爆弾発言
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――少なくとも人間ではない。
それだけは自信を持って断言できた。
今のレーコの強さは既に人間の範疇を大きく逸脱している。大魔導士ですら軽く倒せる領域だろう。
そのレーコが警戒するほどの相手となれば、もはや神か魔物かしかありえない。しかも、かなり高等な。
「いやあ、幸運だったのである。こうもタイミングよく許可証を持った人間が来るとはな。吾輩の運も捨てたものではないということか」
「まったくだ。ナマの邪竜様を拝める機会などそうそうあるものではないぞ。とくと感謝しろ」
宿屋の一階はそのまま酒場となっている。
祭事の期間中ということで普通の客がいないので、わしら以外の客は謎の鎧さんだけである。
そしてなぜか、レーコと鎧さんは同じテーブルで料理を囲んでいる。
わしは床に豪華なマットを敷かれ、その上に置かれた漆塗りの盆に飼い葉をたっぷり盛ってもらっている。
「それで貴様――首都に入りたいという理由はなんだ? 不届きな動機があるようなら、宿代の恩があろうと同行は許さんぞ」
「そう殺気を放つでない小娘。案ずるな、吾輩はただ知り合いに会いにきただけだ。首都を滅ぼそうなどとは思っておらん」
鎧さんのこの発言は、暗に「滅ぼそうと思えば滅ぼせる」という意味合いを含んでいた。
昔のわしなら慌てるところだったろうが、最近はよくレーコが同じ類の発言をするので一応冷静さをキープできている。
「知り合い? それは何者だ? 貴様と同じくらいの強者が首都にいるのか?」
「そこは吾輩のプライベートな話だ。なに、馴染みに会うだけの話をそう訝ることもあるまい」
そう言いながら鎧さんは酒瓶を何本も空け続けている。口元が空いているとはいえ、兜を外した方が絶対飲みやすくなるだろうに、それでも外すつもりはないらしい。
レーコは未だ怪訝顔で鎧さんを睨み続けている。わしは空気を変えようと苦し紛れに言葉を発する。
「の、のう。そんなにお酒ばっかり飲むのは身体によくないんじゃないかの? 料理の方もバランスよく食べたら?」
「竜殿よ。気遣いは無用だ。吾輩のような魔物はそもそも人間とは違って、食事を摂る必要すらないからな。楽しむには酒だけで充分だ」
藪蛇である。聞きたくもない情報が出てきてしまった。そんなにあっさりと魔物を自称しないで欲しい。
しかしレーコは、
「……ということは、ここにある料理はすべて私が食べてよいということか?」
「レーコ? たった今爆弾発言があったばかりなのに、なんでちょっと警戒を和らげておるの?」
「いかにも。お前は小娘ながらに大食と見えたのでな。吾輩からのもてなしと思え」
ぶすり、とレーコは肉の塊にフォークを刺して、獣のようにガツガツと頬張り始めた。
「うむ、よい食べっぷりだ。主人よ、食材をありったけ使うつもりで料理を作り続けろ。金なら吾輩がいくらでも出す」
「へいよ!」
「あの、御主人さんも聞いておらんかったかの? この人、魔物とか言っておったと思うんじゃけど」
「金払いのいい魔物ならそりゃもう神様とおんなじでさあ」
なんということだ。魔物の脅威の薄い土地柄のせいか、村人ですらこの人を警戒していないとは。
レーコは餌で懐柔されつつあるし、他ならぬわしも飼い葉の美味さに心が少し揺らぎつつある。実は少しずつ食べていたのだ。
だが――
「お主、魔物なのよね?」
「いかにも」
「そのわりに、許可証も気にするしお金もちゃんと払うし、あんまり悪い人な感じがしないんじゃけど」
「吾輩を見くびるな。圧倒的強者である吾輩は、そんな小悪党のごとき振舞いはせんのだ」
わしは思わず唸った。この大人っぷりをレーコにも見習って欲しい。
「魔物のくせに見込みがあるな貴様。いいぞ、処刑は後回しにしてやろう」
「こらレーコ。なんでお主はそういう挑発をするの。本当ごめんなさい鎧さん、この子は悪気はなくてね」
「案ずるな、幼子の戯言にいちいち腹を立てるつもりはない」
そう言って鎧さんは新たな酒瓶の栓を抜く。もう床には何十本と空き瓶が転がっている。
そこでわしは、ふと思いつく。
「そうそう、お主の名前は何て言うのかの? よかったら聞かせてもらえる?」
以前ペリュドーナで、魔王やわしに懸賞金がかかっているという話を聞いた。つまり、強力な魔物の存在は人間でもある程度把握しているということだ。(わしに対してのザル評価はさておき)
これだけ強くて、かつ身を隠しもせず人里をうろつくような魔物なら、ギルドの情報網にも引っかかっているはずである。
「いや、実は吾輩三日くらい前に生まれたばかりだから名前とかないのだ。人間でいえば実質赤ちゃんのようなものだな、わはは」
衝撃の事実にわしは戦慄した。
確かに魔物は魔力を元に無から発生するというが、これが生後三日。巨漢で酒をガブガブ飲む生後三日。
「名前がなくては呼び辛いな。いいだろう、食事の礼としてこの私が名前を付けてやろう。白銀の鎧と魔性の闇のコントラスト――ううむ、悩ましいな。二つ名は『邪神に仕えし聖騎士』がいいと思うのだが……」
「本名より先に二つ名が決まる人初めて見たなあわし。というかお主のネーミングセンスだとロクなことにならなさそう。ねえ鎧さん、いらんならいらんと言っておかんと変な名前を付けられてしまうよ」
「吾輩は特にこだわりはない。なんだろうと好きに呼べ」
レーコが嬉しげにぽんと手を叩く。
「よし決めたぞ。貴様の名前はエナイダ・フォウストゥルベング・リーザンベルド・ジギニアゲルン・ロンドシャーレ……」
「音節を増やせばカッコいいというものではないと思うよ」
ほとんど呪文である。絶対に覚えきれない。
「そうですね……。確かに、邪竜様のお名前も一音節の中にカッコよさが凝縮されておりますからね」
「あれもあれで誰が考えたのか疑問に思ってはおるけどね」
「では、鎧から取って『ヨロ』とでも呼びましょう。魔物、それでいいな?」
「構わん」
鎧さん改め、ヨロは酒を飲みながら無関心に頷いた。
しかし、なにはともあれよかった。生まれて間もない魔物なら、魔王軍とは無関係だろう。あまり凶暴でもないようだし、案外仲良くなれるかもしれない。
「いやあ、話の分かる魔物さんでよかったのう。わしってば一瞬この人が魔王さんかと思ったもん」
「実は私もです。これだけの強さを持つ者なら、最低でも魔王軍の幹部か、あるいは魔王自身かと……」
そこでヨロは「む?」と鎧を鳴らして首を傾げた。
「いや、魔王は吾輩のことで相違ないが」
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