新たなる目標
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ニコニコ静画にてコミカライズ公開中です!
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「殺せ……。もうアタシは覚悟できてる」
「主ぃ! どうか諦めないでください! オレが隙を作ります! その間にどうか撤退を!」
「馬鹿言うな。あんただってもう指一本動かせないガラクタ同然じゃないか。いいんだよ、これがアタシみたいな虚しい人形にはお似合いの末路さ……」
操々は既に覚悟を決めてレーコの手にぶら下げられている。
そういえば最初に会ったときはこんな感じの武人っぽさがあった気もする。最近のギャップある言動ですっかり忘れていた。
レーコは一切の光を失った暗黒の瞳で尋ねる。
「あの王都は貴様が作り出したまやかしだったということだな? なぜ、あんな回りくどい真似をした? まさかとは思うが――この私の目をごまかせると思っていたのか?」
「えっ。お主物凄く引っかかってなかった?」
横から話に割り込むタイミングを窺っていたわしは、つい反射的に言葉を漏らしてしまった。
あの結界は、わしとシェイナはともかく、少なくともレーコについては完璧に騙していたはずである。
と、わしから指摘を受けたレーコはだらだらと汗を流し始めた。
「そ、そんなことは、ありません。邪竜様。私は、この魔物が、どんな魂胆か、探って、いたのです……。わざと、泳がせて、いただけ、なのです」
「お主って本当に前から演技だけは下手じゃよね」
がくりとレーコが操々を手放して、地面に四つ足をついた。
どうやら、わしに対してまだ「お遣いは失敗していない」とアピールしようとしていたらしい。
しかし、さすがにこの状況で言い逃れは不可能と判断したようで、素直にわしに頭を下げてくる。
「……申し訳ありませんでした。恥ずべきことですが、完全に担がれておりました。この醜態をどうお詫びすればよいか……」
「いいんじゃよ。わしはね、お主が無事に帰って来てくれればそれでええんじゃから。落ち込まなくてええんじゃよ」
「では、気を取り直してお遣いを再開します。取り急ぎ本物の王都に――」
「いかんよ、失敗は失敗なんじゃから。落ち込んで欲しくはないけど、あんまり安易にリトライするのもどうかと思うよわし」
今にも再出発しようとするレーコの足にすがって、わしは必至に制止する。
レーコは渋々ながらも、おとなしく正座で腰を落ち着ける。
「分かりました。それでは、邪竜様が直接赴くのですね。楽しみでございます、きっとこの魔物が作った結界と同じくらいの饗宴が開かれることでしょう……」
「あ、うん……」
まずい。レーコの期待値は果てしなく上がってしまっている。
ここから本物の王都に行ったとしたら、交渉の場でどんな要求をするか分からない。そうなったらわしは止められる自信がない。今まで止められたことがあんまりないし。
「それなんだけどね、レーコちゃん」
そこでシェイナが話に入ってきた。レーコの肩を叩き、目を瞑って首を振っている。
「実はさ……私たちが結界に閉じ込められている間に、邪竜様は一人で本物の王都にまで行って交渉を済ませてたらしいんだ。だよね、邪竜様?」
察して、という強烈なシェイナの視線。
レーコは、結界の中にいたわしが本体でなく思念体だと思っていた。その認識のズレを利用したデタラメである。
すなわち「本体のわしがもう用件を済ませているのでお遣い不要ですよ」と。
わしは生唾を飲み込んで、その筋書きに乗る。
「そ、そうなんじゃよ。やっぱりまだお主には早いと思っての……わしだけこっそり行って来たの」
「本当ですか!? して、どのような成果が!?」
「う。それはね」
シェイナは口パクで「アドリブ。アドリブ」とわしに告げている。
駐屯地を出発するときに打ち合わせた宝石を国宝と偽る手口は使えない。あの宝石は今、シェイナの手荷物の中だ。
――王都には無害で、しかしレーコを納得させるだけの成果。
わしはもう脳みそがパンクするような思いで、こう言った。
「おっ、美味しい草をたくさん食べさせてもらったよ。わし」
仕方のないことである。これがわしにとって最大のご褒美なのだ。
真っ先に連想されてしまったことを、誰が責められるだろう。
ちなみにシェイナは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。
