【幕間IF短編】記憶を取り戻した邪竜様
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「はっ! そうじゃ、そういえばわしは本当に強い邪竜じゃった!」
ある朝、わしはいきなり記憶を取り戻した。
かつて強大な邪竜として戦いに明け暮れた日々――その光景をありありと夢に見たことで、封印されていた過去が蘇ったのだ。
「そうじゃった……。わしは平穏に憧れて、自分の力を封印したのじゃったな……」
「どうかしましたか? 邪竜様」
わしの背中で寝ていたレーコが、目をごしごしと擦って尋ねてくる。
真の記憶を取り戻したことで合点がいった。この子が意味不明に覚醒したのは、やはりわしの眷属となったせいだったのだ。
無意識のうちに、わしはこの子を眷属にしてしまっていたのだろう。
自分は弱い竜として平静を守ったまま、レーコに魔王討伐という役目を押し付けるために。
「ふっ。わしは酷い竜じゃな……。自分が平穏を守りたいばかりに、レーコにだけ重荷を背負わせてしまおうとは……」
「邪竜様?」
しかし、わしの邪竜としてのプライドはこのままレーコ任せにすることをよしとしなかったのだ。
だからこそ、こうして記憶が蘇ったのだろう。
「レーコよ。今まですまなかったの。今日からいよいよわし――邪竜レーヴェンディアも本気になるとするよ。なあに、わしが本気を出せば魔王なぞ一捻りじゃよ」
「邪竜様……! なんだか、いつになく今日は輝いて見えます!」
キリッ、と真顔で魔王討伐の意志を固めたわしは、翼を生やそうとして――生えなかった。
そうだった。記憶は取り戻したが、力はまだ取り戻していない。
平穏な生活を望んだわしは、自らの魔力をある場所に封じていたのだ。
その封印の場所とは、わしが長年住んでいた山奥の洞窟である。
「レーコ。わしは少々、ねぐらの洞窟に置き忘れたものがある。魔王討伐には欠かせないものじゃ。今日わしはちょっと調子が悪いから、お主が飛ばせてくれるかの?」
「もちろんでございます!」
しかし、邪竜としての落ち着きを取り戻したわしは慌てない。
レーコによって翼を生やされ、身を宙に打ち上げられてもまったく動揺しない。空の雲模様を楽しむ余裕すらあった。
古巣の山を目指す途中、眼下にペリュドーナの街が目に入った。
「そうじゃ、レーコ。ちょっとあの街に下りてくれるかの。アリアンテに用事があってな」
「承知いたしました」
アリアンテにはいろいろと世話になった。
実はわしが本当に邪竜だったということや、魔王はしっかり倒すから安心して欲しい――ということを伝えておかねばなるまい。
レーコはアリアンテの道場の前に着地する。
わしが前脚で道場の門を叩くと、中からアリアンテが出てきた。
「レーヴェンディア……? 急にどうした? いや、まずは中に入れ。お前たちの姿をあまり目撃されてはまずい」
そそくさと道場の中に導かれ、わしとレーコは敷居を跨ぐ。
アリアンテはふうと息をつき、
「とりあえず、あの小僧が修行中でよかった。この場にいたら、また面倒な騒ぎになっていたかもしれん。で? そんなリスクを冒して来たということは、よほど重要な用事なんだなレーヴェンディア?」
「もちろんじゃよ……」
不敵に笑いながらわしは頷く。
と、アリアンテは急に怪訝な顔になって、
「どうした? なんだか妙に自信ありげだな。らしくないぞ?」
「ふふふ女騎士よ。貴様も気づいたか。今日の邪竜様はなんだか過去最高にキラキラしていらっしゃるのだ」
「ふ、あんまり褒めないでおくれレーコ。わしは罪な竜なんじゃからの……」
もてはやしてくるレーコに前脚を向けて制する。
このやり取りを見て、アリアンテは表情を硬くした。
「さ、レーコ。わしはちょっと重要な話をせねばならんから、お主は少し外していてくれるかの。空でも遊覧飛行してくるとええ」
「かしこまりました」
翼を生やし、レーコは道場の外にすたすたと出ていく。
