強くなるためには
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わしの脳裏に浮かんでいたのは哀れな銀竜こと、ドラドラさんの姿である。
彼もまたレーコによって連れ去られ、取り返しのつかないことになってしまった。
二度とあの悲劇を繰り返してはならない。
あんないたいけな少女がレーコのような修羅に変貌させられてしまっては、わしの罪悪感が限界を突破してしまう。
「かといって街の衛兵さんに相談はできんしのう……。レーコが人攫いをしたなんてバレたらまずいし」
もちろんわしの鈍足では、驚異的な速度で逃げて行ったレーコを追うことなどできはしない。
ならばこの状況で頼れる人物はただ一人。
「ヨロさーん。どこにおるかのー? ちょっと困ったことが起きたんで助けて欲しいんじゃけどー」
わしは声を上げながら、酒場の多い大通りを走り回る。ヨロさんが歩いて行ったのはこちらの方角だから、きっと近くで飲んでいるはずである。
案の定、しばらく歩いていると酒場の軒先にめちゃくちゃ目立つ鎧姿がいた。
「む? 何事だ?」
「少しトラブルがあってな。大至急レーコを探してはくれんかの?」
「そうは言っても、吾輩はあの小娘のような千里眼の小技は持っておらんぞ」
「それでもわしよりずっと動きも速いし視力もええじゃろ? お主に良心があるなら手伝ってくれんかの」
「吾輩はこれでも魔王なのだがな……。まあ、いいだろう」
ヨロさんは酒場のカウンターに向かって「代金だ」といって金貨を一枚弾きとばすと、わしを肩に担いで思いきり跳躍した。
その高さたるや。
首都の全貌が一望できる。まるで、小山に登ったような景色である。飛ぶことになれたわしでも、少し肝を冷やすほどだった。
「ううむ、さすがに広いな。どこに向かったか心当たりはあるか?」
「た、たぶんじゃけど、修行とかに向いてそうな郊外じゃと思う。壊しても大丈夫そうな岩とかがありそうなところ」
「承知した」
ヨロさんの身はジャンプの最高点で止まっていた。自在に飛行することもできるらしい。
マントをなびかせて首都の外れの方まで移動していく。
「見えるか、あそこに岩場のようなものがある」
「おお。そりゃ条件に合いそうじゃね。ちょっと降りてみてくれるかの」
建物の立ち並ぶ首都の隅っこに、なぜか岩盤が剥き出しの岩場があった。なにやら不釣り合いな光景だったが、ああいう場所ならレーコも心置きなく魔力を振るえそうではある。
「……ありゃ?」
が、着地してみてすぐに気付いた。
遠目にはただの岩場に見えたが、いざ近くに寄ってみれば岩場はロープで厳重に区画分けされ、ツルハシなどの道具をまとめた倉庫まで併設されていた。
「採石場かの?」
「そのようであるな」
単に放置された岩場ではなく、今も利用されている採掘場所のようだった。
よくよく考えれば、この首都の建物は多くが大理石などの火成岩で作られていた。そんなに運搬が楽な建材ではないから、近くに採掘場があるのは当然のことといえる。
人気がまったくないのは、おそらく祭事の期間中だからだろう。
「どうだ竜。小娘はいそうか?」
「いんや、たぶんレーコもこんな場所で暴れたりはせんのう。壊してしまったら弁償モノじゃからね」
「しかし、ここ以外はすべて市街地であったぞ」
「そこが問題なんじゃよなあ」
さてはレーコも飛行して首都の外まで行ってしまったのだろうか。
「八方塞がりであるな。なに、どうせ大した問題ではあるまい。吾輩は戻って酒を飲み直すから、貴様も付き合うがいい」
「そういうわけにはいかんのよ。実はレーコが勝手に子供を攫ってしまってな。このままではその子が洗脳されてしまうかもしれん」
「ったく。何をしている。貴様がしっかり躾をしていないからそんなことになるのだ」
「本当面目ないです」
仕方ない、とヨロさんは天に向かって指を立てた。
「我が魔力にてこの場に小規模な雷を落とそう。あの娘は勘がいい。察知して様子を見にくるはずだ」
「おお。こちらから探すより、レーコの方をおびき寄せるわけじゃね。それは名案じゃと思う」
「当然である。ゆくぞ」
ヨロさんが振り下ろした指の動きに合わせ、採石場の一角に細いながらも鋭い雷光が降り注いだ。轟音とともに視界が真っ白に染め上がる。
――そして、雷はどこかに保管されていたらしい爆薬に引火した。
採石場のあちこちから上がる爆炎。次々に崩れていく岩場。落石で潰れる倉庫。
わしとヨロさんは逆光に照らされた無表情のまま、地獄と化した採石場をただ見つめる。
「……では、吾輩はここで失礼するのであるぞ」
「待って! この現場にわしだけ取り残さないで! とりあえず連れて逃げて!」
ヨロさんはマントから取り出した金塊を何本か瓦礫の中に埋め、無言の弁償を済ませてからわしを抱えて再跳躍した。
「お主って意外と律儀よね」
「吾輩は小細工が嫌いなだけである。ここで壊すだけ壊して逃げては、まるで吾輩が人間に対して卑劣な破壊工作を行ったように見えてしまう。そんな絡め手は断じて好かぬ。攻めるとしたら単騎での正面突破以外は吾輩のプライドが許さん」
一瞬だけヨロさんを常識人と思いかけたが、よく考えたらここの神と一騎打ちするのが目的の人だった。決して常識人ではない。スポーツマンシップの極致に達しただけの脳筋である。
採石場で上がった爆炎を見て、街からは野次馬が集いつつあった。
速攻で現場上空からは逃げ去りつつも、ヨロさんは遠目でその群衆を眺めている。
「どう? レーコはいそうかの?」
「待て……それらしいのがいるぞ。修道衣を着た幼子を肩車している」
「本当かの? 近くまで行ける?」
「任せろ」
ヨロさんは空中で方向転換し、野次馬の集う通りのそばまで飛んだ。そして、近くの物陰に着地する。
物陰からこっそり顔を出すと、確かにそこにいたのはレーコと修道衣の少女だった。
肩車をしながら、レーコは少女となにやら会話している。
「ねえお姉ちゃん。本当に大丈夫? すごく煙が上がってるよ?」
「だから大丈夫だと言っている。この私の千里眼で見る限り、怪我人はいない。岩が崩れただけだ。この程度でいちいち取り乱すな」
「ごめんなさい……」
「構わん。それより、安心したなら修行を再開するぞ」
いけない、このままでは洗脳が始まってしまう――と飛び出しかけたわしだったが、その直前にレーコが片手に何かを掲げた。
厚切りの肉が刺さった串焼きだった。
「さあ存分に食え。美味いぞ」
「だ、ダメだよ! わたしは修行中だし、お祭りも近いんだから贅沢なんかしたらいけないもん……!」
「肉は嫌いか? ならば菓子を用意するぞ」
「うう、ダメだもん。頑張らなきゃ……。神よ。神よ。どうかわたしにこの誘惑を退ける力をお与えください……」
肩車された少女は祈る姿勢になって、レーコが目の前でちらつかせる串焼きやらクッキーの攻勢に耐えている。
欲求を我慢する聖職者的な修行か――と一瞬だけ思ったが、まさかレーコがそんな発想をできるわけない。
そしてよく思い出したら、以前レーコが言っていた修行理論はごくシンプルだった。
レーコは怪訝顔で少女を見上げている。
「なぜ食わん。よく食べてよく寝なければ強くはなれんぞ」
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