神からのありがたいお言葉
9月1日にスニーカー文庫から小説2巻が発売となります!
全編書き下ろしで1章の直後からの話となりますので、今までWEB版だけで1巻は買っていなかったという読者の方でも楽しめる内容となっています!
1巻同様にギャグ満載で、邪竜様の正体やレーコのある重大な秘密が明かされるなどストーリーもボリュームたっぷりですので、ぜひ書店で手に取ってみてください!
「神はその者に乗り越えられぬ試練は与えません。ならば『どう足掻いても乗り越えられぬ誘惑』はもう試練ではあり得ません。神が与えもうたご褒美だと解釈するべきです」
観察すること数分、敬虔な巫女候補の少女は悪魔の誘惑に陥落した。
露店で買ったジャンクな食べ物を、少女は祈りながらもしゃもしゃと頬張っている。
さっきまでは無邪気な子供らしい口調だったのだが、誘惑に負けたやましさを誤魔化すためか、無駄に丁寧な言葉遣いになっている。
「それでいい。食えば食うほど貴様は強くたくましくなる。他に食いたいものはあるか?」
「願わくは塩味の効いた揚げ菓子のあらんことを」
「いいだろう」
レーコは少女を肩車したまま露店の並ぶ街道をぶらつき、注文のままに買い食いをしている。自分の分も一緒に買ってパクついているところがレーコらしいが。
「……あれ? そういえばなんでレーコは買い食いのお金を持っておるんじゃろ」
路銀も含めて、手荷物はすべてわしの背中に結び付けられている。ライオットの短剣でも売り払わない限り無一文のはずだ。
「ああ。さっきあの娘が吾輩を酒場まで見送りにきたとき、物欲しそうにつまみの料理を眺めていたからな。小遣いをくれてやったのだ」
「……あんまりお小遣いをあげすぎるのは教育上よくないと思うんじゃけど、いくら渡したの?」
「面倒だから金塊を丸ごと一本やった」
「お主の金銭感覚ちょっとおかしくない?」
「魔王たる吾輩はケチケチせんのだ。宝物庫が尽きたらどこぞの国でも滅ぼして略奪すればよいだけの話であるしな」
わしはその場を脱兎のごとく駆け出した。これ以上ヨロさんに散財させるわけにはいかない。一刻も早くレーコから金塊を回収して彼に返却せねば。
露店通りを歩くレーコの腰をよく見れば、確かに金塊が一本結び付けられている。おそらくは金を削って支払いに使っているのだろう。
露店の食べ物くらいしか買っていないなら、まだほとんど減っていないはずだ。
「おーい! レーコ!」
「はっ、邪竜様。筆頭眷属がレーコ。今ここに」
わしが大声で呼びかけると、凄まじい速度でレーコが駆け寄って来た。その肩の上では修道衣の少女が塩味の揚げ芋とフルーツジュースをガツガツと貪っている。
「この国の神への刺客養成の現状視察でしょうか。ご覧のとおり順調です。この者は着実に巫女としてのレベルを高めていっています」
「下がっているように見えるのは気のせいかのう」
一方で少女はうっとりと頬を膨らませて、
「ああ……こんなに贅沢させていただけるなんて、お姉さんは神の使徒様なのですね?」
「いかにも。私は暗黒の破壊神である邪竜様の使徒・レーコである。そしてこちらが神そのものである邪竜様だ」
「ええっ!? 神様!?」
「ちょっと待って。神のジャンルが違うことにまず疑問を呈して」
この子とレーコの間で、神という言葉が指す存在に大きな隔たりがある。
まずわしは神どころか魔物でもなくて、単なるトカゲだし。
「へー! 珍しいなあって思ってたけど、神様だったんだ! すごい!」
しかし少女はあんまりよく聞いておらず、神様というフレーズにだけ興奮している。口調も元の無垢な感じに戻った。
「そうだ。邪竜様はとてもすごいぞ。よく崇めておけ」
「あれ? でも、さっき泣いてたよね? 神様でもやっぱり悲しいことってあるの?」
「あれは目にゴミが入っただけということにしておいてくれるかの」