それを見送るなり、アリアンテはわしを睨んだ。
「……さては貴様、偽物か?」
「おっと、待っとくれアリアンテ。お主がそう疑うのも無理はない。けどな、わしは正真正銘、本物の邪竜レーヴェンディアなのじゃよ」
わしが自信たっぷりに笑いながらアリアンテを見上げると、彼女はひどく悲しそうな顔をしていた。
「そうか……。お前、とうとう心労に耐えられなくなって……」
「お主? いったいどんな想像をしておるの?」
「いいや、そうだな。お前は邪竜レーヴェンディアだな。間違いない。だから今後とも頑張ってくれ」
「絶対信じてないよね? 違うから。わしはレーコみたいに思い込みを拗らせたわけではないから」
正真正銘の事実だというのに、アリアンテはまったく信じていないようだった。
わしは大いに憤慨した。
この偉大なる邪竜レーヴェンディアを前にしてまさか貧弱な草食竜などと疑おうとは――。
「きっと疲れているんだろう。洗い場から野菜を持ってきてやるから、少し待っていろ」
「しょうがないのう」
まあ、ここは年長者として許すべきところである。それになんだかんだで野菜は好きだし。
床に伏せて待っていると、野菜のザルと飲み水のタライを持ったアリアンテが戻ってきた。
「待たせたな――」
「お久しぶりですトカゲさん!」
さばっ、と飲み水のタライから人影が飛び出して来た。
なんとそれは、久々の聖女様だった。
「ありゃ? どうしたのお主?」
「私の水がペリュドーナにも引かれるようになったのは前に言いましたよね。ですから、水があればこうしていつでも姿を出せるようになったわけです、えへん!」
「聖女様のくせにずいぶん暇らしくてな。しょっちゅううちに来るからそこそこ迷惑している」
アリアンテは悩ましそうにため息をついていた。
しかしタイミングがいい。聖女様には以前邪竜レクチャーを受けた恩もある。わしの正体を教えて安心させてやらねば。
「聖女様よ。驚かんで聞いておくれ。実はわしはな、本物の邪竜レーヴェンディアだったのじゃ……」
「あれ? なんだか今日のトカゲさん様子がおかしいですね。お腹でも壊したんでしょうか?」
「やはりお前もそう思うか。もしかすると、眷属の娘に感化されてついに妄想の向こう側に行ってしまったのかもしれん」
「そんな! ダメですトカゲさん現実に戻ってきてください! ほら、美味しいキャベツですよ!」
「あ、こりゃ本当にいいキャベツじゃね」
聖女様が突き出して来たキャベツに、わしはむしゃむしゃとかぶりつく。
わしが咀嚼している間、アリアンテと聖女様は妙に優しい顔になって微笑んでいた。
「やはり無理をさせすぎたのがよくなかったか……?」
「いいえ、私が悪いんです。私がもっとトカゲさんを上手く魔物として導いてあげればこんなことには……」
しかし、二人でひそひそとわしについて何かを語り合っている。
やはり今までのわしのイメージが強すぎて、俄かに「わしは本物の邪竜」と言われても信じられないのだろう。
逆の立場なら、たぶんわしだって信じられない。
「ふ、いきなりな話ですまなかったの。お主らが信じられないのも無理はない。今日のところはおとなしく帰るとするわい。じゃけど、次に来るとき――わしはかつての魔力を取り戻してくるからの。そのときこそ、わしを括目して見るんじゃよ」
キャベツをかじりつつ、わしは引き締まった表情で告げる。
アリアンテと聖女様は目を細め、ほとんど同時にこう言った。
「辛くなったら、いつでも遊びに来い(来てください)」
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というわけで、わしはレーコと古巣の洞窟にまで舞い戻ってきていた。
失敬なことに、あの二人は完全にわしのことを信じていなかったようである。
こうなれば邪竜パワーを取り戻して驚かせてやる――と、わしは意気込みに燃えていた。
