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もう一人の眷属

【お詫びのお知らせ】

スニーカー文庫版2巻を7月1日発売と告知しておりましたが、諸事情により9月1日に延期となりました。

楽しみにしてくださっていた方には大変申し訳ありません……。


長くお待たせしてしまうこととなりますが、WEBの更新を頑張りますのでどうぞ今後ともよろしくお願いします。


「魔力を込めた爪による斬撃――数多あるレーヴェンディア様の技の中で、最も基礎的なものですね。しかし基礎と侮ってはいけない。むしろ、基礎であるからこそ眷属としての熟練度が最も反映される技ともいえます」


 実際はレーコのオリジナル技でしかない『わしの技』について、自称眷属は滔々と語る。おそらくその場の出任せで言っているのだろう。

 かつてない出力で魔力を短剣に溜めるレーコは、その言葉を受けて鼻で笑った。


「筆頭眷属であるこの私が、その程度の基礎知識を弁えていないとでも思ったか? 心配するな。この一撃で貴様は私の眷属としての完成度を知るだろう」

「果たしてそうなりますかね?」

「なんだと?」


 ムキになったレーコが眉間に皺を寄せる。魔力はさらに高まり、全身に回った黒鱗紋様がさらに濃くなる。


「あなたもレーヴェンディア様の全盛期の『爪』の威力はご存じでしょう。旧代の神の手勢たる千万の軍勢……一騎一騎が人間などとは比べ物にもならぬほど強力な天使どもを、レーヴェンディア様はただの一振りでこの世から消し去ったのです」

「あのときの一撃か……確かにあれは眷属として目指すべき至上の『爪』だな」

「見たところ、あなたの爪はまだその域に及ばない。自覚はおありでしょう?」

「くっ……。確かに、私がまだ遠く邪竜様に及ばないのは事実だ。今の私の一撃は、かつて邪竜様が冥府征伐の際に愚かなる地獄の魔獣を蹴散らした際の威力程度に過ぎない……。邪竜様にとってはあくまで戯れの一撃だ」

「ええ、まったくです。せめて地獄の魔獣の先にいた者――黄泉の深淵王を引き裂いたときの威力は最低でも発揮して欲しいですね」

「うむ。やはりそこが最低ラインか……」


 この会話を黙って聞いていたわしの背を、アリアンテが軽く突く。


「という過去があったらしいが、心当たりはあるか?」

「絶対わしに心当たりがないって知っておるよね。どうしてそんな意地悪を言うの?」

「すまん。つい馬鹿馬鹿しくなって」


 なぜかレーコと自称眷属の話は合っている。いや、というよりも自称眷属がレーコに調子を合わせているのだろう。

 レーコはわしを持ち上げるような内容の話なら、無条件に信じて乗ってしまう癖がある。


 今もなぜか攻撃の方法についてコーチングをしていた。


「己を眷属と思ってはいけません。レーヴェンディア様の一部だと信じるのです。あなたが『爪』を振るうのではない、あなた自身がレーヴェンディア様に振るわれる『爪』です。さあ、まだ威力は上げられるはずですよ」

「……知ったような口を。いいだろう。邪竜様に対する知識の深さを認め、痛みを感じる前に消し去ってやる」


 だが、その口車がもたらすのはレーコの攻撃のさらなる威力上昇だけである。

 既にレーコの短剣には雷雲からの雷が降り注いでおり、ひとたび振られれば平原を地平線まで抉るのは確実と見えた。


 なぜ、こんな無意味な挑発をするのか。

 わしが悩んでいると、アリアンテがしゃがんでわしの耳元にそっと話しかけてきた。


「もしかすると、あの娘を暴走させるのが目的かもしれん。制御できる魔力は以前よりもかなり大きくなっているようだが、あまりに限度を過ぎればまた暴走するだろう」

「えっ。それはいかんよ。この前のでも収めるのにすごく苦労したのに」


 今のレーコはそれよりも遥かに強くなっているのだ。


「まあ、暴走する前にもうすぐブチ切れて攻撃を放つとは思うがな……とりあえずお前は娘の近くに行っておけ。万が一暴走したとき、いつでもタッチして魔力を抑えられるように。そのための制御弁だろ」

「わし制御弁なの?」

「一応褒めているんだぞ。あれを止められるのはお前だけだからな」


 勢いよくアリアンテに背中を押されて、わしはレーコのそばに歩み寄る。

 レーコの中では未だわしは『お遣いを見守る思念体』である。近くに来ても、さしたる関心は見せなかった。


「まだまだ。そうだ。『爪』を放つコツとして、いい逸話を教えましょう。あれはレーヴェンディア様が飽くなき強さを求めて数多の次元を渡り歩いていたとき、偶然に辿り着いた……」

