事案発生
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「泣いてない。わしは泣いてなんかおらんよ。ちょっとあくびをしておっただけじゃから」
「そうなの? なんだか悲しそうだよ?」
「本当に大丈夫じゃよ……でも、ありがとね。お主は優しい子じゃの」
わしが褒めると、少女は花が咲くように笑った。そして誇らしそうに背筋を伸ばす。
「うん! 困ってる人には優しくしないとだから!」
「まあ、わしは人じゃなくてトカゲなんじゃけどね」
「あれ、そうなの? 子供のドラゴンさんじゃないの?」
「少なくとも子供ではないのう。こう見えてわし、結構なお爺ちゃんでな」
実年齢は言わないが、わしの口調で向こうも納得したらしい。「へー」とか「ほー」とか言いながら、わしの身体をジロジロと見まわしている。たぶんこんなトカゲは珍しいのだろう。
つんつんと尻尾の先を突いてきたりもしているが、特に問題はないのでスルー。
それより、この子の服装の方がわしには気がかりだった。修道衣を纏っているとなれば、もしかすると教会の関係者――いいや、儀式の巫女候補ですらあるかもしれない。
わしがそう思うのには衣服以外にも根拠があった。
久しぶりに働かせたわしの眼力が、この少女から微かに漂う魔力の素養を感知していたからである。
まさに条件を満たした『魔力の備わった若い女性』である。
「ところで、お主はもしかして巫女さんの候補だったりするのかの?」
「え? なんで分かったの!?」
そして予想は見事に的中。
ぴょん、と跳ねて少女は驚いた。素直に子供っぽいリアクションにわしはちょっと和む。
これがもしレーコの場合だったら、驚くどころか安定のドヤ顔しかしないだろうし。
「長生きしているとそのくらいは分かるようになるもんじゃよ。そっかそっか、やっぱり巫女さんの候補じゃったのね」
なんたる幸運。これは千載一遇のチャンス到来かもしれない。
わしらポンコツ三人衆(わし、レーコ、ヨロさん)が巫女候補として潜入できる可能性は皆無である。しかし、そもそもわしらの目的は巫女になることではない。この国の神様に、「敵意はない」というメッセージを伝えたいだけなのだ。
それならば、本物の巫女さんに伝言をお願いすればいいだけの話だ。
「うん、そうだよ! あそこの子も、あっちにいる子も、みんなそう!」
元気よくそう言って、少女はぶんぶんと指をそこら中に振り回した。
「えっ」と呟いたわしがその先を視線で追えば、聖堂の周りのあちらこちらに、修道衣を纏った女の子が歩き回っていた。
「あ……なんだ。ずいぶん都合よく会えたと思ったら、こんなにたくさんおったのね。というか巫女さん候補って全部で何人くらいおるの?」
「何百人もいるんじゃないかなあ。最初にみんな集まったとき、大聖堂の礼拝所がぎゅうぎゅう詰めだったもん」
「そ、それはかなりの難関じゃね……」
雲行きが怪しくなる。そんな数百人もいる中から、神様と話せる資格を持てるのはたった一人だということか。そうなると伝言も楽ではない。
「もう『選ばれるわけない』って、自分から田舎に帰っちゃった人もいるの。でも、わたしは頑張ってみるつもり……えへへ、でもやっぱり無理かな? トカゲさんはどう思う?」
「そうじゃのう」
広場をうろつく候補者たちの魔力をざっと眺めてみる。力を隠している人もいるかもしれないから正確には分からないが、少なくとも目の前の少女より魔力の気配が強い人間は大勢いる。選考基準は不明だが、やはり基本的には魔力が強い方が有利なのではないだろうか。
だが、こんな幼子に現実を突きつけるのは酷というものだろう。
「ええかの、世の中なんて何があるか分からんもんじゃよ。昨日まで何の変哲もなかった女の子が、ある日いきなり超覚醒するようなことだってあるんじゃから。お主はまだ未熟かもしれんけど、地道に精進すれば神様もきっと巫女さんに相応しいと思ってくれるのではないかの」
「本当?」
少女は目をぴかぴかと輝かせる。わしは励ますように頷いて、
「それでな。もしお主が巫女さんに選ばれたら、神様にわしからのメッセージを伝えてはくれんかの? ええっとね、そんなに大したことではないんじゃけど――実はわしの連れがこの国で少しだけ神様に無礼なことをしてしまっての。それについて『ごめんなさい。悪気はないんです』と伝えてくれんかの?」
「そのくらい、聖堂に向かって懺悔すればいいと思うよ?」
「うん、多少の懺悔では済まないレベルの無礼さでね。複雑な事情じゃから深くは聞かないで」
さて、とわしは決意する。
こうなれば、その辺を歩いている候補者たちに片っ端から伝言をお願いするしかない。わしの眼力をフル活用し、さらにはレーコにも協力を命じて、とりわけ魔力の強そうな候補者から総当たりで頼んでいくのだ。
「それじゃ、頑張っての。お主ならきっと大丈夫よ」
「ありがと! 選ばれるかどうか分からないけど、もしわたしが巫女になれたら、ちゃんと神様にも伝えておくね!」
いたいけな少女を担いでしまった罪悪感を胸に秘めつつ、わしは踵を返してその場から去ろうとした。
そのときだった。
「――選ばれるかどうか分からない? 何を言っている人間。貴様は既に『邪竜様から選ばれた』のだ。我らのメッセンジャーとしてな。ならばもはや、巫女に選ばれる以外の未来はあり得ない」
わしにとってはよく聞きなれた、幼いながらにドスの効いた声がした。頭上から。
レーコが広場の噴水の――水を撒き散らす石造りの尖塔の頂上に、堂々と仁王立ちしていた。
太陽を後光にして影だけをこちらに落とす姿は、なにやら少し神秘的ですらあった。
だが、そんな格好だったのは数秒だけで「すたっ」とすぐに着地。
「レーコ? ヨロさんはもう送ってきたの?」
「無事に酒場まで着いたのを確認しました。して、邪竜様。この小娘を我らが刺客に育てあげるというおつもりなのですね?」
「わしはそんな危険思想は抱いておらんよ?」
違うのだ。わしはそんな一点賭けではなく、浅く広くメッセージを託すつもりだったのだ。
「じゃりゅうさま?」
肝心の少女は、わしへの呼称に対して首を傾げている。
「ち、違うのよ! 邪竜様というのはわしの単なるあだ名でな。ほれ、わしって黒色で蒼い目をしとるじゃろ? だから、邪竜レーヴェンディアと似てるなあってことでそういうあだ名で呼ばれとるのよ。決してわしが本物の邪竜だとかそういうことは――」
わしの慌てふためく様子を、いまいち理解できないといった感じで少女は見つめている。とりあえず怖がられたりはしていないようだ。
「あれっ?」
と、いきなり少女の身体が宙に持ち上がった。
背後からレーコが抱っこするように持ち上げたのである。
「尋ねよう。貴様――本気で巫女になりたいか?」
「え? うん。わたし頑張るよ!」
「そうか、いい覚悟だ。さすが邪竜様に選ばれただけある」
そしてレーコは目を閉じて、「フッ」とクールに笑った。
「懐かしいな。この感じは、まるで眷属になる前の私を見ているかのようだ……邪竜様。この者の育成はどうぞ私にお任せください。神すら殺せる最強の巫女に仕立てあげてみせましょう」
「レーコ。落ち着いて。その子を離しなさい。お主がやろうとしていることはれっきとした犯ざ――」
わしの言葉が終わる前に、レーコは猛ダッシュで広場から駆け出して行った。
その腕に幼い少女を抱えたまま。
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