「く、草。くさ、ですか」
レーコは半ばフリーズしていたが、
「え、ええとねレーコ。わしは王都でそんなにたくさんお金とかが欲しかったわけではないのよ。むしろね『これから仲良くやりましょう』って伝えたいのがメインだったの。だから、美味しい食事を貰っただけで満足だったんじゃよ」
「はっ。そうだったのですか。さすがは邪竜様、人類との同盟関係を重要視しての戦略的判断というわけですね」
わしが後付けでそれっぽいことを言うと、再起動していつも通りの都合のよい解釈を始めた。
よかった、これで一件落着――
と思ったとき、地面に転がっていた操々が急に言葉を発した。
「レーヴェンディア。あんた……アタシの知らない間に王都にも行ってたの? なんだ。いつでも脱出できたんだ。ふふ、馬鹿みたい。あんなに結界に留めようと必死になってたアタシは、さぞ滑稽だったろうね……」
そう言いつつ、地面に穴を掘って首を突っ込もうとしている。
たぶんもう魔力がないので、自ら生き埋めになって自害しようとしているのだ。見かけのわりになんてハードな自害法だろう。
イケメンさんが「主ー!」と叫んでいるが、穴は浅いのでたぶん大丈夫だろう。
「あ、あのね操々さん」
「いいんだ。アタシはもう満足だよ、美味しいって言ってくれたから。その思い出を胸に抱えてここで消滅するよ……」
「その前に一つ尋ねたいんじゃけど、お主ってさ、今でも魔王軍に忠誠を誓っておる?」
「……そうだ! あの眷属め! アタシを都合よく利用して……! あれ? でも、あの眷属とあんたがさっき喧嘩してたみたいだけど」
操々が憤っている対象はさっきの自称眷属だろう。
その分の怒りまでわしに向いては困るので、ちゃんと弁明しておく。
「あの人はわしの眷属を自称してるだけで、本物ではないのよ。わしも困っとるよ」
「ちくしょう! そういうこと!」
操々は悔しそうに地面を叩いた。
「あんたを誘った幹部集会の招待状……。あの眷属野郎に渡してたんだ。毎回欠席だったのは、あいつが握りつぶしてて届いてなかったからなんだね? 本当は来たかったんでしょ? そうなんでしょ? ね、レーヴェンディア……?」
「そ、そうじゃね。お主の料理が食べられる機会じゃったら、行っておったかもしれんね」
ここは悪いけど自称眷属さんに泥をかぶってもらおう。
「やっぱり! なら、あんな偽眷属野郎なんかのいる魔王軍にアタシも未練なんかないよ。そうだ、いっそのことアタシがこれからあんたの眷属に――んぐっ」
またしても増えそうになった自称眷属候補の上に、レーコがぺたんと正座でのしかかる。
「貴様、立場を弁えているのか? 処刑寸前の身でおこがましくも邪竜様の眷属になりたいなどとは……」
「だってほら、レーヴェンディアもアタシのご飯を毎日食べたいって言ってたよね? 毎日作るよ?」
「ふざけるな。邪竜様の御口にお食事を運ぶのは私の役目だ」
わあきゃあとレーコと操々が言い争いを始める。
が、なにやら自害するつもりはなくなったようなので、わしも安心するばかりだった。
まあ、眷属になってもらうつもりはないけれど。
「のう操々さん。眷属にはできんけど――要するにお主は、友達になってくれるならわしとか魔王軍じゃなくても、他の魔物とか人間でもええんじゃろ?」
この期に及んで恥ずかしがっているのか、操々はぎくりと身を強張らせただけで返事をしない。
しかし、別角度から同意があった。
「そうだ。主は仲良くしてくれるなら誰でもいいのだ。邪竜よ、この哀れで孤独な主にどうか慈悲を与えてやってはくれないか」
「そうじゃの……えっとな。わしの友達に、元は魔物で今は神様になっておる子がおるんじゃけど、よければその子を紹介するよ。同じ魔物じゃから仲良くしてくれると思う。あと、その子の町の近くに地下遺跡があっての。そっちにもわりとヒマをしておる神様がおるんじゃ。お主みたいに強い子が遊びに行ってあげればすごく喜ぶと思う」
わしは馴染んだ顔を思い浮かべながらそう言った。
確かに操々は性格上問題があるが、よくよく考えたら今まで会って来た人(と魔物と神)たちもみんな性格上問題があった。
いまさらそれを理由に討伐しようなどとは思わない。
なにより、味方になってくれるなら本当に心強い。
「ふんだ、大きなお世話だよ。アタシはそんな風に哀れまれたってちっとも嬉しくないから……ちなみにどこの町?」
「セーレンっていう農業の町じゃよ。近くの古代遺跡はね、そこから街道沿いに……」
