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個性的なのは大いに結構(ただし限度をわきまえて)


 盗賊のアジトは、草原の中にぽっかりと口を開けた地下洞窟だった。

 洞窟といっても、まともな居室もあれば、照明の燭台までしっかり設けられている。

 盗賊が急造したアジトにしては出来すぎの場所で、おそらくは古代の遺跡か何かをそのまま流用したものだと思われる。


 その洞窟の最奥。

 嵌め込みの鉄格子と蛮刀を持った番兵によって封印された部屋が、彼らの商品蔵――つまり、捉えた人々を閉じ込める檻である。


「れ、レーコ様。この先が檻です。どうぞ好きなようにしてください」

 盗賊の頭領が怯えきって案内する。

「分かった。ここからは私と邪竜様だけで話す。お前たちは大人しく待っていろ」

「ええ。そりゃあもちろん。だから頼みます。俺らの身柄はどうか近くの警備兵に引き渡すだけで勘弁してください。どうか、どうか血の煉獄の刑だけは――」

「一人でも逃げたら許さない」

「と、当然です! おい、分かったなてめぇら! 絶対に逃げるんじゃねぇぞ! 逃げたら邪竜様が魂にまで憑りついて死んだ方がマシな呪いを受けるからな! それに比べりゃ獄中暮らしの方がよっぽどいいってもんだ!」


 一斉に同意の頷きを見せた盗賊たちは、洞窟の広間に戻って全員が正座で待機を始めた。

 逃げようとする者はおろか、誰も微動だにしない。


「あのような連中は殺すにも値しない。そういうことですね邪竜様」

「そうじゃの」


 地下洞窟の居心地に、かつて住んでいた山奥の洞窟の平穏さを思い出しながら、わしは気のない相槌を打った。


 レーコとともに案内された通路を進み、檻の手前まで来る。


 中を覗くと駆け出しの若々しい冒険者から、家族連れだったしい商人の一家まで。誰もが憔悴した顔つきで、怯えたようにこちらを見ていた。


 そのときレーコが見せた表情をどう解釈すればいいか、わしにはよく分からない。


 まるで飽食を尽くした美食家が、下町の屋台料理を冷やかして「こんなものは料理といえぬわ」と嘲け笑うような感じだったかもしれない。「こんなものは真の奴隷といえません」とでも言うかのように。

 ひとまずその表情から読み取れるのは、彼らの中にレーコの求める奴隷としての資質を備えた者はいなかったということである。 


 当たり前だ。そんな奴がこの世にもう一人でもいたら、わしは泣く。


「少しだけ期待しましたが、やはりこんなものですか。そう簡単に一流の者というのは見つからないようです。奴隷とするには三流以下、いいえそれにも満たない不適格の者ばかりです」


 嘆息するレーコを檻の中の面々は不安そうに見ている。

 たぶん、奴隷商人が買い付けの品定めに来たと勘違いしているのだろう。難癖を付けて価格を下げようとするのは交渉の基本手段だ。

 レーコの場合、難癖ではなく本心から失望しているのだろうが。


 ぐにゃり、とレーコは鉄格子を素手で押し広げた。

 さっき鍵をもらっておけばよかったんじゃない? とわしは黙りながらに思う。


「失格を言い渡す。お前たちは奴隷にも、まして邪竜様の眷属にもふさわしくない。どこへなりと行くがいい」


 檻の中をどよめきが駆け抜けた。

 一体何を言っているのか分からないのだろう。わしだってレーコの言うことは大半わけが分からない。


「あの……商人の方では?」

 赤子を抱えた婦人がおずおずとレーコに尋ねる。

「違う。私は邪竜様の眷属。さあ行け」

 説明が足りていない。


 しかたなくわしはレーコの前に歩み出て、


「あー。なんじゃ。このレーコはちょっとばかし変わり者じゃが腕利きの冒険者でな。ここの盗賊どもを討伐して、お主らのことも助けに来たんじゃ」

「本当ですか!?」


 一気に囚われの人々が立ち上がってわしに詰め寄ろうとしたが、それを阻むように短剣を抜いたレーコが恐ろしいまでの気迫を発した。


「邪竜様の御前で騒ぐな。無礼者どもめ。このお方を誰と心得る。悠久の時を生きし古の邪竜。魔王すら凌駕する力の持ち主――その名も」

「ちょっと、ちょっとタンマ。話をややこしくしないで。わしはただの荷馬代わりの駄竜。お願いだから最初に決めた設定を貫いて。隙あらばわしの悪名を広めようとするの本当にやめて」

 わしは後ろ脚で二本立ちになって、宥めるようにレーコの両肩を揺らす。

「……なるほど、遠大な考えがあるのですね。承知いたしました」


 ですが、とレーコは逆説で区切り、


「あまり気安く話されては、邪竜様の懐の広さに感激した者たちがこぞってこの旅路への随行を求めてくるのではないかと思いまして。実力不足の者は足手纏いにしかなりません。どうぞその点ご留意を」

「そんな変わり者はお主しかおらんと思うよ」


 わしは率直に答える。

 客観的に見れば今のわしは、喋ることのできるちょっと珍しい動物ぐらいなものだ。その言葉に感化される奴などいるはずがない。


 そんな至極当然の理屈を言ったつもりだったが、なぜかレーコはきょとんと眼を丸くしていた。


「私だけ、ですか」

「あ、別に悪い意味じゃなくてね。変わってる――もとい個性が強いのはええことだと思うよ。けど少し周りを冷静に見る目を持ってね」


 しかし、わしの弁明は大してレーコの耳に届いていないようだった。

 不気味なニヤニヤ笑いを浮かべて、「ふふふふ」といううわごとじみた忍び笑いを口の端から垂れ流し続けている。


 なんか喜んでる。


 棒立ちになったレーコの隙を見て、わしはヒソヒソ声で人質たちに語り掛ける。


「どうするかの。このまますぐ逃げてもええと思うけど、かなり疲れとるじゃろう? すぐ外に出て魔物と出くわしてもいかんし、近くの街から警備兵を呼んできて保護してもらおうかと思うんじゃが」


 何かを察したらしい人質の冒険者の若い男性も、レーコに聞こえぬヒソヒソ声で、


「ぜひ、そうしてください。荷馬ごと襲われた非戦闘員の女子供もいます。このまま洞窟を出ても、全員が無事に街まで行けるか分かりません。ところで……」


 冒険者はよりいっそう声を落として、


「ドラゴンさん、あなたは逃げないのですか? 見たところ、あの恐ろしい少女に捕まっているようですが……」

「……ほんとにね。そうしたいけどね」


 わしは危うく、正鵠を射た冒険者からの言葉に涙するところだった。

 だけど、下手に泣こうものならレーコがこの冒険者を粛清してしまうと思ったので、ギリギリのところで我慢した。

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