「ええ。かつて邪竜様が悲哀に泣いたのは、旧人類の愚かさを嘆いたあの時の一度だけでございます。その涙は地上を覆い尽くし、すべての文明を無に帰したとされています……」
少女はきょとんとしている。まるで一昔前のわしのリアクションを見るようだった。今やわしはこのくらいで動じない。レーコの言動に慣れていれば、この程度は挨拶代わりのジャブみたいなものだ。
とにかく、とわしは咳払いをして、
「お主が崇めておるここの国の神様とわしは別人じゃから。そうでないと、神様に伝言を伝えて欲しいなんてお主に頼まんじゃろ?」
「あっ。そっか!」
少女は目をぱちくりとさせて頷いた。多少抜けているところがあるように見える。
「で、レーコも。この子にお主の独自トレーニングを押し付けてはいかん。人それぞれのやり方というものがあるんじゃから」
「やはり私の修練の領域に凡人はついていけないということですか」
「とりあえずそういうことでええかな」
レーコは肩車をやめて少女を地面に降ろす。
「そういうわけだ娘よ。この後の昼寝は諦めるがいい」
「いいえレーコお姉さま。巫女を目指す者として、わたしはどんな困難にも立ち向かっていきます。この後しっかり心ゆくまでお昼寝します。それが神のお導き」
「食べてすぐ寝るのはよくないからやめておこうね」
早くもこの子は巫女の指名競争から脱落してしまった気がする。悪魔の誘惑に堕とされてしまった。レーコをお姉さまとか呼び始めてるし。
「……まあ、それよりレーコ。まずはその金塊はヨロさんに返そうの。他人からそんな大金を貰うのは感心せんよ」
「はっ。貰うのではなく力づくで略奪してこその覇道というわけですね」
「なんでお主とヨロさんは思考が妙にシンクロしておるの?」
わしが手を振ると、遠くで眺めていたヨロさんが近づいてきた。口元以外は兜で隠れているが、面倒臭そうな表情をしているのがなんとなく分かる。
「話は済んだのであるか? 吾輩はさっさと戻って酒を楽しみたいのだ。金塊を返すなら返すでさっさと渡すのである」
「急かさずとも今返す。多少飯を食わせてもらった、世話になったな」
そう言うとレーコは金塊を一直線に放り投げる。明らかな殺意を匂わせるほどの勢いだったが、ヨロさんは何事もなく片手で受け止め、マントの中にしまった。ちなみに金塊はレーコとヨロさんの握力に負けてぐにゃぐにゃに変形していた。
「では竜。吾輩は戻っておく。神との決闘セッティングの件、くれぐれも頼んだのであるぞ」
「わしは決闘セッティングする約束とかした覚えはないんじゃけどなあ」
わしの憂いをよそに、ヨロさんはマントを翻して街道を去ろうとする。
そのときだった。
『魔王……』
突然、修道衣の少女がヨロさんを見てそう呟いたのだ。素性について何一つ知らぬはずだというのに。
その呟きを鋭敏に聞き取ったヨロさんは、ゆっくりとこちらを振り返る。
「ほう。巫女を立てねば話せぬと思っていたが、やはり吾輩と貴様の仲。そちらから来てくれたか」
ヨロさんがそう言うや、黒かった少女の長髪は明るいオレンジ色へと変貌し、全身が炎のように光り輝き始めた。足先はふわりと地面から浮き上がり、目は焦点を失ってまさに神がかりのようになっている。
「吾輩は貴様との再戦のためにこうして復活したのだ。さあ、吾輩と血沸き肉躍る戦いを!」
『うるさいバーカバーカ復活するなキモいもっと長く死んでろバカさっさと尻尾巻いて帰れ負け犬』
ぽてんっ、と。
一息に罵倒の嵐だけを告げて、少女は再び地面に転げた。そして「はっ」と起き上がり、
「あれ? 今わたし、レーコお姉さまの特訓どおりにお昼寝してました?」
わしは、俯きながら路地裏にトボトボと歩いていくヨロさんの背中をただ見つめていた。
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