すっかり忘れ去られていた重要事項
【お詫びのお知らせ】
スニーカー文庫版2巻を7月1日発売と告知しておりましたが、諸事情により9月1日に延期となりました。
楽しみにしてくださっていた方には大変申し訳ありません……。
長くお待たせしてしまうこととなりますが、WEBの更新を頑張りますのでどうぞ今後ともよろしくお願いします。
ひとまずの戦闘に決着が付き、わしは疲労に伏せっていた。
腰を落ち着けてから改めて見渡した平原には、やたらと見覚えのある顔ぶれが揃っている。特に、アリアンテとドラドラがいるのは本当に経緯がよく分からなかった。
「本当に心当たりはないんだな?」
「じゃから、ないってば。わしが嘘なんてつくと思う?」
「そうは思わんが……。くそ、厄介なのが増えたな。しかも今度は味方でなく敵ときている」
そのアリアンテは髪をぐしゃぐしゃと掻きながら愚痴を吐いている。どうやら、自称眷属を取り逃がしたことにかなり立腹しているようだった。
「いいか。ともかく、次にあいつが姿を現したらお前が戦えレーヴェンディア。攻撃を無効化できるならお前でも勝ち目はあるだろう」
「えぇ……あんな怖い人とわし戦わなきゃいけないの?」
「それ以外に誰があんなのを止められる。つべこべ言わずに覚悟を決めろ」
「まあ、抱きついて動きを止めるとかなら……できるかのう……」
先のことを思って早くもしょんぼりしたわしの頭を、アリアンテの手刀がトンと叩いた。
叱責のためではなく、あくまで励ますように。
「できるさ。さっき身を挺して眷属の娘をかばったろう。あれは大した勇気だった。まあ結果オーライになっただけで、冷静に考えたら愚策中の愚策ではあったんだが」
「あれはもう反射的に動いただけじゃよ。勇気とかそんなのではないよ」
「私がペリュドーナでお前をタコ殴りにしたとき、お前は腰を抜かしてずっと動けなかった。反射的に動けただけでも、そのときに比べれば立派な進歩だ」
さて、と言ってアリアンテは地面に倒れていたライオットを肩に担いだ。それから、地面に突き刺さった呪いの剣にも手を伸ばす。
「あ! いかんよ! それに触っては操られてしまう!」
しかしわしの制止は間に合わず、アリアンテは柄を握った。
「ハはッ! 馬鹿メ! 今度ハ貴様ヲ乗っとッテヤ……?」
「このアホな小僧と一緒にするな。この程度の呪いに操られるほどヤワな鍛え方はしていない――が、そこそこいい剣だな。うちの町に持ち帰ればいい土産になりそうだ」
「クそォ! 離セ! オレハ力ヲ貸シてやっタんだゾ!」
アリアンテは呪いの剣の主張を無視して、声を封じるように大剣の鞘にぶち込んでしまった。
「この無鉄砲な小僧が起きる前に私たちは帰った方がいいだろう」
「あ、できればお礼を言いたいんじゃけど。ライオットには助けられたからの」
彼にとってわしはレーコの仇にも等しい存在だろうに、脱出を手助けしてくれたのだ。
「ダメだ。意識を取り戻したらこいつは暴れ出すだろうし、そうでなくても眷属の娘を説得にかかるかもしれん。説得されることはまずないだろうが――それでも、さっきの攻防で眷属の娘もそれなりにこいつを友人として見ているのははっきりした。あまり変なことを喋られては、思い込みが揺らいで暴走に繋がる可能性もある。ここで連れ帰るのが得策だ」
「残念じゃの……。じゃあ、目が覚めたら伝えておいて。『いつかレーコは普通の子にする』って」
「そうなってもらわねば困る」
アリアンテは苦笑して頷いた。それから腕を振ってドラドラを呼ぶ。
律儀にやってきた銀のドラゴンは、物凄く怖い顔でわしを睨んでいた。
「あ、あの……それでさっきから気になっておったんじゃけど、なんでこのドラゴンさんがここにおるの? しかもアリアンテと仲がええようじゃし」
「ああこいつか。なんか強くなりたいとかいって私に粘着して来てるんだ。あまりにしつこいから馬代わりに使ってやっている」
わしがビクビクしながら視線に怯えていると、ドラドラはふっと鼻息を吹いた。
「なるほど、これが真の強者の風格というものか。先の『大爪』とやらを傷一つなく防ぐとはな――邪竜レーヴェンディアよ、認めよう。貴様は俺より遥か上の存在だ。しかし、この俺をよく覚えておけ。今は敵わずとも、いつかは貴様にも匹敵する強大な竜として成長しよう。そしてそのときこそ俺は忌まわしきドラドラの名と決別し、真の名を取り戻――」
「えっ。何この人。急に饒舌に語り出したんじゃけど」
「ああ、放っておいていいぞ。そいつ一日に三回くらいは同じこと言うから」
「ええの?」
わしがそっと距離を置いても、ドラドラは気付いた様子もなく決意宣言を続けていた。もしかするとレーコに調教されたあの日、彼は心の大事な何かを壊されてしまったのかもしれない。
とりあえずわしは謝罪に頭をちょっと下げた。
「おいドラドラ。その辺にしろ、飛んで帰るぞ」
「――ああ。分かった」
「じゃあなレーヴェンディア。しかし、本当にいいのか? あのぬいぐるみの魔物はまだ生きているんだろう? こっちで身柄を預かってもいいんだが」
ドラドラの背にライオットを放り乗せたアリアンテは、少し離れたところにいるレーコたちを指さした。
操々はレーコに耳を握られて完璧に拘束されており、もはや立つことも難しそうなイケメンさんはシェイナに見張られている。ちなみに精霊さんはその横でぺたんと座っている。
「あんまり根っこから悪い魔物ではなさそうじゃから。今から説得してみることにするよ、もしかしたらそのドラドラさんと同じように、わしらと友達になってくれるかもしれんしの」
「そうか……。上手くいくことを祈るが、もし失敗したらしっかりその場で始末しろよ。禍根を残すと面倒だ」
「怖いことを言うのう」
あまり想像したくない展開を告げてから、アリアンテはドラドラに離陸を命じた。
銀の翼が平原の草を揺らし、浮き上がった竜の巨体が地に影を落とす。そして空高くの点となり、ペリュドーナの方角へと消えて行った。
「それじゃ、操々さんを説得せんとの。分かってくれるといいんじゃけど……」
しかしそこでわしは、操々の耳を掴むレーコのやたら禍々しいオーラと、シェイナの合図を送るような視線で、忘れ去っていたある重要な懸念を思い出した。
「はぁっ! そういえばレーコに王都が偽物じゃったことを穏便に説明せんと!」
操々の命はもはや風前の灯かもしれなかった。