真の邪竜力を取り戻したわしは、アリアンテ以上に強く、聖女様以上に美味しい作物を育てられるに違いないのだ。
「この奥じゃったな……」
わしはレーコを背中に乗せ、洞窟の最深部にまで歩み入る。
ここに暮らしていたときも、この場所には寒すぎてほとんど踏み込まなかった。
この地の最奥に、邪竜としてのわしの力は封印されている。
「おお、あったあった。これじゃ」
最奥で眠っていたのは、巨大な水晶の柱である。
この水晶こそ、わしの力を物質化して封じたもの。この封印を解けばわしは本来の力を取り戻せるのだ。
「なんだか美しい結晶ですね。邪竜様、これが忘れ物ですか?」
「そうそう。下がっておってねレーコ。わし以外が近寄ると危ないからね」
わしは呑気に水晶に近寄る。
しかし、そのときだった。
「んぎゃああああっ!」
水晶からビームが発射され、わしを吹っ飛ばしたのだ。
わしはプスプスと煙を上げて地面を思いっきり転がる。
『立ち去れ……。我は眠りに就きし邪竜の力……。何人たりとも目覚めさせはせぬ……』
「あの、わしの力じゃよね?」
『何人たりとも触れてはならぬ』
わしの封印は融通が利かなかった。
なんとしてでも眠り続ける所存らしい。
「邪竜様? なんだか吹っ飛んで煙を上げたようですが大丈夫ですか?」
「あ、えっと。静電気じゃね。静電気。でっかい水晶じゃから、なんか電気が溜まってたみたい」
「なんだかあの水晶は喋っているようですが」
「空耳じゃよ」
「なるほど。空耳でしたか」
わしは再チャレンジを試みて水晶に突撃し、またしてもビームで吹っ飛ばされた。
『近寄ってはならぬ……。これ以上警告を無視すれば、我は封印されし全魔力を解放して反撃する……大人しく立ち去れ……』
「封印を守るために封印を全解放するの? それはお主、本末転倒というものじゃない?」
『警告への反論を確認。封印を解放する』
「えっ。口頭でも警告無視にカウントされるの?」
あんまりな基準である。
過去のわし、もうちょっと封印のクオリティを高くして欲しかった。いろいろとガバガバではないか。
水晶から光が放たれ、途轍もない魔力が空間を満たした。
間違いない。これこそわし――邪竜レーヴェンディアの絶大なる魔力の奔流である。
今までの警告とは比較にならない、すべてを焼き尽くす巨大なビームが今にも放たれ――
「なるほど、これは確かになかなかの静電気ですね」
そのビームは、前に出たレーコの片手で止められた。
『馬鹿な。我の魔力を……?』
封印の水晶が動揺する。
レーコに向けてビームをガンガン連発するが、レーコは「なんだか面白い水晶ですね」と片手でビームを受け止め続ける。
『かつてなく強大な敵と認識。魔力全開で排除――!』
水晶の輝きが最大となった。
間違いない。あれは、かつてのわし――邪竜レーヴェンディアが最も得意とした『邪竜の獄炎』という技だ。
あらゆる存在を問答無用で焼き尽くす神魔必殺の炎である。
『おお。少しだけピリッと来ました』
が、それすらレーコにとっては静電気に等しかった。
まったくの無傷で片手に受け止めてしまったレーコを前に、水晶はその光を失っていく。
『完敗だ……。よもや、我の力を上回る者が……』
やがて水晶はただの石のごとき灰色となり、粉々に崩れ去った。
中に封じ込められていたわしの魔力が、すべて消費されてしまったのだ。
「邪竜様? 水晶が壊れてしまいましたが、これは大丈夫なのでしょうか?」
「う、うん。そうじゃね……あんまり問題はないんじゃないかな……。えっと、レーコ……帰ろうか……」
「はい、かしこまりました」
――その後、わしはアリアンテと聖女様に会うべくもう一度ペリュドーナを訪れた。
穏やかな笑みでわしを迎えてくれた二人に、わしは同じく穏やかな笑みでこう返すのだった。
「ごめんの。やっぱりわしは邪竜とかじゃなくて、ただの草食竜じゃったよ」
それから食べたキャベツは、とても美味しかった。




