強者の風格
閃光に目が眩んだ。
ヨロさんの手の動きとともに発生した雷球は空中にて偽眷属を包み込み、辺り一帯を真っ白に染め上げる大爆発を起こした。
たった一握りで放たれたその魔力の強大さたるや、レーコの斬撃と比較してもまったく劣らないレベルだった。
――しかし。
「かつて魔王だったといえど、所詮は時代に取り残された旧き者。今もなお豪名を轟かせる邪竜レーヴェンディア様の眷属であるこの私には及ばないようですね」
相手はレーコの全力をも正面から捻じ伏せた偽眷属である。雷光が収まった空の中で傷一つなく平然と浮かんでいる。
「よ、ヨロさん。あの魔物はまずいよ。こんなところでお主とあれが戦っては、この街がなくなってしまうかもしれん」
「あれが強い? どこがだ」
だが、攻撃を防がれたヨロさんは意外にも平然としていた。
戦闘狂みたいな性格だったから、てっきり燃え上がって本格的な戦いを始めるかと思っていたが。
「負け惜しみですか?」
「いいや、単に事実だ。どう見たって貴様、吾輩より弱いであろう」
それはわしも以前から薄々と感じていたことである。
偽眷属は戦ってみると恐ろしく強い相手であることに間違いはないのだが、わしの眼力はさほど警鐘を鳴らさないのだ。
そこそこ強い魔物ではあるものの、十分な精鋭が揃えば討伐できる――くらいの認識だ。
「でもヨロさん。確かにあんまり強そうには見えないけど、実際にこっちの攻撃は通じてないんじゃよ?」
「簡単な話だ。弱い奴が吾輩の攻撃を喰らって平然としているなら、それはどこかでペテンを働いているのだ。あんな奴、真っ向から吾輩の攻撃を受ければ蒸発する以外にあり得ん」
ヨロさんが両の拳を胸の前で打ち合わせた。
と思った次の瞬間には姿が消え、宙にある偽眷属の眼前にまで跳び上がっていた。
「どんな下らん手品かは知らんが、さっさと種を晒してもらうぞ」
仮面を握り潰さんとするかのような軌道でヨロさんが掌底を放つ。
今までなら敢えて受けて、それでも平然とした姿を見せつけていたであろう偽眷属は、
「――!」
身を捻って躱した。
そして掌底を空振りしたヨロさんの背中に、踵から振り下ろすような蹴りを浴びせる。
その蹴りの威力は疑いようもなく本物だった。命中と同時にヨロさんの身が地面まで一気に叩き落とされ、路地の石畳を粉々に砕いて砂煙を巻き上げる。
「ヨロさん!」
「いちいち騒ぐな」
落下の衝撃で石畳に半ば埋もれていたヨロさんが、すぐに立ち上がって這い出してくる。鎧とマントは埃まみれになっているが、本人にまるで動揺はない。
「これしきの攻撃、いくら受けたところで倒れる吾輩ではないわ」
「そうですか? いかに貴方といえど、無視できない一撃だったと思いますが」
挑発をしてくる偽眷属だったが、ヨロさんは兜の下で嘲るように口元に笑みを作った。
「何をそんなに焦っている? 吾輩より強いという自負があるならば、もっと堂々と構えるがいい。安い挑発なぞ小者のやることよ」
「ああヨロさん、あんまりヒートアップしないで。ここは穏便に話をじゃね」
わしはヨロさんの近くに駆け寄る。単に説得のためだけではない。
どういう理屈かは知らないが、偽眷属が放つ攻撃はわしに触れたら消滅するらしい。
もしヨロさんに向けて大規模な攻撃が放たれても、この位置なら寸前にわしが割り込んで打ち消せる。街への被害も最小限だ。
と思っていたら、ヨロさんがわしの尻尾を掴んでぶらりと逆さに下げた。
「こら、何をしているのであるか。吾輩の戦いに水を差すでない。邪魔だから引っ込んでいるのである」
「ち、違うのよヨロさん! あの人の攻撃ってなぜかわしには効かないのよ。だからわしを盾に使ってくれれば勝機があると思うのよ」
「ほう」
