未知との遭遇
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とはいえ、飛ぶのはもう慣れた。
懸念はレーコが変な喧嘩を売らないかということだが、これも実はそこまで心配していない。
今までのレーコの行状を振り返ってみると、破天荒ではあってもギリギリの一線は常に保っている。つまり、無実の人に危害を加えたことはないのだ。
聖女様が祭りの会場にぶん投げられたことはあったが、被害は大したことないだろうからまあノーカウントでいいだろう。
「こじらせたただの痛い子」という審査官たちの見立ても、あながち的外れとはいえない。
膨大な魔力を持っていようと、この子の本質はそこに尽きるのだと思う。
「いい? レーコ。もし神様が怒って攻撃してきても、反撃しちゃダメよ。防御だけにしておいて。それで、挨拶に来たって言えば無用に戦わなくていいから」
「了解しました」
さらにこう厳命しておけば安心だ。
わしは挨拶の文句を考えながら、明るさを増した太陽に目を細める。
そのまま高度をしばし上げ続ける。
「……何も出てこんのう」
「あの水魔のときのように逃亡したのでしょうか」
「いやいや。わしらは今回は敵対的な態度を取っておらんし」
海を護っていたクジラもわしらに対しては友好的だった。その上司(?)に位置する神様なら、同じように友好的に接触してくれるのではないだろうか。
「もしかすると、照れ屋なのかもしれんの。それか、あんまり人目には触れたくないのかも。ほれ、あんまり簡単に姿を現しては有難みも薄れるしの」
「ふ。神といえどやはりその程度ですか……。邪竜様は惜しげもなく姿を衆目に晒しているというのに、まるで有難みが薄れる気配がありません。これが格の違いというもの……」
「わしの有難みって実質ゼロじゃから下がりようがないしね」
ぷかぷかと雲の間を浮遊してしばし待つが、何の気配もない。レーコは鼻をくんくんとさせて周囲を嗅いでいるが、表情からして特に発見はなさそうである。
「やっぱり会えんみたいじゃの。降りようか」
「おのれ。邪竜様がじきじきに会いに来てやったというのに……」
「アポなしじゃから仕方あるまいって。審査官の人も神事の最中だと言っておったし、そっちで用事があるのかもしれんよ」
頬を膨らませて腹を立てるレーコをなだめ、高度を下げていく。
「しかし邪竜様、妙とは思いませんか。一国を守護するほどの強大な存在がいるにしては、あまりにも気配がなさすぎます。何らかの理由で地に降りているとしても、本来の居場所である天空に魔力の痕跡が微塵もないとは」
「そうなの?」
わしには魔力の痕跡とかよく分からない。
「はい。邪竜様にとっては取るに足らない些末な問題かもしれませんが」
「まあ、何か事情があるんじゃろ。あ、空の神様だけあってまさに雲隠れというやつじゃね」
「雲隠れ……?」
「ごめんレーコ。深い意味はないから。ちょっとダジャレを言ってみただけじゃから、変に深読みしようとしないで」
だんだんと地面が近づいてくる。
上昇の間もそこそこの速さで首都への道行きを進んだことで、陸路で行くよりも大幅に時間を短縮できたようだ。
丸一日はかかる予定だったが、これならもうすぐにでも到着しそう――いや待て。
「そうじゃレーコ。せっかくじゃから、首都に入る前に近くの村とかで一泊していかんかの。そう急ぐこともないじゃろ」
あまり早く首都に着いては、審査施設を出てからの移動が早すぎると不審に思われるかもしれない。
それに、猛スピードで海を渡って、審査が終われば空を飛んで。わしの体力も消耗している。このまま間髪入れず研究所へ――というのは少しきつい。美味しい野菜でも分けてもらって体力回復を図るのだ。
「そうですね。では、あそこに見える村などどうでしょう。略奪するには手頃なサイズの村と見えますが」
「なんで略奪を前提としておるの?」
本当にレーコを信じていいのか自信が早くも揺らぐ。口だけだと信じたい。
シェイナから貰った宝石に頼らずとも少しなら所持金も残っているし、一泊して疲れを取るには十分だ。
「審査官の人は、祭事が忙しくて村とかではもてなしはできんと言っておったけど……まあ宿屋の一室くらいは空いておるじゃろうしね」
そういうわけで、わしらは空から見えた小さい村の近くに着地した。
首都へも歩いて数時間といったくらいの距離。広々とした畑が広がっていたから、おそらく首都の食卓を賄う農村の一つだろう。
「ふふ、こんな村なら美味しい野菜が貰えそうじゃなあ。レーコ、くれぐれも物騒な発言をしてはいかんよ?」
「もちろんでございます。かつて私が邪竜様の意に添わぬ発言をしたことがあったでしょうか」
「そうじゃね。そのとおりじゃね」
わしはすべてを諦めて、レーコを背に乗せつつ村に歩いていく。
柵や堀もない、無防備な村である。これだけでも、この国における魔物の脅威の薄さがよく分かる。
当然、わしらの入村を阻む者もなかった。すんなりと領内に入って、適当に村人を探す。
畑を耕しているおばあちゃんがいた。
「あ! おーい、そこのお婆さん! わしら旅人なんじゃけど、この村に宿はないかの? 首都は近いんじゃけど疲れてしまって」
何気なくそう声を上げた瞬間、お婆さんが目をギラつかせてこちらを向き、老体に見合わぬ大音声でおもむろに叫んだ。
「皆の衆! 皆の衆! カモ――旅人が来たでぇ! 囲めや囲めぇ!」
