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わしは震えていた。
無事に入国許可を得られたとはいえ、これはすなわち実験動物としての扱いである。
「しばらくお待ちください。研究所に連絡して直行の馬車を用意させますので」
聞くところによれば、この馬車は特別待遇の者だけに派遣されるものらしく、なんと空飛ぶ馬が牽いているのだそうだ。おそらくは魔導士の使い魔だろう。魔法に特化したこの国ならではの交通手段といえる。
普段なら未知の体験に少しは心が躍ったかもしれないが、今のわしにとってはどんな乗り物だろうと死神への直送便にしか思えなかった。
違う。わしはこんな形で研究所に行きたかったのではない。わしが望んでいたのは客としての訪問であって、実験動物としての訪問ではない。
やたら豪華な待合室で居心地悪く伏せながら、わしは見張りのごとく立つ審査官に語りかける。
「のう。わしらも直接研究所に行くだけじゃなくて、いろいろと国の中を見て回りたいんじゃけど、ダメかの?」
こんな産地直送のような扱いよりも、自分のペースで行った方がいくらか人間らしく扱ってもらえる気がする。わし人間じゃないけど。
「申し訳ありません。先ほども申し上げましたが、この国は現在大きな儀式の最中なのです。これは何にも優先する祭事でありまして、どこの街も客人様をもてなすことは不可能かと思われます」
「そ、そうかの……」
あっけなく拒否されてわしは消沈してしまう。
俯きながら打開策を求めて部屋をうろつくわしに、ソファーに正座するレーコが小声で語りかけてくる。
「ふふ。さすがは邪竜様です。こうも容易く入国許可を勝ち取ってしまうとは。まさしく今の邪竜様は『自らの行く末に怯える実験動物』そのもの。無双の強者でありながら、ここまで完璧に役をこなすのは驚嘆するしかありません」
「ただの自然体なんじゃけどなあ」
「自然体こそ演技の真髄というわけですね」
いつもな調子のレーコにわしはため息をつく。
いっそのこと逃げ出してしまおうかと思う。レーコに一言命じれば、この窮地を脱することは容易いだろう。
この入国審査の施設にはさほど兵力もないようだし、戦闘になることもないだろう――
「ありゃ?」
そこまで考えてわしは首を傾げた。
密航者が武装している可能性だってあるのに、ここまで貧弱な防備でいいのだろうか。
わしの声に気付いて、審査官がこちらに視線を向ける。
「どうかしましたか?」
「あっ、えっと、いやね。なんだかここって、大事な港のわりに人手が少なすぎるんじゃないかと思っての」
ギリギリで質問をぼかす。防備が足りないなどといえば、まるで暴れようとしているように解釈されかねない。
「今は閉港中ですから。それに――不届き者が上陸を試みたとしても、それは容易ではありません」
審査官はわしを見てにやりと笑う。内心を見透かされていた。さすがにプロである、素人の取り繕いなど無駄だったようだ。
「我がオリビア教国には、国教の眷属たる守護聖獣が数多く棲んでいるのです。この近海も、非常に強力なクジラの聖獣が守護しております」
「そうなんだあ」
わしは知らないフリをした。そんな聖獣がスピード勝負を仕掛けてくるレース狂なんて言えない。
「でも、そういうことなら納得いったのう。わしらこの国に来る前、『空を飛んで行ってはいけない』って言われてたんじゃけど、空にもその聖獣さんとやらがいるのね」
「……空を飛ぶ手段をお持ちなのですか?」
「あっ、いや。仮に飛べるとしても、の話よ。わしトカゲなんじゃから、羽根を生やして飛んだりなんかできんって。あはは」
わしの苦しい嘘に審査官の目が鋭くなる。
だが、さすがに正体(邪竜レーヴェンディアと誤解され、そのせいで覚醒した眷属の力によって強制飛行させられることがある)までは看破されず、不審な視線だけで留まった。
当然である。こんな複雑な経緯を抱えた正体を看破できる人間などいるはずがない。本当に涙が出るほど複雑なのだ。
わしへの視線を和らげた審査官は、待合室の窓から青い空を見る。
「そうですね。空にいるのは聖獣ではありませんが、むしろそれ以上の護りといえましょう。聖獣すべてを束ねる、我が国教の最高神そのものなのですから」
