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【幕間IF短編】消えた邪竜様を探せ!

※IFにつき本編の設定とは関係ありません

(本編の描写・設定と多少の矛盾がありますが気にしないでください)


コミカライズ第1巻が6月13日発売です、どうぞよろしくお願いします!


http://seiga.nicovideo.jp/comic/34701

ニコニコ静画にてコミカライズ公開中です!


「食料に薬、地図……。奴らに持たせるのはそのくらいでいいな」


 魔物の襲撃から一晩が明けたペリュドーナ。

 焼け跡の即席市場で物資の調達を終えたアリアンテは、レーヴェンディアとレーコの待つ小屋に戻ろうとしていた。

 

 街の被害は甚大だったが、多くの商人は地下倉庫などに商品を避難させており、早くも商売を再開しようとしていた。(有事の吹っかけ価格ではあったが)

 ああいう商魂の逞しさは見習うべきかもしれんな――と考えているうちに、あっという間に小屋の前まで着く。


「さあ、旅の荷物を整えたぞ。とりあえず中身を確認してみてくれ――」


 小屋の扉を開いたアリアンテが見たのは、ベッドですやすやと眠るレーコの姿だった。

 それだけである。

 他に誰もいない。


 ――中にいたはずのレーヴェンディアが、忽然と姿をくらましていたのだ。


「馬鹿な。薬で小さくなったとはいえ、一人で出歩くような真似をするほど無謀な奴とは思えんが……」


 困惑したアリアンテだったが、小屋の床に転がっていた空の瓶を見て目を見開いた。

 その瓶は、動物を懐かせる際に調教師テイマーが使う【人化の水薬】が入っていたものだった。


 なぜそんなものが――とアリアンテは思うが、すぐに疑問は氷解した。

 昨晩アリアンテはやむを得ぬ事情のため、レーヴェンディアを滅多打ちにしてしまった。

 その痛みを早めに引かせるため、知り合いの調教師から薬箱を借りて動物用湿布を大量に貼ってやったのだ。

 きっと、そのとき薬箱の中にあの水薬が紛れていたに違いない。


「喉が渇いて水か何かと勘違いして飲んだなあいつ……」


 あの薬はかなり貴重なものだ。後で調教師に文句を言われそうである。

 しかし、今の問題は――消えたレーヴェンディアの行方である。


「さては、人間の姿になったのをいいことに雲隠れするつもりか?」


 レーヴェンディアはこの状況から逃げたがっていた。姿を偽れる好機を得たならば、逃走を図ってもなんら不思議ではない。


「まずい。この眷属の娘が起きたときにレーヴェンディアがいなかったら、最悪この街が滅ぶほどの癇癪を起こしかねんぞ」


 邪竜様に見捨てられた――とかいって暴走を始めるはずだ。

 目覚めるまでに何としても逃げたレーヴェンディアを捕獲しなければ。


 アリアンテは小屋の外に飛び出して、緊急の笛で番兵たちを呼び集めた。


「どうしましたかアリアンテさん!」

「邪竜が何かやったんですか!?」


 ぞろぞろと集まってきた戦士たちに、アリアンテはごほんと咳払いする。


「いや、邪竜は関係ない。しかし、別件で少し人を探さなくてはいけなくてな。素性は明かせないが、この街の存亡を握る重要人物だ。絶対に逃がさず確保してくれ」

「では、街の関所は閉じた方がいいですね?」

「ああ。どうあがいてもこの街から出られないようにしろ」


 合図の鐘が鳴り響き、城壁に囲まれた街の出入りは一時的に封鎖される。

 これでレーヴェンディアはもう逃げられない。


「それでアリアンテさん。その、重要人物の人相はどんな感じですか?」

「そうだな……」


 あの水薬は、その動物の性質を反映して人間に変化させるものである。瞳の色などは変わらず、体色はそのまま衣服として再現される。

 すなわち、蒼い瞳に黒服というのは確定事項だ。


 加えてレーヴェンディアは年寄り、そして草食ときている。


「爺さんだ。黒服を着て蒼い瞳をした老人を探せ。飲食店でサラダばっかり食ってる年寄りがいたらほぼ確実と見ていい」

「了解しました!」

「もしくは、道端で雑草を食ってたり畑の野菜を掘り起こしてる年寄りがいたらそれでも間違いない。現行犯で捕まえろ」

「はい――しかし、なんだか変わった重要人物ですね」

「あまり深く聞くな、さっさと行け」

「了解!」


 昨晩のうちにレーヴェンディアには旅の路銀を渡していた。

 その財布もなくなっていたから、呑気に腹ごしらえをしている可能性も十分にある。


 レーヴェンディアの風貌と性格からして、この推理は間違いない――そう確信していたアリアンテだったが、すぐにその早計を悔やんだ。


「見つかりませんでした!」


 精鋭たちがたっぷり一時間はかけて捜索したにも関わらず、それらしき老人を発見できなかったのだ。

 