「もういい」


 延々とデマ話を続けていた自称眷属だったが、アリアンテの予想通りにレーコの堪忍袋の緒が切れた。


「お前に説かれるまでもなくその逸話は知っている。いいや、私は眷属となった際に邪竜様のすべてを知識としていただいている。よく考えれば、わざわざ聞くまでもなかった」

「わしはどんな逸話だったのか気になるのう。数多の次元を経てわしはどこに辿り着いたんじゃろ?」

「これは失礼しました。そういえば眷属として知識は与えられるのでしたね、ですが――」


 自称眷属の視線が、またしても舐めるようにわしを向いた気がする。


「知識はあっても、あなたが真のレーヴェンディア様を理解しているか少々疑問に感じたもので」

「疑問の余地などない。私は誰よりも深く邪竜様を理解している――時間稼ぎはここまでだ。もはや貴様の戯言に付き合うつもりはない」


 レーコが片手で掲げていた短剣を、両手で握った。

 いよいよ最大出力で得意技の『竜王の大爪』を放つつもりだ。


「そんなところですか。いいでしょう。撃ってごらんなさい」

「そうするとも。消えろ」


 何の躊躇いもなくレーコは剣を振りぬいた。

 同時に、あらゆるものを呑み込んで消し去る光の奔流が生じる。自称眷属は「まだまだ」などと言っていたが、この世にこれを受けて生きていられる者など存在するはずがない。


 そのはずだった。


「見本はこうですよ。よく覚えておきなさい――『竜王の大爪』」


 自称眷属がそう言ったのは、レーコの斬撃の音の中でなぜかよく聞こえた。

 そして次の瞬間には、自称眷属の手からレーコの斬撃を凌駕する巨大な斬撃が放たれたのだ。


 光の刃が衝突する。

 レーコの刃が打ち消されるのには一瞬もかからなかった。レーコの斬撃を粉々に砕いて、わしらの元に自称眷属の光刃が襲い掛かる。


「レーコ!」


 全力で攻撃を放ったせいか、レーコの姿勢は崩れている。斬撃の軌道から退避はできない。

 いいや、仮に姿勢が整っていても難しかったかもしれない。レーコの目は攻撃を撃ち破られた驚愕に見開かれ、とても退避という冷静な判断ができる状態ではなくなっていた。


 それに、冷静でないのはわしも同じだった。


 何を思ったかわしは、レーコの前に飛び出して手足を目一杯に広げたのだ。

 咄嗟の行動だった。よく考えれば、わしなんかよりレーコの方がずっと頑丈である。しかし身体が勝手に動いたのだ。


「レーヴェンディア!」


 アリアンテが叫ぶ。申し訳ない。後のことは任せた。

 もしレーコがわしの死で暴走したら、どうか止めてあげて欲しい。お主やライオットの声なら届くかもしれんから……


「……ありゃ?」


 レーコの行く末を案じながら目を閉じたわしだったが、意外にも意識は途切れなかった。

 恐る恐る目を開くと、斬撃の跡で目の前の地面までは裂けていたが、わしもレーコもまるで無傷だった。


「え? あれ? 何が起きたの?」

「……邪竜様? 本物の邪竜様ですか?」


 背後からレーコがわしの肩を掴んで揺さぶってきた。


「あ、うん。本物じゃよ。怪我はないレーコ?」

「はい……申し訳ありません。お遣いを任されたというのに、とんだ失態を晒してしまいました。邪竜様に瞬間転移の労をおかけしてしまい……」

「あ、今わしは瞬間移動してきたことになってるのね。了解了解。ところで、あの人の攻撃はどうなったの?」


 わしは身を縮めながら自称眷属に向きなおる。もうこちらを攻撃しようとしてくる様子はない。


「やはり。さすがは邪竜様です。あの攻撃でも、防いだという感触すらないのですね。蚊が触れたほどにも感じないと」

「え? どういうこと?」

「レーヴェンディア!」


 そこで再びアリアンテがわしの名を叫んだ。わしが跳びはねて振り向くと、彼女は凄まじい形相でわしを見据えていた。


「なっ、何じゃの。そんな怖い顔をして」

「本当にあの自称眷属に心当たりはないのか!?」

「ないってば。わしの眷属はレーコだけじゃよ」

「邪竜様、そんなに堂々と言わないでください。照れます」


 呑気に頬を抱えるレーコをよそに、アリアンテは驚くべき言葉を放った。


「あの自称眷属の攻撃は、お前に触れるなり消滅したんだ。どこかの誰かさんの攻撃と、まったく同じようにな」


 わしは弾かれたように自称眷属に向きなおる。

 無言で佇んでいた彼は、わしと、レーコと、それからライオットに一度ずつ視線を送る。


「やはり、一度に纏めてというのは虫が良すぎましたね。今日はこのくらいにしましょう――レーヴェンディア様」

「なっ、何かの」

「私の爪を防いだという自覚すらなく消し去るとは、さすがでございます。私はこれにて魔王軍に帰還いたしますが、忠誠は常にあなたにあることをお忘れなく」

「待っ、お主はいったい」



 わしが正体を尋ねるよりも早く、自称眷属は空間に溶けるように姿を消した。

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