影なる双翼
9月1日にスニーカー文庫から書籍版第2巻が発売予定です!
ほぼ完全書き下ろしの内容となっておりますので、ぜひご覧ください!
(一部、2章で特に好評をいただいたシーンは改稿の上で残してあります)
コミカライズ第1巻も6月13日に発売予定です!
書籍・コミカライズともに特典情報などの詳細は今後活動報告でお知らせしていきますので、どうぞよろしくお願いします。
アリアンテは焦りながら、レーコと自称眷属の戦闘を見守っていた。
自称眷属はぬいぐるみを盾にするつもりのようだったが、レーコは「眷属を志す者の絆うんぬん」と言って、まったく意に介していない。
さっきから短剣を振るっては、ぬいぐるみを巻き込んで光の爪を放ち続けている。
「……まずいな。外から強引に結界を破壊しては、中の連中がどうなるか分からん」
遠方から斬撃を飛ばしていたレーコが、今度は接近戦に打って出る。
地が揺れるほどの踏み込みで一息に相手の懐に飛び込み、短剣を自称眷属の纏う黒布の――左胸の心臓部に突き立てたのだ。
「躊躇なく急所を狙いますね。恐ろしい恐ろしい」
が、自称眷属は胸を貫かれてなお飄々としていた。
それどころか、攻撃が成功したことで一瞬の隙を作っていたレーコに、反撃の蹴りすら見舞ってみせた。
レーコは片腕で蹴りをガードしたものの、勢いまでは殺せず後方に吹き飛ばされる。
「……貴様、何者だ」
「だから何度も言っているでしょう。あなたと同じく、レーヴェンディア様の眷属ですよ」
着地したレーコは、明らかな警戒を目に浮かべている。
アリアンテと戦ったときとは違い、今は特に魔力も消耗していない。この状況のレーコと互角に戦えた者は今まで存在しなかったに違いない。
「私は眷属同士で争うことを望みません。仲違いの結果、我らのうちどちらかが喪われでもすれば、レーヴェンディア様は悲しみになられるでしょう。どうです? 刃を収めるつもりはありませんか?」
「そんな戯言を聞くつもりはない」
「おや。やはり、このぬいぐるみの中のご友人が気になりますか?」
そんなわけがあるか、とレーコは即答。
「ただ単に、貴様の言葉が噓臭くてたまらないだけだ。上っ面こそ眷属ぶっているが、邪竜様への敬意というものがまるで感じられない。貴様は――邪竜様の御心を何も理解していない」
「あいつの心を理解していないのはどっちもどっちだと思うが」
ついアリアンテは本音をこぼしたが、相変わらずレーコはスルーした。
しかし、自称眷属の言動が胡散臭いというのにはアリアンテも同意だった。レーコは独自解釈で暴走こそするものの、レーヴェンディアを慕っていることは常に感じられる。
この自称眷属からは、それがまったく感じられないのだ。
「貴様のような不届き者は、ここで確実に消す」
レーコが再び短剣を振るい、空中に無数の光の爪を出現させた。
まずい。あの無差別な範囲攻撃は、ぬいぐるみを容赦なく巻き込んでしまう。
「仕方ない――隙を突いてぬいぐるみを攫うしかないな」
アリアンテは大剣を地面に突き刺し、手甲の拳を打ち鳴らす。
自称眷属がレーコに注意を向けている間ならば、ひったくる程度のことはできるかもしれない。
「切り刻め」
レーコが無数の斬撃を自称眷属に向かって飛ばす。
この攻撃だけはぬいぐるみの魔物に耐えてもらうしかない。迂闊に飛び込めばアリアンテも巻き添えだ。
斬撃の掃射が止むのを焦れる思いで待ち――
――そこでアリアンテは気付いた。
「あいつめ」
そして笑う。レーコの真意に気付いたからだ。
よく考えてみれば、派手な大技を好むレーコが、あんな風に小さい爪の刃を飛ばすだけというのは最初から違和感があった。
「……これは」
光の刃を受け切り、なお無傷で姿を現した自称眷属だったが、その声にはやや動揺が混じっている。アリアンテと同じことに気付いたためだろう。
ぬいぐるみを覆う防御の魔力光に亀裂が生じていたのだ。
破壊してしまわないギリギリに威力と狙いを調整された――レーコの斬撃によって。
「ライオット。結界の殻は削ってやった。邪竜様の御膝下を目指す覚悟があるなら、後は自力でどうにかするがいい」
「……ご友人を助けるつもりはなかったのでは?」
「貴様を倒すのに足手纏いとなるならばな」
「つまり、助ける片手間でも十分に私を倒せると? それはずいぶんと自信過剰では――」
レーコを中心にして凄まじい風圧が起こった。
手足に鱗のごとき黒い紋様が走り、手先の爪は鋭く尖り、背中からは禍々しい黒の翼が生える。
以前の暴走と似ているが、目には確かな理性の光が残っている。
「自信過剰? 侮るな。邪竜様の眷属であるこの私に、できないことは何一つない」
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結界の内部。
偽王都の空には、爪の跡のような亀裂がはっきりと浮かんでいる。
ライオットは怪訝な顔で空を仰ぎ、
「なんだあれ……?」
