許されざる前科
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村で一晩を明かしたわしらは、このオリビア教国の首都への街道を歩いていた。
宿泊費のお礼や非礼の詫びもあったせいで断り切れず、ヨロも一緒である。
魔王軍のボス――つまり、わしら(レーコ)が目的とする魔王ではないと知ってから、レーコは比較的態度を軟化させており、警戒しながらもヨロに襲い掛かるような素振りはなくなった。
「……じゃけど、不安じゃのう」
「邪竜様? どうかしたのですか?」
「いんや。大丈夫よ、こっちの話」
わしの心にトゲのごとく刺さっているのは、昨晩のヨロの言葉である。
『レーコが弱い』というのは、わしにとってあまりにも衝撃的な一言だった。
生後三日――いや、今日で四日のヨロがこの強さならば、本物の魔王はそれ以上かもしれない。事実、この前戦った自称『邪竜の眷属』にすら、レーコは敗北を喫している。
レーコ以上の魔物が何体もいるとなれば、既にこの世界は想像以上の危機に瀕しているのではないだろうか。
と、暗澹としたわしの感情を察してか、隣を歩くヨロがこちらに話しかけてきた。
「どうした、竜よ。顔色が優れんようだな。具合でも悪いか?」
「貴様、邪竜様に対して何を言う。邪竜様ほどの強靭な肉体の持ち主が人間のように体調を崩すはずあるまい」
「強靭……?」
わしの背に乗ったレーコは、むくれ気味でヨロに反論する。
「いいのよレーコ。変に騒がれないよう、今回こそわしは大人しいドラゴンとして振る舞うんじゃから。顔色だって悪くなったりした方が自然じゃろ?」
「なるほど。さすがの演技力でございます邪竜様」
「……気になっていたのだが」
そこで、ヨロはじっとわしを見つめた。
「貴様、ずっと『邪竜』などと呼ばれているが、何か大層な存在なのか? 吾輩の見立てではドラゴンどころかただのトカゲの変種にしか見えんが」
「ふっ……魔王の目もずいぶんと節穴のようだな。いいや、酷な話というものか。邪竜様の偉大なるカムフラージュを看破できる者など、この世にただ一人として存在しないからな……」
「ごめんなさいヨロさん。この子がわしのことを『邪竜』と呼ぶのは、ニックネームみたいなものだと思ってくれるかの」
「何やら面倒な事情があるようだな。いいだろう、どうせ吾輩には関係のないことだ。放っておいてやる」
さすが自称でも魔王。王様だけあって、よく人の事情を考慮してくれる。
これが大人の対応かと感心しかけるが、生後四日だった。十年目のレーコどころか、五千年目のわしよりも遥かに立派である。我ながら情けない。
まあ、クヨクヨしても仕方ない。これがわしなのだ。いまさら変わるものではない。
「それにしても、国のお祭りというのは何をやっておるんじゃろうな。首都が泥まみれになっておらんとええけど」
わしの中でお祭りのイメージといえば、聖女様のところのアレである。あちらの場合は無料で食事まで振る舞ってくれたから、ある意味で正反対ではあるが。
多少の期待と不安をごちゃ混ぜにしつつ歩き進めていると、首都の入り口である大きな門が見えてきた。
大理石で作られたやたらと豪奢な大門は、ペリュドーナの城壁のような防衛用というよりも、首都としての威厳を発露するような印象を受ける。
「レーコ、許可証を出してくれるかの?」
「はっ」
レーコが荷物から封書を取り出し、わしの背の上でスタンバイする。問題を起こさないように厳しく言いつけただけあって、いつになくキリッとした態度である。
そして門番の前に到着。
衛兵たちの実力はあまり高くなさそうで、ここにいるのもあくまで儀礼的な役割のように見える。
「すまんの。これ、入国審査で受け取った首都への許可証なんじゃけど、見てくれるかの?」
「はい、かしこまりました」
封書を広げた門番は、意外にもすぐさま怪訝な顔となった。
「失礼します。審査を通過したのは子供一名とトカゲ一頭ということになっているのですが、そちらの鎧の方は……?」
「この二人の連れである」
短くヨロが答えた。門番の困惑した視線がレーコとわしに向けられる。
「あの、この人はの。道中で雇った護衛の人なんじゃけど……頼りになる人じゃから一緒に入国させてもらえんかの? ほら、わしらって子供とトカゲの二人組じゃから、万が一のときが心配での」
「お待ちください邪竜様。私がいれば護衛など必要ありません」
「今はそういう意地を発揮する場面ではないから。お主のプライドは分かるけどちょっと抑えて」
