貴重な実験動物
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冷静に状況を確認したい。
「これより精密検査を開始する。貴重な個体につき、くれぐれも扱いには気を付けるように」
ヨロさんと別れたわしらは早急に研究所を目指した。そして到着してすぐ祭りのことについて調べようとしたのだが――
気づけば今、わしは検査室にいる。
室内を真っ白に照らす眩い照明。白いローブに身を包んで、マスクで顔を覆った研究者たち。そして診察台の上に寝かされて四肢をバンドで拘束されたわし。
「あの、わしはお客じゃよね? これだとまるで実験動物のように思えるんじゃけど」
「実験動物? とんでもない。そんな風に使い捨てにはしませんとも。もっとじっくり隅々まで調べ尽くすのが我らの使命……」
「ええ、あらゆる薬になる鱗を持つ獣なんて聞いたことがありません。生態を明らかにし、有効利用への道筋を早急に立てねば」
いろいろな器具がわしの身にぐるぐると取り付けられていく。どれも見たことがない高度なものばかりで、どういう仕組みか、わしの骨格らしき図が真っ白い壁に光で投影されている。
「好きなだけ調べるがよい。貴様らごときの知能では、邪竜様の全貌を掴むことなどできまいがな……」
この間、レーコは検査室の隅っこで正座をしながら茶をすすっていた。
「あの、レーコ。お主的にわしへのこの扱いはアリなのかの?」
「こやつらが邪竜様に対して抱く多大な情熱……それを理解せぬ私ではありません」
「お主が想定しておる情熱とはちょっと方向性が違うと思うんじゃけどなあ」
敬意とかではなく、この人たちはわしを素材とかと同列に見ている気がする。
ともあれもうこの状況では抵抗もできない。殺されることはないだろうし、なすがままに身を任せることにして、数時間が経った。
その結果。
「分からない……理解、できない……なんだこの生き物は……」
検査室から解放され、ロビーでほっと一息つくわしと対照的に――検査結果を前にした研究者たちは、屍のように無表情となって震えていた。
「なぜだ。なぜ再現できないのですか。飼い主のお嬢さん、もう一度だけ手順を見せてもらえますか」
「何度も言わせるな。邪竜様の鱗をこうして水にさっとくぐらせる。ほら、これで万能薬の完成だ」
「いつのまにか湯煎の手順が簡略化されておる」
おそらく湯を沸かすのが面倒になってきて、わしの設定を追加で盛ったのだろう。お願いだから楽をしないでちゃんと手間暇かける大事さを知って欲しい。
「しかし、我々が鱗を水に通しても何の効用も得られず……」
「それは邪竜様に対する理解が足りないためだ。邪竜様のお気持ちを慮り、その御心に従うことができていれば、自ずと邪竜様は恵みをもたらしてくださるだろう」
「何? それでは、この鱗の効用は特定の人物が利用したときにしか発揮されないということですか?」
「当然だ。邪竜様による癒しは、その力を信じる者にのみ与えられるのだ」
それを聞いた途端、燃え尽きた灰のようになっていた研究者たちは、わらわらと集まって談義を始めた。
「どういうことだ? ということは、単なる薬効生物というよりも、何かしらの魔力を介した術理で薬を作成しているということか?」
「しかしあの生物に魔力は存在しませんでした」
「巧妙に隠蔽しているだけでは? もう一度検査をやり直してみるのは」
わしという謎の生物を前にして、彼らの知的探求心はかなり高まっているようである。謎の方法で薬を生産しているのが、わしではなく目の前の幼い少女だとは誰も疑っていない。
実際はレーコの方がよっぽどわしよりもミステリアスな生態だというのに。
これが先入観というものか。
「あの、みなさん。いろいろわしについて調べたいことはあると思うんじゃけど、わしらも聞きたいことがあってここに来たので、片手間でええので誰か相談に乗ってくれんかの?」
このままではいつまで経っても終わらなそうなので、前脚を挙げて本題を切り出してみる。
レーコがついさっき言った「薬は邪竜様の恵み」というのに便乗する形だ。この流れでわしが出した頼みならば、彼らも無碍にはするまい。
「相談? どのような内容で?」
案の定、丸眼鏡をかけた若い研究者がそそくさと駆け寄ってきた。
「聞きたいことは山ほどあるんじゃけど――そうじゃね。まずは、この国の祭事というやつについて聞きたいのよ。ずいぶん大がかりみたいじゃけど、どんな行事をするの?」
「祭事についてご興味が?」
「あ、変な意味ではなくてね。もし賑やかなものだったら見学したいなあと思って」
