お湯を注いでハイ三分
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「流石です邪竜様。その有り余るお力を見事に隠蔽し、ただのトカゲのフリをして奴らの目を欺いたのですね。やはり邪竜様は演技力も超一流……」
「そうじゃね」
はしゃぎながら喋るレーコに対し、わしは無感情に頷く。
決して演技などではない。ただ単純に事実が明らかになっただけだ。
わしは見た目こそドラゴンだが、実質トカゲだというのは自分でも察している。
普段のサイズではドラゴンとしての威圧感が強すぎて誰も疑おうとすらしないし、ミニサイズのときですら、小さいなりにそこそこドラゴンっぽくはあるので、ライオットの魔剣も血を吸うまではわしのことをドラゴンと勘違いしていた。
しかし、いざこうして検診を受けると、あっけなくトカゲと診断されてしまうのだ。
魔剣さんも血をテイスティングしたら一瞬だった。
老魔導士からの検査結果を受け取った審査官が、笑みを浮かべてレーコに語りかける。
「ああ、よかったですねお嬢さん。お連れのドラゴンさんの検疫の結果ですが、特に問題ないようです。ただ、少しストレスが過剰な傾向にあるようですので、ケアに気を付けてあげてください」
「邪竜様ほどのお方がストレスを……? まさか、秘密裡に進めているあの闇の計画に支障が……?」
「その計画は知らんけど、ストレスの原因はお主のそういうところよ?」
ちなみにわしが戻って来てから、レーコは椅子ではなくわしの背に跨っている。「こちらの方がよりわしの威厳をアピールできて入国に有利」とのことだが、どういう理屈かよく分からない。
「通常ならこの程度の軽い異常があっても薬の処方はしないのですが、担当医が稀少な動物なので特別に措置したいということで、胃薬を渡しておきます」
「いろいろとすまんのう」
「いえいえ。ところで、血液検査の際に自前の魔力ではなく錬金薬の反応はあったのですが、荷物にあった小樽の薬ですか?」
「そうそう。わし、実は結構かなりの歳でね。あの若返りの薬がないと困るのよ」
嘘は言っていない。体力的な面というよりも、見た目をごまかす用途の方が大きいが。
「ふむ……かなり質の高い錬金薬でしたが、もしやそこのお嬢さんが調合したのですか?」
「いやいや。単なる貰い物じゃよ」
「はは。さすがにそうですか。このレベルの薬をその歳で調合できたらまさしく天才ですからね。いや残念です。もしそうだとしたら、高位の術者として入国許可を出せたのですが――」
「え、ちょっと待って」
いけない、これは絶好の機会だったのかもしれない。
わしは慌てて言葉を取り繕う。
「じ、実はね。本当はこの子が作ったんじゃよ。だから入国させてくれんかの?」
「嘘はいけませんよ。先ほど、あの薬はその歳頃の子供に作れるものではありません」
「じゃからそれは……ええと、レーコもその薬を飲んでおるのよ。実はこの子も結構ベテランでの」
「ダメですよ。その子も採血しましたが、薬品の反応はありませんでしたから」
え? とわしはレーコに向きなおる。
血液検査をされて、よくレーコの強さがバレなかったものである。
「抜かり有りません邪竜様。この私の血が帯びた膨大な魔力は、こやつらごときの術にかかるほど矮小なものではありません。地を這う小虫が大いなる邪竜様の全貌を見通せぬと同じく、あまりに力の差がありすぎると人間は理解すらできぬものなのです」
「こらレーコ、そういうこと言わないの。みなさん本当にすいません。この子は調子に乗りがちなところがあって、やたらわしを崇めようとしてくるんです」
「はは。そういう歳頃なんですかね」
レーコはもはやそういうノリのちょっと痛い子として認識されつつあるらしい。審査官たちの顔も穏やかなものである。
そうなのだ。今までの街のように、出会い頭に真の力を発揮さえしなければ、レーコもわしも十分平和的にやっていけるのだ。
が、平和的なのと入国の許可は別問題だった。
「それで、あなたたちの入国希望理由は?」
「ええっとな。魔物とか精霊とかについて調べものをしたくて……。詳しい人を紹介してもらいたくて来たんじゃけど」