門番はわしらのやりとりでますます眉根に皺を寄せる。
「平時ならまだしも、今は重要な祭事の途中ですので。申し訳ありませんが護衛の方にはお引き取りを――」
言いかけたとき、レーコが「ぱしん!」と両手を叩き合わせた。その音に少し驚いたわしは、その場でぴょんと跳びはねる。
「レーコ? いきなり手を叩いてなんじゃの?」
「門番よ……もう一度その書状をよく見ろ。許可は『三人』と書かれていないか? 私と、邪竜様と、そして変な鎧の三人分を許可する――と」
レーコがゆっくりと念を押すような口調で語り掛けると、門番は錯乱するようにぐるぐると目を回し始めた。
そして錯乱が収まったかと思いきや、完全に光を失った瞳となってこちらに俯いた。
「三人……ですか。そういえば……よく見れば……三人と書いているような……」
「そうだろう。それで間違いない。お前自身の判断を信じろ。いいな、さあここを通せ」
「はい……分かりました……レーコ様」
「私たちがここを無事に通過したら、今のやりとりはすべて忘れろ。そしてここを通過したのは『私と邪竜様の二人だった』と思い出す。いいな」
「……かしこまり、ました」
門番はかくかくと首を頷かせ、半ば眠ったようにその場で揺れている。
「邪竜様、無事に説得できました。これで通れそうです」
「もう許可証とかそういうの全部ナシでよかったような気がしてくるのう」
入国審査もこれでパスすればよかった気がする。
「面白い技を使うではないか小娘。吾輩は王道しか歩めぬ生まれながらの覇者なので、こういう小技は得手でなくてな。助かったぞ」
「なんだと貴様。大いなる邪竜様の洗脳術を小技だと?」
「はいはい、喧嘩せんでな。とりあえず早く通って門番さんを正気に戻してあげんかの」
レーコを促し、わしは急いで門をくぐった。振り返れば、門番がいきなり背筋を伸ばして、困惑するかのように左右を見渡している。
心なしか逃げるような早足となって、門から距離を取る。
「あ、しまった。研究所まで門番さんが案内してくれる手筈になっておったのに、あんな通り方をしたせいで案内なしになってしまったの」
「千里眼で探しましょうか?」
「いや――まあええじゃろ。街中を少し観光していけば見つかるじゃろ」
この首都は、今までに訪れたどの街よりも発展していた。
まず、建物の規模が大きい。どれもこれも頑丈そうな石造りで階層が高く、遠くに見える大聖堂らしき施設なんて、わしが本来のサイズになっても問題なく伸び伸びと暮らせそうな大きさである。
「では、吾輩はここで失礼するぞ。短い間ではあるが世話になったな」
「あ、こちらこそ昨日はありがとうの。くれぐれも変な騒動とかを起こしてはいかんよ?」
「分かっている。吾輩は無節操に人を襲うような低級の魔物ではない――しかし」
「しかし?」
ヨロは兜の顎に手を添えて、不可解というような感じで辺りを見渡した。
「あそこの聖堂やら、そこの広場の彫刻やら……。やたらと雷を祀っているような意匠であるが、これは昨今の流行りであるのか?」
妙に唐突な疑問だった。
確かに言われてみれば、大聖堂の尖った屋根の先端には、天から落ちる稲妻のような金属飾りがあしらわれている。
街のそこかしこにある彫刻や、街道の地面に敷かれたタイル絵も、雷雲と稲妻をモチーフにしているようなものが多い。
「そういえば、なんじゃろうねこれ」
その疑問に答えるように、レーコがきらりと目を光らせた。
「魔王を名乗っても、この程度の情報すら察せぬか――いいだろう教えてやる。とくと聴け。この国が崇めている神は、雷を司る神だそうだ。『天高くの雷雲がその住処となっており、この地に侵入する賊に裁きの雷を落とす』と」
「えっ?」
まるでわしが普段漏らすような、意表を突かれた間抜け声をヨロが発した。
「どうしたのヨロさん。あ、もしかして雷が苦手なのかの?」
「雷ごときが苦手……? ふ、そんなことでは晴天にすら万雷を降り注がせる邪竜様には到底及ばんな……」
しかしレーコの挑発に対し、ヨロはどこか上の空だった。
「苦手……ではない。いいやむしろ吾輩は苦手どころか……いやしかし……」
「様子が変じゃよお主。なにかまずいことでもあったのかの?」
心配になったわしがヨロにぽんと前脚を触れると、彼はややあって口を開いた。
いろいろと疑問はあるのだが――と前置いて、
「その雷雲とかいうの、吾輩が一昨日ぶっ倒してしまったやつかもしれん」
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