変なたくらみをしていると誤解されては困るので慌てて弁明した。
まあ、たくらみどころか、既にヨロがとんでもないことをしでかしてしまった事後なのだが。
「ああ。残念ですが、見物して楽しいような儀式ではありませんよ。ほとんどのことは大聖堂の中で粛々と行われますからね。我々のような一般国民は、普段よりも祈りの時間を多く取るといったことを心がける程度です」
「じゃあ、音楽を鳴らしたり宴会をしたりはしないのかの?」
「そうした祭礼を行う地域も多いですが、わが国の神は平静を好むとされていまして。ですので、期間中は外国からの客人も厳しく制限しているのです」
どうやら、聖女様のところみたいに分かりやすいお祭りではないらしい。
こうなると困る。大聖堂の中で秘密裏に進行されるなら、わしらが取って入る隙はない。
「その、大聖堂の中ではどんな行事があるか分かるかの? あと見物とかできる?」
「見物は――できないでしょうね。我が国の秘事ですので。ただ、中で行われる儀式についてはよく知られています」
そう言うと研究者は、ロビーの大窓から大聖堂に視線を送った。
「我が国には『神託の巫女』という、神の声を聞く者が存在します。そして先日、当代の巫女が引退しまして――この祭事は、その代替わりを行うものなのです」
「神の声を?」
わしは話に飛びついた。それはまさに、わしらが求めていた情報である。
「ええ。信徒の中から魔力を持った若い女性を集め、神よりの託宣を待つのです。『次代の巫女を命ずる』という。そして神託を受けた巫女は、神の声を聞く者としてこの国の護りを担うこととなります」
なるほど、とわしの横でレーコが手を打った。
「つまり、その巫女を脅して屈服させてしまえばこの国の神への窓口を確保できるというわけですね邪竜様」
「なんでわざわざ屈服させようとするの? 普通に話の仲介をお願いすればええじゃろ」
レーコをたしなめてから、わしは少し安堵する。
それなら祭りが終わってから、新しく決まった巫女さんに面会を求めるとしよう。わしはいちおう万能薬の動物という扱いになっているのだし、上手く交渉すればチャンスは得られそうである。
「ん、了解。ありがとうの。おかげでいろいろ知りたいことが分かったわい」
「いえいえ、大したことではありません」
若い研究者は屈託のない笑みで言った。わしの骨格図を見ているときは目を血走らせた狂人のような面構えをしていたが、こうして見ると至って普通の好青年である。できればこの業界から足を洗って欲しい。
ともかく、悪い人物ではなさそうである。
この調子で精霊とか魔物とか、レーコの魔力に関する話も聞きだすことができれば――
「この祭事の内容くらいは、国民なら誰でも知っていますからね。次の巫女は誰になるか、街中でもしょっちゅう噂されているくらいですから。娘が巫女候補になった信徒の家なんかは、親族総出で応援したり……」
『街中』というフレーズにわしは身を強張らせた。
「街中……ええと、そんなにみんな話題にしておるの?」
「そりゃあもう。なんせ巫女様は政治にこそ関わりませんが、この国の象徴的な存在ですからね。新たな巫女様が決まるとなれば、もう気が気じゃありませんよ。教会でも広場でも商店でも酒場でも、人が二人以上集まれば昨今はもうこの会話ばっかりで――あ、ちょっと!?」
それを聞いたわしは、もう研究所の外に駆け出していた。
失策だった。研究所に来るよりも、酒場にいた方が今の話はずっと聞きやすかったはずである。
そしてついてきたレーコとともに大聖堂の正面まで行くと、予想は大正解だった。
――そこには、大聖堂の門番たちに「通せ」と無茶な要求をしているヨロがいた。
「こらお主! おとなしくしておいてって言ったでしょ!」
「む? ああすまぬ。いい話を聞いたので、こちらの方が手っ取り早いと思ってな」
「手っ取り早いではないよ。もうまったく。まだ巫女さんは決まってないんじゃよ? 先代の巫女さんも引退したらしいし、こんなに焦って大聖堂に来ても神様の話は聞けんって」
「何を言っている。吾輩は悠長に新たな巫女を待つつもりなどないぞ」
ヨロは不敵な微笑とともに自身の胸を叩いた。
「吾輩自身が新たな巫女になる。それで済む話であろう」
どう見ても巫女の資格がないヨロは、根拠のない自信に溢れていた。わしは――心の底から、もう他人のフリをしたくなった。
そしてやっぱり、門番からは三人揃ってお引き取りを願われた。
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