「その途中で難破したわけですね……ご愁傷さまです。しかし申し訳ありませんが、わが国は非常に大きな神事の最中となっておりまして。この神事の期間中は、一部の例外を除き国外からの立ち入りを制限しております。先ほど申し上げたように、高位の術者など国にとって有益な人材であるなら別ですが」
物腰は穏やかだったが、その裏には取り付く島のない厳しさも感じられた。
レーコがわしの耳元にしゃがんで「やりますか?」と尋ねてくるが、黙って首を振る。こんなところで武力行使をしては宣戦布告に等しい。ただでさえ胃を大事にしろと言われた直後だというのに。
「そうですか。では邪竜様、次善の手段となるのですが、ここであの若返りの薬を作ってみるというのはどうでしょう。この場で調合できたならば、こやつらも我らを歓迎するのでしょう?」
「ダメじゃよ。お主は調合なんてしたことないじゃろ」
それからわしは小声で囁く。
「お主ならすごい力で強引に成功させるかもしれないけどね、それもいかん。あんまり凄すぎるところを見せては、今までの街みたいに警戒されてしまうかもしれん。素材も知識もないのに適当に秘薬なんて作っては、歓迎どころか異端扱いじゃよ」
「では、私がすごくなりすぎない程度に調合を成功させればよいのですね」
「そうじゃけど……そんなことできんじゃろ?」
「いいえ。私はあらゆる不可能を可能とする邪竜様の筆頭眷属です。最高のアイデアがありますので、どうぞご期待ください」
「あっ。待って」
わしが止める暇もなく、レーコは検査を終えた荷物に飛び戻っていった。
調合のデタラメ芝居なんかに使える道具はなかったと思うけれど。
「お待たせしました」
すぐに戻ってきたレーコが手に持ってきたのは、料理用の簡易鍋と飲み水のボトルだった。
それを審査官に手渡し、
「確認するがいい。これは何の変哲もない鍋と水だ」
既に荷物検査は終わっているはずだが、審査官は指示に従って手渡された鍋と水を入念に確認する。子供の戯言と思いつつも付きあうあたり、真摯な仕事ぶりである。
「そうですね。ただの鍋と水です」
「ああ、そして今からこの鍋で湯を沸かす」
レーコは鍋に水を注ぎ、自らの指先に火を灯した。このくらいの初歩の火炎魔法なら、素質ある者なら幼児でも使えておかしくない。レーコにしては珍しく節度を弁えた演技である。
まさか、この子も度重なる失敗を経て、唯一の苦手分野である演技に磨きをかけてきたのか。だとしたら、わしは保護者冥利に尽きるというものである。
しばらく待っていると、鍋の湯がぐつぐつと沸騰し始めた。
「湯が沸いた。ここまできたら秘薬の完成まであと一歩だ」
「お嬢ちゃん。さすがにそれは無理があるよ。君がどんな凄腕でも、こんな状況から秘薬なんて――」
「私の腕前は必要ない。これは誰にでもできる手順だ」
なぜか得意げな顔になったレーコは、沸いた鍋を机に置いてわしの方にすたすたと歩み寄ってくる。
「邪竜様。先ほど座っていたときに気付いたのですが、お背中の鱗に一枚だけ剥がれかけているものがあります。よろしければ、我が手に収めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、古い鱗の生え変わりじゃね。別に構わんけど。でもなんで今そんなことを?」
「恐縮です」
レーコはいそいそとわしの背から鱗を剥いだ。ほとんど剥がれかけなので痛くない。無駄な角質が落ちてちょっぴり気持ちいいくらいだ。
そしてレーコは、剥ぎたてのわしの鱗を――鍋に投入した。
「お嬢ちゃん?」
「括目して見よ。邪竜様の鱗は……あらゆる秘薬の原料となるのだ。このまま煎じつつ、『若返りの秘薬になれ』と望むだけでいい。そうすれば、三分後にはあの秘薬が完成していることだろう……」
審査官は、困ったような顔でわしに向きなおった。「この子どうしましょう?」という困惑の表明だったのかもしれない。
だが、わしはその表明に答える余裕がなかった。それ以上の困惑に心を乱されていたからだ。
――まさか、レーコでもそんな……うん。わしの鱗を都合よく秘薬の材料に変化させるなんて。さすがにそこまで器用なことは……。
そして数分後。
入国許可という体で、わしの研究所送りが決まった。
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