唯一にして最大の活躍
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速い。
黒鱗の紋様を纏ったレーコのスピードは、アリアンテの観察眼をもってしても完璧には捉えられぬほどだった。
かなりの距離を置いて自称眷属と相対していたかと思えば、翼の一振りで瞬間移動のごとく敵の背後に回り込み、短剣や爪の斬撃をこれでもかというほどに喰らわせる。
「また一段と悪質になっているな……」
戦況を眺めつつ、アリアンテは冷や汗を流す。
以前暴走していたときよりもさらに強くなっている。それでいて、自力で制御できているのだからかえって末恐ろしい。
一方で、自称眷属はそのスピードにまるで対応できていない。
レーコを捉えようとする手はことごとくが空を切り、その隙に無数のカウンターを喰らわされている。
これだけ見ているとレーコの圧勝。まるで不安など感じない勝負展開だが、アリアンテはこの状況に危惧を覚えていた。
「あれだけ喰らっていて、なぜ倒れない……?」
今のレーコの放つ攻撃は一撃一撃が必殺の威力だ。仮にドラドラが喰らえば、一発で致命傷になる。
アリアンテが最高のコンディションで全力を出しても、ようやく数発を相殺できるレベルか。
それを、あの自称眷属は数百発と貰ってなお平然としている。
しかもスピードに劣りながらも的確に防戦に徹して、肝心のぬいぐるみは未だ手中に収めたままだ。
「しぶといな」
「そちらこそ、速い上に鋭い。レーヴェンディア様が見込んだのも頷ける素養です」
レーコも怪訝顔である。
実体のない幻――というわけではないだろう。さっきレーコが地面に殴って叩きつけたときは、人型のクレーターができたくらいだ。確実に実体はある。
あの攻撃を確かに喰らった上で、さしたるダメージを受けていないのだ。
「喰らった瞬間に即時治癒しているのか? あるいは、本体が別にいる可能性も……」
いいや。どちらにせよ、今のレーコのスピードに対応できるものではない。
治癒は再生が間に合わず、遠隔操作なら人形を守り切るのが不可能なはずだ。
が、必ずどこかにカラクリはある。
アリアンテはレーコに向かって叫ぶ。
「眷属の娘、攻撃の手を緩めるな! そいつがどんな手段で防いでいるのかは知らんが、いずれ魔力が尽きるはずだ! スタミナ比べになればお前の方が有利だ!」
「分かっている」
少し頬を膨らませてレーコが応じた。あれこれ言われるのが癪なのだろう。
だからアリアンテは一拍置いて告げる。
「おっと、気を悪くしたなら謝ろう――口だけですまんな」
「そうだ。おとなしくしていろ」
鼻を鳴らしたレーコが再び突撃する。
牽制として低威力の光の爪が大量に放たれる。何発かはぬいぐるみに当たったかもしれない。
そしてレーコが拳を握って突撃し――
自称眷属の身に命中しかけた途端、盾のようにぬいぐるみが拳の軌道に据えられた。
「捉えましたよ」
がしり、とレーコの腕が自称眷属に捕まれる。
「あなたのスピードとパワーは確かに驚嘆すべきものです。しかし心が甘い。こんなものに気を取られて、肝心の攻撃時にどうしても手心を加えてしまう。ならば、私でも防御は難しくありません」
「勝ってもいないうちから、つべこべと偉そうな口を利くな」
ここでレーコは、掴まれたのと反対側の空いた腕で、自称眷属の腕を掴み返した。
ちょうど互いの腕を引き合うような形だ。
「動きは止めたぞ。やれ」
「ああ。感謝するぞ」
光の爪が放たれた牽制の際に、アリアンテは大剣を持って走り出していた。
そして今、レーコに片腕を掴まれた自称眷属の背後にいる。
アリアンテが『口だけ』というフレーズを敢えて強調して呟いたのが奇襲の合図だ。
レーコはペリュドーナでの一件から、アリアンテのことをあまり信用していない。信用がないからこそ、言葉の裏を読み取ってくれる――という判断だった。
「自分で斬ってみればカラクリも分かるかもしれんからな!」
振りかぶった大剣を一気に斬り降ろす。
しかし自称眷属は、もう一方の手で刃をいとも容易く受け止めてみせた。
渾身の一振りを防御してなお身じろぎもせず、持っていたぬいぐるみは肩に乗せている。
「これは眷属同士の問題です。部外者は下がっていてもらえますか。この程度の攻撃では興醒めになるだけですので」
「は、やはりそう簡単には斬れんか」
「ええ。おとなしく諦めて――」
「だがこれで両腕が塞がったな。今だ! ぬいぐるみを奪えドラドラ!」
上空から突風が吹く。
翼の羽ばたきと吐息によって巻き起こされた一筋の旋風が、自称眷属の肩からぬいぐるみを奪おうとしていた。
「この俺の風を物盗りごときに使うとはな」
言いつつも、ドラドラは少し愉快そうである。リベンジを企する相手であるレーコに恩を売れるのが嬉しいのかもしれない。
あまり浮かれず真面目にやって欲しい。
ぬいぐるみが浮き、上空に舞い上げられようとしたとき――
「邪魔な風ですね」
自称眷属が上空を仰いだ。そして仮面を付けているにも関わらず、口元から吐息を吹いた。
大して力も入れていない、凡人のため息のような吐息を。
しかしその息は、ドラドラの生み出す風とぶつかりあって拮抗を始めた。
いいや、むしろ自称眷属の吐息の方が、ドラドラの風をじわじわと押し込んでいるくらいだ。
三方向からの攻撃の手がすべて通じない。
奇襲の失敗に歯噛みしかけたアリアンテだったが、
「オレの主をいつまでも玩具のように弄ばないでもらおう」
自称眷属の背に唐突な蹴りが浴びせられた。
今までどんな攻撃も通用しなかった自称眷属が、僅かにではあるが苦悶の声を上げて吹き飛ばされる。
攻撃したのは、謎の長髪の男――気配からしておそらく魔物だ。なぜか既に多大なダメージを負っており、全身の関節から煙を噴き上げている。
「貴様は」
レーコが見知ったように謎の男を見る。上空のドラドラも見覚えがあるかのように唸っていた。
しかし、長髪の男はそれらを相手にもせず一心不乱にぬいぐるみを掲げる。
「主! しっかりしてください! あなたはこんな謀に利用されるような器ではないはずです! 主よ!」
その途端、ぬいぐるみの手前の空間が歪んで、ライオットと変な身なりの少女とレーヴェンディア(小型サイズ)が吐き出されてきた。
長髪の魔物はその三人の下敷きになって潰れた。