旧代の魔王
「吾輩のことを知っていたようなら話は早い。まさしく吾輩は魔王なのである」
平然と自らの素性をゲロったヨロさんに対し、枢機卿は高笑いで応じる。
「馬鹿を言ってはいけないよ。旧代に君臨した魔王――落雷の化身たる破壊の王・雷剛鎧は大昔に我が国の神によって滅ぼされた。復活もできないほど完膚なきまでにね! この世にあるはずがないじゃないか、ハハッ」
「ああ、そうだそうだ。そういや昔の吾輩はそんな名前であったなあ」
現に復活しているヨロさんは感慨深げに頷いていた。魔王だった頃の記憶は曖昧と言っていたが、指摘されたらある程度は思い出すものらしい。
「まあしかし、今の吾輩はヨロということでいくか。前に負けたときの名は縁起が悪い。復活してパワーアップした吾輩には新しい名こそ相応しい」
「魔王のネームバリューってそんな簡単に捨ててええものなの?」
「構わん構わん。大事なのは吾輩が強いか否かのただ一点のみだ。呼称など所詮は些事に過ぎん」
それより安心した、とヨロさんは大いに満足げな笑みを浮かべた。
「やはり吾輩と神との激戦は、教会で語り継がれるほど重要な歴史となっているのだな? ふふ、やはり奴にとっても吾輩は忘れがたき仇敵だったということか……」
「いいや別にそうでもないよ。神は託宣にて『面倒くさい奴が絡んできたから消した』と述べている。我らの神にかかっては、魔王すら単なる雑魚に過ぎないというわけさ。そこまで眼中にもなかったのだろうね」
ヨロさんが鎧を鳴らしてがしゃりと地面に膝を付いた。
過去にあったという激闘を『消した』の一言で済まされたのがショックだったのか、はたまた『面倒くさい奴』というフレーズが急所にヒットしたのか。
「吾輩が……眼中になかっただと……?」
「ふふ? 怯えているようだね? 我らが神の偉大さに、そしてその神を最も間近に崇めることを許された枢機卿であるこの僕の尊さに」
「ああ……いつもよりちょっと強めの酒が欲しいのであるなぁ……」
「おとなしく投降して僕らに捕まるというなら、それなりの便宜は図ってあげるとも。市場には出回らない極上の酒だって用意しよう」
「かたじけないのである。じゃ、竜よ。吾輩ちょっと酒を貰ってくるから」
ヨロさんが陥落した。
彼の弱点である神様関連を突いて巧妙にメンタルを撃沈してきた。これが枢機卿の真の力か。
「って、ヨロさん。いかんって。そんな易々と捕まってはまずいよ」
「何がまずいのだ。この国に吾輩を消せるほどの実力者は、神ぐらいしかおらん。ならば何も恐れることはない。敵の手の中だろうが胃袋の中であろうが、吾輩にとってはその辺の酒場と何も変わらん」
「マイペースじゃなあ」
なるほど。ヨロさんがここまで呑気なのは、強さに絶対の自信を持っているからなのか。確かに捕まったところで、ヨロさんを尋問したりできる人間はいないだろうし。
まあいい。ここでヨロさんの身柄を彼らに預けることができたなら、わしの肩の荷も少し降りるわけだし。
「それに協会に近い方が神の奴ともまた話せるかもしれんしな……。どういうことだあいつめ……。奴にとって吾輩はその程度だったのか……?」
「ヨロさん、その件についてはあんまり深く思い詰めない方がええと思うよ。こじらせるとロクなことになりそうにないから」
「うむそうであるな。きっと照れ隠しであろうな、ふふふ。待っていろ今度こそ吾輩が勝つ」
「なんか立ち直りが早すぎて逆にちょっと怖いのう」
悪質なストーカーを思わせる切り替えの早さである。
メンタルを急回復させたヨロさんは立ち直ってすたすたと枢機卿の前に歩いていく。
「ふ。鎧の君は僕らに降伏するということだね?」
「ああ。世話になってやるとしよう」
「それで君たちはどうするんだい? 抵抗するなら容赦はしないよ?」
枢機卿はわしとレーコに陽気なウインクを送ってきた。レーコとはまた違うベクトルで彼もまた思い込みが強い。
ちなみに「容赦しない」というのはレーコにしても同じようで、わしの背後からバリバリに殺気が漂ってきている。おそらくレーコがその気になれば一秒足らずで枢機卿の首は飛ぶ。
「ええとお主。実はわしはただ単に調べものをしにこの国に来ただけなんじゃよ。そこのヨロさんとはたまたま会っただけで、神様に特に用事とかはないの。もし調べものに協力してくれるというなら、わしは一時的に捕まってもええと思っとるよ」
「ハハッ、なかなか賢明な判断をするね。トカゲのわりに賢いじゃないか」
ここでわしはすかさず振り返ってレーコの肩を叩いた。
「レーコ。いいのいいの。怒らないで。ヨロさんみたいに自信があれば、捕まることなんて全然大したことじゃないのよ。だから我慢して」
「……了解しました」
それに、これは思わぬチャンスかもしれなかった。
この枢機卿。人柄はわりと残念な気配が漂っているが、魔王についての知識といい、かなり博識なようだった。それに見る限り、変人ではあるが決して悪人ではない。
取り調べの際に、レーコと出会ってからのことをすべて正直に話せば、一緒に対策を考えてもらえるかもしれない。
レーコに宿った『邪竜レーヴェンディア』の力を取り去る方法について。
「あ、確認しておきたいんじゃけどいきなり拷問とかはしないよね? わしちょっと痛いのは嫌なんじゃけど」
「君たちが素直に素性を吐くようなら僕らも野蛮なことはしないさ」
「もちろんじゃよ。やましいことなんてわし全然ないから、何でも正直に話すつもりじゃよ」
よかった、とわしは安堵の息を吐く。
その言葉に嘘はなさそうだし、必死に伝えればきっと分かってもらえるはずだ。
『――なるほどではすべて正直に語りましょう。ここにいらっしゃる方は邪竜レーヴェンディア様。神話より語られる絶対の強者にして、魔王に比肩しうる唯一の存在です』
レーコ! と叫びかけたわしは、咄嗟にその言葉を引っ込めた。
なぜならその声は、レーコのものではなかったからである。
「貴様……!」
レーコが短剣を抜いて地を蹴った。
路地裏の向こうに突如として姿を現した黒衣の者――以前にレーコの技を破った、偽眷属に向かって。