「アリアンテさん、申し訳ありません。既にその人物はこの街を脱出したのではないでしょうか……?」

「いいや、奴はそんなに逃げ足は速くない。私が目を離していた時間を考えても、そう遠くには行っていないはずだ」

「ではまだ隠れているのでしょうか?」

「その可能性も薄い。あいつはお前たちの目から逃れられるほど狡猾ではない」


 こうなると、アリアンテの想定した人相に致命的な欠陥があったとしか思えない。きっとレーヴェンディアは別の姿をしている。


「おそらく、変装をしているのだろう。蒼い瞳に黒服――というのは確定でいい。しかし老人というのに誤りがあった可能性がある」


 よく考えたら、レーヴェンディアは5000歳という超高齢に年寄り口調ではあれど、実際に老齢であるかは不確かである。

 もしかしたら数万年は生きる種族なのかもしれないし、そうなると5000歳でも若者の範疇だ。


「それなんですが、アリアンテさん。念のため『蒼い瞳に黒服の男性』は年齢関係なくすべて確認してみました。しかし発見できた全員が、前々からの住人やギルドの登録者でした。素性不明な人物は発見できていません」

「なんだと?」


 アリアンテは爪を噛んだ。

 まさかあのトカゲにここまで出し抜かれるとは。奴が人化した後でさらに変装するなどという知恵を巡らすとは思えない。

 だが、捜査網をここまで見事にかいくぐるとは――


「待てよ」


 そこでアリアンテは一つ気付く。


「『蒼い瞳に黒服の男性』をすべて調べたんだな?」

「はい。老齢の者から子供まで」

「ならば『蒼い瞳に黒服の女性』はどうだ?」

「それは――いいえ、調べていませんでした」


 盲点だった。

 あの年寄り口調にすっかり惑わされていた。レーヴェンディアが雄竜と確定したわけではない。


 ――あれでいて、雌竜という可能性も十二分にあったのだ。


「もう一度探せ! 今度は女性も対象にしろ! 無論、老若を問わずにだ!」

「はい!」


 もしかするとレーヴェンディアは歳若い少女の姿をしているかもしれない。

 それがあの口調で喋り始めたら違和感がすごいだろうが、黙っていれば誰も気付かない。


「頼むぞ。早く見つけてくれ……」


 高く昇り始めた太陽を仰いで、アリアンテは小屋の戸口に背を付けて立つ。

 中で寝ているレーコが起きたら、発見までの間どうにかしてレーヴェンディアの不在理由をごまかし続けねばならない。


 ――そのとき。


「女騎士、そこで何をしている?」


 唐突にレーコの声がした。

 しかしそれは背後の扉からではなく、上空からだった。


 背中に翼を広げたレーコが、買い物袋を手に提げてばさばさと羽ばたいていたのだ。


「邪竜様が果物をご所望だったので、市場で厳選して買ってきたのだ。起きるまでに枕元に用意しておかねばならん。そこをどけ。出入りの邪魔だ」

「……待て」


 アリアンテは頭を抱えた。


「お前は小屋の中で寝ていたんじゃないのか? いつの間に外に出た?」

「ふ……愚かな。いいだろう。戸を開けてみろ」


 頭痛を感じながらアリアンテは小屋の扉を開ける。

 すると、そこにはさっきまでと同様にベッドですやすやと寝息を立てるレーコの姿が――いや。


 果物を買ってきた方のレーコが指を弾くと同時。

 ベッドにいる方のレーコが「ぽんっ」と音を立てて、レーヴェンディア(ミニサイズ)の姿になったのだ。

 ドラゴンに戻ったせいで、すやすやと静かに立っていた寝息が、ぐうぐうと少し大きめのイビキになる。


「……どういうことだ?」

「邪竜様がお眠りの最中に寝言で『喉が渇いた』と仰ってな。そこで私が水を差し上げたところ、いきなり人間の姿に変化されたのだ。これは夢の中でお戯れになっているに違いない――そう確信した私は、この戯れに便乗することにした」

「便乗?」

「私と邪竜様は一心同体。すなわち、邪竜様が人間の姿になる場合は私の姿が最もふさわしい。というわけで、人化のデザインに干渉して私と同じ姿にしたのだ。邪竜様もきっとこの姿が一番しっくりきたに違いない。見るがいい、あの穏やかな寝顔を……」

「あいつはいつもあんな顔で寝てるんじゃないか?」


 確かにレーヴェンディアは安らかな顔で眠っていたが、たぶん本人は人化させられていたことに気付いてすらいないのだろう。


 だが、そうなるとアリアンテには大きな疑問が一つ残った。


「眷属の娘よ」

「なんだ?」

「お前が干渉する前――変化したばかりのレーヴェンディアはどんな姿だったんだ?」


 ふふ、とレーコは不敵に笑った。


「そうか女騎士よ、そんなに知りたいか?」

「まあ、正直にいうとそこそこ気になる」

「そうだな、いいだろう。その正直さに免じて教えてやるとしよう」


 そう言って勿体付けたレーコは、自信満々にこう言った。


「まさしく、この世の帝王としか形容できぬ姿――と言えば分かるな?」


 残念ながら、主観が強すぎてまるでアテにならない証言だった。

 この娘はレーヴェンディアがどんな姿をしていようとこう評価するだろう。


 結局それから今日に至るまで、レーヴェンディアが人間でいえばどんな姿をしていたのか、アリアンテは分からずじまいのままである。

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