立ち並ぶ民家の戸を破って、一斉に村人が飛び出して来た。わしは怯えて立ち竦み、レーコはさりげなく腰の短剣に手を触れる。
「ヒャッハァ! 祭事の途中に入国できる旅人なんてよほどのお大尽に違いねぇ! 今度こそうちに泊まらせてやる!」
「馬鹿! あんたんちみたいなボロ家じゃ旅人さんをもてなせないでしょうや! うちの方がよっぽどマシさ!」
「へへへぇっ! どうぞごゆっくりぃっ!」
全員目が据わっていた。
わしは尻尾を巻いて逃走する。しかし異様に足の速い村人たちは、あっという間にわしに追いついて包囲してしまった。
「薙ぎ払いますか?」
「いかんって。敵意はないみたいじゃし……」
しかし村人たちは「どうぞうちにお泊りを」「うちで食事を」とうわ言のように連呼しつつ、じりじりと包囲を狭めてくる。敵意ではないが、それに近い何かを感じる。
だが――少なくとも入村を拒絶されてはいない。
むしろ過剰すぎるくらいに歓迎されている。
「あ、あの。わしらが泊まってもええのかの?」
「もちろんでさぁ!」
揉み手をしながら一斉に村人が寄って来て、わしはその恐怖にうずくまった。
なんなのだこの人たちは。喋るドラゴン(トカゲ)なんて珍しいだろうに、そんなことはどうでもいいといった風に距離を詰めてくる。
「じゃ、じゃあ小銀貨一枚くらいで泊まれる宿はあるかの? できれば食事付きで」
ペリュドーナを発つときに、アリアンテから宿や食事の相場くらいは教わった。小さめの銀貨でも出せば、それなりにいい宿に泊まれるはずだ。
途端に、村人たちの顔がしらけた。
「小銀貨……? ずいぶんしけた旅人だな……?」
「ありゃ。よく見りゃドラゴンじゃねえか。こりゃアレだな、金持ちじゃなくて物珍しさで許可されたクチだろ」
「んだんだ。解散すっべ」
潮が引くように人波が去っていく。わしはその背に向かって、
「あの。泊めてはくれないのかの?」
「申し訳ありません。当村は今、国の大いなる祭事に向けて各自が心を清めているところでして。商売などの俗事に気を払うことは控えているのです」
「あまりにも清々しい嘘をつくねお主ら」
急にしめやかな表情になって、村人たちは見事に口を揃えた。
レーコは勝手に千里眼を発動させて、村をじろじろと見ている。
「なるほど。祭事の期間中は国が半ば鎖国状態となるので、経済が滞る。それを補填するために、入国を許されたわずかな旅人から金銭を巻き上げるだけ巻き上げる――というスタンスのようですね」
「審査官の人が国巡りをお勧めせんかったのはこういう事情があったのね」
どこに行っても、今はこんな調子なのだろう。
そしてあまり所持金のないわしらは門前払いを受けると。
「仕方ないの、レーコ。そこらへんで野宿して休んでから、改めて明日首都を目指そうかの」
「承知しました」
そう言って、とぼとぼと村から引き返そうとしたときだった。
「――待つのだお前ら。首都に向かうと言ったか?」
わしらを呼び止める声があった。
振り向けば、銀色の甲冑を全身に纏った大男がいた。背にはマントが広がり、頭部には兜を付けて顔を隠したままだ。口元だけが会話のために開かれている。
「そうじゃけど」
「ならば都合がいい。吾輩も首都に用があるのだが、門番に追い返されてこの村で足止めされているのだ。お前らの連れということで同行させるがいい」
「待て、誰に向かって物を言っている? なぜこちらが初対面の貴様ごときのために虚言を弄する必要がある?」
レーコが歯を鳴らして男に警告する。微妙に殺気が滲んでいる気がするのが不安だ。
わしはレーコを前脚で宥めつつ、
「あの、なんでお主は用事があるのに許可証を持っておらんの? 入国審査のときに事情を話すでしょ?」
「よもやあんな紙切れごときが重要とは思わなかったのだ。いまさら取りにいくのも億劫だ、つべこべ言わずに吾輩を連れていけ」
「しかしのう……」
変な人を勝手に連れ込んでしまっては、どんな責任問題になるか分からない。
わしは丁重にお断りすることを決める。
「すまんけど、嘘はいかんことじゃから。手間はかかるかもしれんけど、お主も正式な許可を――」
「無論、謝礼は払う」
大男がマントを手で払うと、どこに隠していたのか大量の金塊がどさどさと転がり落ちてきた。
その落下音を聞きつけた瞬間、去りかけていた村人たちが凄まじいダッシュでこちらに戻ってくる。
「お大尽様! その金塊は!?」
「うむ。この客人の宿泊賃だ。吾輩がすべて受け持とう。よきにはからえ」
「ははっ!」
大男がそう命じるや、村人たちは総勢でわしを担ぎ上げ、わっしょいと叫びながら村内に連れ込んでいく。
「待って! わしらはまだ泊まるとは言っておらんから!」
「遠慮なさらず! あのお大尽様のサービスです!」
「いかんって! あんな条件付きのお金は受け取れんって!」
しかし、この理不尽の中にあって、いつもなら大騒ぎしそうなレーコが意外にも静かなままだった。
わしの背中に跨ったまま、視線をじっと甲冑の大男に向けている。
「レーコ? ねえ、お主からも何か言って……最悪飛んで逃げてもええから」
「邪竜様」
レーコはいつも真剣だが、この呼びかけはいつにも増して真剣なトーンだった。
わしは村人たちに揺られつつも、少し緊張して応じる。
「……なんじゃの?」
「あの鎧の者ですが――侮れません。かなりの強者です」
レーコがこれほどまでに他者を警戒するのは、初めてのことだった。
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