ、一瞬でレーコは離脱する。
ヨロさんが押しとどめる『大爪』に向けて、わしは四肢を縮めた怯え丸出しの姿勢で――不格好に突っ込んだ。
途端に、光の斬撃は霞のごとく掻き消える。
「――む」
「ああよかったちゃんと消えた……無事かのヨロさん?」
縮こまった姿勢でごろりと地面に転がりながら、わしは涙目で安堵に震える。
おそらく消せるということは理屈で分かっていたのだが、それでも自ら突っ込むのには死ぬほどの勇気が必要だった。
ただ、空を飛ぶのに慣れてきたことといい、最近のわしは以前よりほんの少しだけ度胸がついてきたようにも思う。
と、自画自賛していたら、ヨロさんがわしの額に「びしっ!」と指を叩き付けてきた。
「あいた!」
「手出しは無用と言ったであろう。なぜ吾輩の邪魔をしたのであるか。あんな手助けがなくても吾輩は勝っていたのである」
「そうは言ってもねヨロさん。後ろには普通の人たちがおるんじゃから、消せるものは消すに越したことはないじゃろう」
そこまで言い争って、「そういえば偽眷属は?」と同時に思い出した。
わしとヨロさんが上空を振り仰いだときには、もうすでに偽眷属の姿は消えている。どうやら、ヨロさんが察した逃走の気配は間違いではなかったようだ。
「逃がしたか……しかし、何をしにきたのだ? あのけったいな仮面は。竜、心当たりはないのか?」
「わしもあの人には困っておってね。ちょっと前からわしらに近づいてきては、変な手出しをしてくるのよ」
ヨロさんが兜の下で唇を曲げた。逃げられて苛立っているのかもしれない。
「ところでお前、少し身体を見せろ」
「え? 大丈夫よ。怪我とかしてないから」
「怪我がないからこそ身体を見せろと言っているのだ。お前のごとき雑魚がなぜあんな攻撃を無傷でやり過ごせたか、吾輩としても多少の興味がある」
「おふん」
ヨロさんがわしの前脚を引っ張って立ち上がらせ、横っ腹の鱗をプニプニと突く。
そのとき。
目を輝きに輝かせたレーコが、わしの背中に勢いよく飛び乗ってきた。
「邪竜様邪竜様邪竜様! さすがでございます! 魔王すら手こずる一撃を触れただけで完全消滅させるその剛鱗……! ああ! やはり邪竜様は最強にして最高でございます!」
滅茶苦茶はしゃいでいた。
その間も、ヨロさんはわしの横っ腹の鱗や角をじろじろと眺めまわしている。ただ、レーコがわしの身を揺らしまくっているため、正確に観察できているかは謎である。
「どうかの、ヨロさん。何か分かりそう?」
「何の変哲もない普通の鱗である。いや、普通のよりちょっと柔らかいくらいであるな」
「じゃよね」
手がかりのなさにわしはため息をついたが、一方のヨロさんは口元を固く結んだまま何かを思案している。
「ヨロさん?」
「――いや、ひとまずお前たちは早く逃げるのである。場合によっては国からの脱出も視野に入れた方がよい」
「なんで?」
偽眷属も撃退したし、枢機卿という精霊や魔物に詳しそうな人物とも出会えた。
取り調べという名目で彼らに付き合うと決めたばかりではないか。
「吾輩はともかく、お前たちはおそらく穏便な捕縛とはいかん。あれを見ろ」
ヨロさんが指差したのは、路地裏や建物の屋根で倒れ伏していた枢機卿と武装集団たちだ。レーコがはしゃいで足止めの殺気の放出をやめた今、彼らはゆっくり立ち上がろうとしている。
その眼がこちらを向く。
視線にはこちらの肌に刺さるほど、ありありと警戒心と敵意が乗っていた。
「邪竜……レーヴェンディア……」
口々に彼らは呟いている。そして落ちていた武器を拾い、俄かに攻撃姿勢を整え始める。
わしは首を振って彼らに呼びかける。
「ちょっと待って! わしはそんなのじゃないから! いや邪竜ではあるのかもしれないけど……お主らとは仲良くやりたいと思っているから!」
「無駄だ」
さっきとは真逆の立ち位置。彼らの攻撃からの盾となるように、ヨロさんがわしの目の前に背を向けて立った。
「さっきの仮面が何かしたようだ。奴らはもうお前を『邪竜』だと思い込んでいる。ここだけではない、よく耳を澄ませろ」
冷静になって表通りからの騒音に耳を集中する。さっきまでは単に爆音と閃光に騒いでいるのかと思っていたが、その中には聞きなれた単語が混じっていた。
「邪竜」「レーヴェンディア」「侵略」「破壊」――そうした単語が。
まるで、わしがこの街を襲いにきたかのように。
「吾輩はここの神に用事があるゆえ、ここでこいつらにわざと捕まる。だが、お前たちは用事がないのであろう。こんな場所にいてはすぐ争いになるぞ。さっさと逃げておけ」
「……すまんの」
ヨロさんの言うことは理にかなっていた。ここにわしらがいては無用な混乱を広げるだけである。
誤解を解くにしても、一旦引いて戦闘だけは回避せねば。
「レーコ!」
「かしこまりました」
わしの背中に(レーコの魔力で)翼が生える。眼下にヨロさんを残して、一気に首都の上空へと舞い逃れる。
首都から離れた平原の緑地へと身を運びながら、わしは考えていた。
おそらくは偽眷属の仕業で、枢機卿や街の人々たちはわしのことを完全に「邪竜」だと認識してしまった。何のいわれもないままに。
――この理不尽な現象は、わしが邪竜呼ばわりされるようになった経緯とあまりに似すぎていないだろうか。
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