そう言いつつ、わしの頭の中ではセーレンで暴走レーコを収めたときの体験がフラッシュバックしていた。
アリアンテから鎖鉄球のようにぶん回され、ぶん投げられ、最終的にレーコから乗り回され――
「でも……できるだけお手柔らかにね。わしを武器に使うときは細心の注意を心がけてね。割れ物を扱うような感じで使ってくれるなら、わしも手助けするのはやぶさかでないというか」
「いらんわ」
ぽいっ、とヨロさんはわしを路地の奥に投げ捨てた。普通に痛かった。
「吾輩は最強の魔物。手助けを借りるなどということはせん」
「で、でも侮ってはいかんよ! あの人の攻撃はお主でも防げるかどうか……」
「吾輩でも防げぬような攻撃を、なぜお前が防げる?」
ヨロさんは至極まっとうな疑問を言った。それは、なぜだろうか。レーコなら「わしを主と思い込んでいるから」と説明は付くのだけれど。
それと同じ理屈を想定して、ヨロさんに告げてみる。
「たとえばあの人がわしのことを主だと思い込んでいて、それで魔力が『わしに通じない』ように変質しておるとかじゃないかの……?」
「はは、何を仰るのですレーヴェンディア様。思い込みも何も、私のこの力はレーヴェンディア様がじきじきに分け与えてくださったものでしょう」
偽眷属は即答。
やっぱりその類の変な人(魔物)だった。
わしが泣きたくなっていると、枢機卿たちに殺気を向けて金縛りにさせていたレーコが背中にぽすんと乗ってきた。
「あの不届き者が妙なことを言っていますが、邪竜様。事実関係を聞かせてもらえますか」
「なんでちょっと腹を立てておるの? 何度も言うけど違うってば。わしの眷属はお主一人じゃから」
「ならよかったです――聞いたかこの偽物め。邪竜様にとって私だけが唯一無二の絶対眷属なのだ。お前はただ思い込みの激しい他人に過ぎん」
ご満悦な顔になってレーコは胸を張る。
どうやら本当に腹を立てていたわけではなく、わしの口から「レーコだけが眷属」と言質を取りたかったらしい。
しかし偽眷属の舌鋒も負けてはいない。
「ですが、前に証明したでしょう? 私の『大爪』は貴方のものを遥かに凌いだ。これほどの力を与えてくれる者が、レーヴェンディア様以外のどこにいるというのです。私が単に思い込みの強い一般人だと嘲るのは勝手ですが、レーヴェンディア様の力は思い込みごときに負けるものなのですか?」
「く……それは」
「同じ眷属ならば分かるでしょう。あなたの力はレーヴェンディア様のもの、ならばそれを打ち破れる私の力もレーヴェンディア様のものでしかあり得ません。それに異を唱えるならば、あなたは主の力を疑っているということになりますよ?」
ぷるぷるとレーコが震え始めた。これは間違いなく憤怒しているときの気配である。
口先では敵わぬと見たか、短剣をちゃきっと手に構えて、
「ところで邪竜様。あいつが眷属でないというなら、この場で殺しても差支えありませんね?」
「お願いこらえてレーコ。お主まで全力を出してしまったら大変なことになってしまうから」
今の段階でも、さっきヨロさんが放った雷光のせいで表通りがパニックに陥っているのが聞こえるのだ。これ以上本格的な破壊行為が起きては、冤罪でなく本当の罪人にされてしまう。
「いちいち愚物の虚言に惑わされるな、小娘。だから貴様は弱いというのだ」
と、そこで制止の言葉を放ったのはヨロさんだった。
「あの仮面の奴。多少の舌は回るようだが、話の内容以前にそもそも絶望的なほど筋が通っておらんではないか。眷属だとか思い込みだとか言う以前の問題だ。そんなことにも気づかんのか?」
そう言ってヨロさんはわしを指差してから、偽眷属をまっすぐに見据えた。
「――貴様、この竜のことなど何とも思っておらんだろう?」