「たぶんレーコじゃよ。わしらを助けようと、外から頑張ってくれておるんだと思う」
「くそ。俺が不甲斐ないばっかりに、レーコにまたあんな力を使わせるなんて……」
ライオットは口惜しげに歯噛みしている。
ライオットの不甲斐なさとレーコの豪傑っぷりは別に関係ないと思うが、ここは忙しいのでもうスルーといきたい。
「イチかバチかじゃけど、あの亀裂に全力で突っ込めば結界を破って外に出られるかもしれんのう。レーコが脱出したときも、あんな感じのヒビ割れができとったし」
「そうか! じゃあ早速飛び込もうぜ!」
ぴょん、ライオットがわしの背に飛び乗る。精霊さんとの二人乗り状態である。
「あの、なんでわしに乗るの?」
「飛べるだろ? 村を出たときも飛んでたし」
「あー……。うんとね、複雑な事情があって今はわし飛べないのよ」
肝心の翼を担当するレーコがいない。
「えっ。じゃあどうやって空から脱出するんだ?」
「あのゴーレムの身体を駆けあがってジャンプとか……無理じゃよなあ」
途中で「ぺちっ」と叩き潰されるのが落ちだ。
レーコも結界にヒビを入れてくれるなら、もう少し突入しやすい場所にしてくれればよかったのに。
そうこうしているうちに、操々の手によって亀裂はどんどん修復されていく。しかも、ゴーレムも再び機動を始めた。
「ふふふ……無粋な邪魔が入ったみたいだけど、よかった。出て行かないでくれるんだね。ずっと一緒……そう、ここでずっと一緒に暮らそうね……?」
ゴーレムの巨大な手が開かれ、わしらを鷲掴みにしようと迫って来る。
向こうは捕まえるだけのつもりだろうが、あんな巨体にそんなことをされたら一瞬でこちらは握りつぶされてしまう。
「きゃぁあ――っ! こっち来ないでぇ――っ!」
わしはゴーレムの掌に背中を向けて全力で逃げる。
このあまりにも情けない悲鳴を聞いたライオットは、
「そこまで迫真の演技で弱そうなフリをするなんて……。何か策があるんだなレーヴェンディア?」
「お主もお主でたいがいポジティブ過ぎない? あの村ってポジティブな人が多い村なの?」
わしらに向けて伸ばされるゴーレムの掌が赤い月明りを遮り、辺り一面に真っ暗な影が落ちる。
必死にスピードを上げるが、膝がガクガクと笑い始めてもうこれ以上は――
「はっ! そういえば精霊さんの力を使っておらんかった! スピードアップして!」
「了」
ぎゅん、とわしの速度が一気に上がる。掌の捕捉範囲からギリギリ逃れ――いや、指先がまだ届いてしまう。
「任せろ! 頼んだぞ剣!」
「おウ」
わしの背の上で、ライオットが振り向きざまに剣を薙ぐ。鋭い斬撃は真空の刃となって、ゴーレムの指先を斬り落とした。
もはやギリギリである。切り札の精霊さんと呪いの剣をもってしても、わずかに命を伸ばしただけだ。
――しかし、まだわしは死ねない。
正直、5000年も生きてきたから心残りはあんまりない。だが、今のわしの肩にはレーコという爆弾が乗っている。この爆弾が炸裂すれば全人類が亡ぶ。もはやわしが勝手に諦めていい命ではない。
「わしもそろそろ諦め癖を治さんといかんの……」
ライオットはレーコを取り戻すために頑張っていると聞く。呪いの剣の負荷に耐えているのもその修行あってこそだろう。
そしてわしも、これまでレーコと旅をしてきて――少しは成長したと思う。
「ライオット! しっかり掴まっててくれるかの!」
「おう! 何かするんだな!?」
「うん。わし史上最大のチャレンジをな――精霊さん! わしが黒爪を変形させるから、それにうんと力を注いどくれ!」
狩神様にかつて言われたとおり、わしに武器を作る才能はない。
とにかく頭が逃げか守りかの二択なのだ。
しかしそれは、逆にいえば逃げるための道具ならそこそこ才能があるということだ。
再び体勢を立て直したゴーレムの掌がわしらに迫る。今度は狙いを外さぬよう、正確にわしらのスピードを見極めている。
わしは逃げながら、記憶の中からある言葉を探して呟く。
「夜の帳がなんとかかんとかで……ええと、なんとかの風を吹かせるじゃろう……」
「何言ってるんだレーヴェンディア?」
「レーコがね、わしを始めて飛ばせたときにこう言ったのよ。わしもだんだん、最近は慣れてきたところでな」
もう、飛ぶことはあんまり怖くない。
そして今は黒爪の力を最大限に発揮してくれる精霊さんがいる。
だから。
ゴーレムの掌が砂塵を巻き上げて地を叩いた。
走っていたわしらを完璧に捉えるタイミングで。
だが、間一髪でわしらはその窮地を脱していた。
「なんだよ、やっぱり飛べるんじゃねえか。人をからかいやがって――なんで泣いてるんだ?」
「うう……よかった。成功して本当によかった……。わし頑張った。頑張ったよわし……」
「おい? 涙拭けよ。大丈夫か? どこか怪我でもしたのか?」
レーコ的にいうなら『影なる双翼』――それを黒爪で疑似再現したわしは、羽ばたいて偽王都の空に舞い上がっていた。




