邪竜様の健康診断(という名の検疫)
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一応の上陸は許可されたが、かといって容易く入国できるわけではない。
断崖に面した港にはまるで要塞のような審査の施設があり、ここをパスして初めて国の土を踏むことが許されるというわけだ。
その審査のための聴取に今から応じるところだが――
「では、ドラゴンさんは別室で検査を受けてもらいます。どうぞこちらへ」
レーコと一緒に聴取室に入ろうとしたところ、唐突にわしだけ審査官に引き止められた。
「え、あの。先に聴取をするんではないの?」
「聴取はお嬢さんの方から聞きますので大丈夫です。人語を解するドラゴンとはいえ、わが国の規定上では『動物』もしくは『使い魔』に分類されます。いずれの場合も保有伝染病や反抗危険性についての調査が必要です。どうぞご協力を」
わしに対しての『動物』という呼び方にレーコが一瞬だけ冷たい目になったが、「わしの素性は今度こそ隠し通す」ということを旅の中で厳命していたので、激昂することはなかった。
普段なら溢れ出るように放出している禍々しい魔力も、今は器用に隠して普通の少女のように振る舞っている。ここまでボロを出さないというのは、今までのレーコにはない成長といえる。
しかし、それはそうとして危機的状況に変わりはない。
「ええっと。それ、聴取が終わってからにはできないかの? 見てのとおり、このレーコはまだ幼い子じゃから。わしが保護者みたいなものでな。できれば一緒に聴取を受けたいんじゃけど」
「いいえ大丈夫です。お任せください邪……ドラゴン様」
審査官に縋ろうとしたわしの言葉を遮ったのは、親指をぐっと立てたレーコだった。
「我々の旅路に後ろめたいことなど何一つありません。正々堂々と語りさえすれば、必ずや入国の許可を得られましょう……」
「うう、本当かのう。わしはちっとも安心できないのう……」
「ドラゴンさん。お嬢さんもああ言っていることですから」
ぐいぐいと審査官はわしを別室に押していく。
ふと思うが、もしかすると検疫というのは建前で、わしとレーコを遠ざけるのが目的なのかもしれない。
実際のわしは無力だが、見た目は一応ドラゴンっぽい。
そしてドラゴンといえば概して強力な魔物である。
そんなドラゴンに脅されて、幼子が入国の口実に利用されているのではないか――そう疑って、レーコから真相を聞きだすべく分断を図っている可能性も十分ある。
ならば、ここで粘っても同席の許可は得られまい。
「レーコ。お願いじゃよ、わしらが本当に無害だっていうことをしっかり話しての」
「お任せください邪……ドラゴン様。この私の全話術をもってして、ドラゴン様の偉大さをこやつらに知らしめてみせましょう」
「いきなり話の焦点を大幅にズラさないで。偉大さとかいいから。無害さだけアピールしてくれればいいから」
「さ、早くこちらへ。検査医が待機していますので」
大いに不安を抱えつつ、わしはレーコを残しながら引っ張られていく。
連れていかれた検疫室では、白衣を纏った老年の魔導士が椅子に座って待っていた。いかにもベテランといった風格である。
「どうも初めまして。これは珍しい。ドラゴンさん――ですかね?」
「どうなんじゃろ。わし、あんまり自分の種族って考えたことがなくての。ドラゴンみたいに強くないから、大きいトカゲだと思ってるけど」
最近だと、ライオットが持っていた呪いの剣もわしのことを「トカゲ」と断定していた。
「口を開けてもらっていいですか?」
「はい」
老魔導士は短い杖を掲げて、わしの口の中を照らすように光を放った。
最初は虫歯でも見ているのかと思ったが、さすがにそこまで単純な検査ではなかった。
「ああ。なるほど。消化器系がしっかりしてますね。胃袋には……未消化の海藻が見えますな」
光の操作で、わしの身体の内部を細かく診察しているらしい。
直前の食事内容がバレてなんだか気恥ずかしくなったわしは、肩を少し狭めた。
「次に、血を少々いいですかな? ほんの少しチクっとするだけですから」
「痛くせんでね」
ぷすりと前脚に針が刺され、僅かな量の血を抜かれる。
