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とっておきの友情の証


 想像以上の加速負荷だった。

 おそらく、レーコがわしを飛ばせる際は翼以外に魔力でいろいろと補助してくれていたのだろう。

 わし単体で飛行すると、いつもより遅いスピードでも負荷は倍以上だった。


「なら、最短距離で出口を目指すしかないの……!」


 そう長く続かない。短期決戦が最良だ。

 わしは気を失わないようにぎゅっと歯を食いしばり、結界の空に入った亀裂に向かって舞い上がる。


「させるもんかぁっ! このアタシを舐めたまま逃げられると思うなぁっ!」


 ゴーレムがハエを叩くかのような仕草で、わしを両手に潰そうとしてくる。

 危ない。ここは一旦回避を――いやダメだ。曲がるにしても引き返すにしても、どのみちスピードが大幅に落ちてしまう。そこをまた狙われて終わりだ。


 それに、わしには何度も加速と減速を繰り返す体力はない。


「精霊さん。もしわしが気絶しても、このまま同じ要領でまっすぐね」

「了」


 道行きを精霊さんに任せ、わしは気絶の不安を考えず限界突破の勢いで翼を振るった。

 一瞬で急加速したわしにタイミングを測り損ね、ゴーレムの掌はわしの過ぎ去った中空を叩き轟音を鳴らす。


 が、ゴーレムの迎撃を抜けた先には絶望があった。

 朦朧とする意識の中。わしは、空一面に操々の魔力糸が投網のごとく広がっているのを見た。


「出さない……逃がさない……絶対に……ずっと一緒……」


 目を爛々と赤く輝かせる操々。

 その手が号令のごとく振られるや、魔力の網が全方位からわしらを包み込もうと迫ってきた。


「こっちに任せろ!」


 意外にも、ライオットは急加速の直後だというのにピンピンしていた。

 わしに跨ったまま呪いの剣を振り、迫り来る網に風穴を空けんと真空の斬撃を飛ばす。


 が、相手は魔王軍幹部である。


 斬撃は直撃したものの、糸は一本として斬れなかった。


「くソ! 何ダあのヌイぐるミ、強エじゃねエカ!」

「まだだ! もう一発いくぞ!」


 あの網に包まれたら終わりだ。いいや、操々は魔力糸で斬撃も放てたようだから、あの網も触れただけでバラバラに切り裂かれてしまうかもしれない。

 向こうはこちらを五体満足で生け捕りにしようとは最初から思っていないのだ。


 ライオットが最後の足掻きとでもいうべき斬撃を構えたとき――


 結界全域が大きく揺れた。

 さきほど空に亀裂が走ったときと同じく、外部からの衝撃だった。


 ――レーコだ。


 わしらの脱出のため、外から援護をしてくれているのだ。

 操々の赤い瞳が点滅し、その魔力の大半が結界外への防御に振られる。魔力糸から放たれる光も目に見えて薄くなった。


「うおおっ!」


 ライオットの二発目の斬撃が放たれる。

 レーコの妨害のおかげで強度を弱めた網は、斬撃に切り刻まれてわしらの正面に脱出口を開いた。


「う……くそぉ。待て! 待って! レーヴェンディア!」


 叫ぶ声には悲痛な色が漂っていた。

 レーコの妨害によって力を削がれた操々は、ほんの僅かにふらついていた。それは、今のわしらにとっては脱出に十分な時間だった。


「ごめんの操々さん。わしは行かないと、でも――」


 亀裂が目前に迫る。

 わしの突撃とともにライオットが剣を振り下ろすと、亀裂が砕けて外界への出口を広げていく。


「――外でまたいつかご飯を作ってくれるかの。他意なく、お主のご飯は美味しかったから」


 わしらの身が出口に吸い込まれていく。

 暗闇と赤い月に支配された偽王都から、温かな陽射しの現実世界へと。


「じゃからそのときは、わしと普通の友達になってはくれんかの。もちろん結界に監禁とかはなしでよ。手足を捥ぐのもなしで」


 わしは笑ってそう告げながら、去り際の視線をずっと操々に向けていた。


 この魔物はレーコと同じ雰囲気を感じる。悪ぶってはいるものの、たぶん根っこまで邪悪な存在ではない。

 魔王軍に受け容れられて嬉しかったから、魔王の配下っぽく振る舞っているだけだ。


 そうでなければ、あんな風に他人のことを想って料理なんてしない。きっと、しっかり場を設ければお互いに分かり合うことができるに違いない。


「レーヴェンディア……」


 結界の中の操々は、虚空に向かって手を伸ばしながらわしの名を呟いた。

 それから、諦めたように落ち着いた声色になる。


「そうか、行っちゃうんだね。ううん……アタシ分かってたんだ。あんたみたいな最強の邪竜が、いつまでもアタシのとこにいるはずないって……いつかはこんな別れの日が来ちゃうって」


 操々は戦意をなくしたのか、ガラガラと音を立てて結界が崩落していく。

 ハリボテの建物も、ゴーレムも、無数のマネキンたちもすべて。


「だからさ、レーヴェンディア。アタシの最後のお土産、受け取ってもらえる……? とっておきのがあるんだ……」

「ん? なんじゃの? 貰えるものなら何でも大歓迎じゃよ」


 わしはもうほとんど全身が出口に吸い込まれて、脱出は頭の先っちょだけを残すのみとなっている。(ライオットは吸い込まれ済)

 このタイミングで何かを受け取れるとは思わないが、せめて気持ちだけでも受け取ってあげたい。友達なのだから。



「あんたの脱出に合わせて、現実のアタシの本体が盛大に自爆するから。邪竜でも無傷じゃすまないはず。その傷を見るたびにアタシのことを思い出してね……」



 すぽんっ、とわしの身が現実世界に吸い込まれた。

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