合点がいった。すなわち、その領域に飛んで入れば聖女様の結界と同じように、神様が攻撃を仕掛けてくるのだろう。
飛んで行かなくてよかった。そんな攻撃を受けては、レーコが激怒していきなり戦闘になったかもしれない。
「じゃ、今やってる国の儀式というのも、その神様がらみなのね?」
「そうなります」
わしの脳裏に浮かぶのは、聖女様のところで実施されていた泥祭りだった。
国中の人があんな感じのイベントに取り組んでいるということか。ちょっと不気味である。
と、そこで待合室の扉が外からノックされた。一礼した審査官が扉を開け、外に立っていた人物から小声で何かの連絡を受けている。
「……何だって?」
審査官が狼狽の表情を浮かべたので、わしもつい一歩近寄る。
「どうかしたのかの?」
「いえ――申し訳ありません。先ほど言った賓客用の馬車なのですが、諸事情で出せなくなったようで」
「事情? 何かあったのかの?」
「それは……」
わしが聞き返すと、審査官は言葉を濁した。
まあ、他に予定があったのかもしれない。わしがここに来たのは急な出来事だし、用意できなくても無理はない。
「じゃあ、陸路しかないというわけじゃね? それなら馬車とかの用意はいらんよ。時間がかかっても、わしらは歩いていくから。紹介状だけ貰えるかの?」
「……分かりました」
わしはかなり気分が軽くなるのを感じた。馬車に積まれて家畜さながらに連行されるのと、自らの足で研究所の門をたたくのでは精神的にずいぶんと違う。さらに紹介状まで書いてもらえるなら、ますます正当な客人っぽいではないか。
「いやあ、これは上陸早々かなり順風満帆な予感がするのう。ついにわしにも運気が巡ってきたのかのう」
紹介状の作成に引っ込んでいく審査官を見送り、わしは尻尾を振りながらレーコの傍らにしゃがみこむ。
「ときに邪竜様。邪竜様ほどのお方が、人間の手を借りてまで調べたいこととは何なのでしょうか? 人の手など借りずとも、この私の千里眼でおおよそのことは見通せますが」
わしはしばし硬直する。まさか「お主を元に戻す方法」などとは言えない。
「ええと、そうじゃね。やっぱり魔王についてじゃね。前にお主が千里眼で見たときは魔王について詳しく分からなかったし、得体の知れない相手じゃからね。人間の持つ情報にも頼ってみようと思うのよ」
「そうですか……力不足で申し訳ありません」
まあ、実際魔王についても調べておきたいところではある。わしが真の邪竜になったとしたら、討伐の責もわしが負うハメになるかもしれないのだから。
お手軽に封印できるような手段があれば、それに越したことはない。
そうこうしているうちに、審査官が研究所への紹介状と地図を持って戻ってきた。
「お待たせしました。この紹介状を首都の門番に渡せば案内してくれるはずです」
「ありがとの」
レーコの案内があれば目的地へは迷わず行けるが、ありがたいので地図は貰っておく。
荷物を背中に担ぎ、レーコを乗せてわしは審査施設の外に出た。
「それじゃあ、いろいろお世話になったの。ほらレーコもお礼して」
「ご苦労」
「もう、なんでお主はいつもそう上から目線なの」
どこか微笑ましげな顔の審査官たちの見送りを受けながら、わしらは首都に向けての歩みを開始した。
先ほどの地図はざっと見ただけだが、道行きはおそらく丸一日以上はかかるだろう。
――そう思っていたときだった。
審査施設からある程度離れたところで、いきなりわしの背中に翼が生えたのだ。
「え? レーコ? さっきの話を聞いておった? 空には神様がいるって――」
「ええ邪竜様。その程度の理由であれば、我々の翼を阻む理由にはなりません」
「なるよ?」
しかし、こうなったレーコはもう止められない。いつもそうだ。わしは泣きたくなる。
「せっかくの機会です。この国の神とやらに邪竜様の勇姿を見せつければ、今後も何かと捗りましょう」
「捗るどころか藪蛇にしかならんと思うなあ」
もはや諦め気味に反論したわしの言葉は当然スルー。
まあいいだろう。わしらは入国許可も得たのだから、神様だって問答無用で攻撃などはして来るまい。
レーコがテンションを上げるままに、わしらは上空へと舞い上がった。
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