わしは地面に地図を描いて説明する。操々は食い入るように地理関係を暗記している。
「覚えたかの?」
「参考までに。あくまで参考までに覚えた、うん。ありがとうレーヴェンディア」
「聖女様の方は臆病じゃから、ちゃんと自己紹介して敵意がないことをアピールするんじゃよ。そうしないと襲い掛かってくることがあるから」
「聖女ちゃんは臆病……うんうん」
ひとしきり注意事項を聞き終えた操々は、颯爽と立ち上がってわしらに背を向けた。
そして、部下であるイケメンさんにこう言い放つ。
「木偶。アタシはこれから少し一人旅に出るよ……。行き先は言わないから、放っておいて」
「主よ。どこに行くかは見え見えですが、オレは何も言いません。どうかご武運を……」
木の枝を杖にしながらフラフラと歩きだす操々に向かって、わしは一声かける。
「操々さん、達者での。また遊びに行くから、そのときはご馳走をお願いできるかの」
「ふん、気が向けばね……好物は?」
「ん?」
「好物の食材は?」
「ああ。竹の新芽じゃね。生えたてでまだ柔らかめのやつ」
「分かった。気が向けば作ってあげる。来るときは三日前に事前連絡してくれたら準備できるから嬉しい。気が向けば」
「うん、お主の気が向くことを本当に祈っておるよ」
どこかスキップを踏むような調子になって、兎のぬいぐるみは平原を去っていく。
と、シェイナがわしの耳元に寄って来て、
「よかったの邪竜様? あんな簡単に見逃して?」
「まあ、大丈夫じゃろう。きっと根は優しい子じゃよ」
「心配スルナ」
いきなりわしの爪先から声が響いて、わしとシェイナは跳び上がりそうになる。
見れば、力も込めていないのにわしの爪が黒色になっていた。
「その声は――狩神様?」
「アノ魔物キタラ、見張ッテオク。タマニ修行ニモツキアッテモラウ。楽シミ」
「仲良くしてあげての。決してスパルタ指導で怒らせたりせんようにの?」
狩神様と聖女様に任せておけば、たぶん大丈夫だろう。
聖女様の方は多少不安なところもあるが、ペリュドーナに水路が通ったと自慢していたから、アリアンテへの連絡手段もあるはずだ。
「んで、お主はどうするのかの?」
最後にポツンと残ったイケメンさんにわしは尋ねる。
彼は空を仰ぎながら転がっている。
「オレは……そうだな。少し自由に生きてみるのも悪くないかもしれんな」
「ええのう。わしもそうしたいのう」
「ああ……そうだ邪竜よ、少し近くに来てもらえるか」
イケメンさんは上体だけを起こし、近くに寄ったわしの耳元に顔を寄せる
「前にオレが察したとおり、実はお前は弱いという認識でいいんだろう?」
「う。内緒ね? 絶対に誰にも言ってはダメよ?」
「主の命を救ってもらった恩がある。案ずるな、決して他言はしない。だが――ならばなぜ、さっきの偽眷属とやらの攻撃を防げた?」
「わしにも分からないのよ。なんでじゃろう?」
「いい加減だな……」
が、わしの言葉を疑うでもなく、イケメンさんは笑ってゆっくりとまた寝転んだ。
「行け。オレもじきに自己修復が完了する。主と同じく、二度と人は襲わんと誓おう」
「まあお主らについてはあんまり心配しておらんけどね」
それより困るのは「行け」という言葉の方だ。
王都の件は誤魔化せたものの、よく考えたらこの後の行き先はまるで決まっていない。
しかし、今のわしには一つ大きな目標といえるものがあった。
「レーコ。少しこの人形さんを看病しておいてもらえるかの」
「承知いたしました」
特に必要でもなかろうが、レーコにイケメンさんの看病を命じ、わしはシェイナの方に歩み寄る。
「どうかした邪竜様?」
「のうシェイナ。レーコには内緒で、実は相談があるんじゃけど……」
そうしてわしは、わしの本当の素性を包み隠さずすべて話した。
そしてレーコの力については――世界中の人々が抱く『邪竜への恐怖』が源となっているのではないか、と。
「雑草を抜いてもわしに力が向いてくることはなくての……」
「あの雑草抜きにそんな意味があったんだ。うん、そりゃ邪竜の力は来ないよね……」
半ば呆れ、半ば驚愕の表情でシェイナはわしの話を聞き終える。
そしてようやく、わしは聞きたかった本題を切り出す。
「わしはの、レーコを元に戻したいと思っておるのよ。ライオットとも約束したしの。こういう魔力とか魔法について調べられるような場所ってないかの?」
それはたぶんこの旅が始まって以来初の、わしが積極的に目標を掲げた瞬間だった。