小皿に広げた血に対し、魔導士は再び杖から光を照射する。
「魔力反応はなし。伝染病もなさそうですな。ほんの少し肥満気味なのも、改善途上のようです」
「あ、よかった。わしって健康なんだ」
「気になることといえば、少々胃の粘膜が薄くなっておりますな。荒れた生活習慣やストレスが原因と思われますが、心当たりは?」
「間違いなくストレスの方じゃろうなあ」
「かなり丈夫な消化器をお持ちのようですので、このままでもすぐ問題が生じることはないとは思いますが……念のため後で胃薬をお分けしましょう」
そう言うと、老魔導士は薬棚からそっと小瓶を取り出した。
わしはこの優しさに危うく涙するところだった。
「それから、部屋の隅に消毒槽を用意していますのでしばらく浸かってください。体表に付着した雑菌や植物の種を落としますので」
指示されるがままに、わしは緑色の液に満ちた消毒槽にゆっくり肩まで身を沈めた。
冷たいものかと思ったが、人肌のぬるま湯で案外心地よい。荒波で冷えた身にはよく沁みた。
わしが長い息を吐きながらリラックスしていると、老魔導士が入国審査官を手招きで呼んだ。
「先生、どうですか?」
「ん、合格。問題なし。これはドラゴンじゃなくて、稀少な大トカゲですな。生命を魔力に依存する魔物ではなく、普通に草食性の動物です」
「そうですか……」
「こうした種類の動物はなかなかお目にかかれませんがね。いやはや、珍しいものを診させてもらいました」
そこまで聞いて、わしは前脚をざばっと薬液から挙げた。
「あの、わしってやっぱりトカゲだったんですか?」
「ええ。残念ながらドラゴンではありません。ドラゴンなら強大な魔力が先天的に備わっていますからね」
「じゃあ、ここで消毒さえ済ませれば問題なく入国できるということかの?」
希望に満ちた声でわしがそう尋ねると、傍らの審査官が渋い顔になった。
「それはまだ確約できかねます。現在、わが国は入国に要する基準を大幅に引き上げているところでして。あなた方が入国を希望する理由がよほど正当なものでない限り、認めることできません」
「その場合……この海をまた渡って帰れということになるのかの?」
「そこまで鬼ではありません。船便が再就航するまでの間、不法入国者向けの収容施設を一時的に貸し出せます」
まずい。レーコは今でこそおとなしくしているが、そんな待遇になったら間違いなく暴れ出してしまう。
これは何としてでも、入国許可をもぎ取らねば。
「あ、あのっ。わしの検査が終わったならレーコの聴取に付き合ってもええかの? あの子はまだ子供っぽいところがあるから不安で」
「まあ……よいでしょう」
わしへの疑いが晴れたためか、今度の要求はスムーズに通る。
消毒槽から上がったわしは布に転がって身体を拭き、審査官の同伴のもとレーコの待つ聴取室へと向かった。
扉を開けたそこには――
「邪竜様が魔王討伐のため、この地で情報収集をしたいと仰っているのだ。光栄に思うがいい」
不安的中。あまりにも早々にすべての演技を投げ捨て、ウキウキ顔でいつものノリを発揮しているレーコがいた。
レーコの相手をしていた審査官は、呆れたような困ったような顔で半笑いになっている。と、こちらに気付いて、
「あ、そちらの結果はどうでした? こっちのお嬢さんはなにやら楽しげなことを言うんですが、まさか本当ってことは」
「大丈夫です。先生がただの草食動物ということでお墨付きを出しています」
これは思わぬ幸運だった。
レーコの白状があまりにも早かったせいで、子供の妄言と思われているらしい。そしてわしの検査結果がそこに追い風を吹かせた。
そしてわしは、この場を取り繕う一言を既に考えていた。
「すまんの。実はこの子は、ペットのわしのことをあの邪竜レーヴェンディアと思い込んで舞い上がっておってな。話半分で付きあってあげてくれんかの? ここからはわしがちゃんと聴取に答えるから」
審査官たちは、わしとレーコを交互に見て、困りつつもどこか微笑ましげな雰囲気の表情になった。まさに、はしゃぐ子供を見るかのような。
なんとか危機は凌いだ。
我ながら会心の嘘である、と自画自賛しかけて――
よく考えたら、何一つ嘘はついていないことに気付いて、少し複雑な気分になった。




