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わしの屍を越えていけ

9月1日にスニーカー文庫から書籍版第2巻が発売予定です!

ほぼ完全書き下ろしの内容となっておりますので、ぜひご覧ください!

(一部、2章で特に好評をいただいたシーンは改稿の上で残してあります)


コミカライズ第1巻も6月13日に発売予定です!


書籍・コミカライズともに特典情報などの詳細は今後活動報告でお知らせしていきますので、どうぞよろしくお願いします。


 偽王都の中をひたすらに駆け回る。

 脱出のアテはもはや消えた。今はとにかく時間を稼ぎ、外部からの助けを待つだけという絶望的な状況である。

 これなら、操々に飼い殺しにされていた方が数万倍もよかった。


「全面的わしが悪かったです! お願いだからもう一度だけお主とやり直すチャンスをください!」

「だから許すって言ってるよねレーヴェンディア……? そんなに卑屈にならないでよ、まるでアタシが悪いことをしてるみたいじゃない……」

「嘘じゃあ! 許すなら手足が云々なんて言わないもん! 絶対めちゃくちゃ怒っとるもん!」

「もうレーヴェンディアったら心配性なんだから。本当にアタシは全然怒ってないよ? だって、怒ってたら手足だけじゃ済まさないから……手足だけで済むのはアタシが怒ってない証拠だから……」


 操々は偽王都の上空に浮かび、怒りのオーラを滾らせながらわしら見下ろしている。

 太陽の上る日中だった景色は、結界の主の心境を反映するかのようにドス黒い夜闇となり、血に染まったように真っ赤な月だけが偽王都を照らしている。


 エキストラで配置されていた人形たちは、既に顔も衣服も消え去った白一色のマネキンに変貌して、集団でわしを追いかけ回してきている。


「レーヴェンディアも本当はアタシのことが好きなんだよね? アタシが嫌いなら、結界なんか破ってすぐ出ていっちゃうもんね? もう、素直じゃないんだから……」

「そ、そうじゃね! これはお主との軽いじゃれあいというか、冗談みたいなもんじゃね! 本気で出ていくつもりなんてないから!」

「やっぱり……。じゃあ、アタシの人形たちに捕まって? 迎賓館までしっかりエスコートしてあげる……」


 わしはチラリと背後の人形たちを振り返る。

 剣とか斧とかを担いで、どう見てもわしに対して凶行を働く気満々の装いだった。


「精霊さん! 絶対捕まっちゃダメじゃよ! できる限りわしを走らせ続けて!」

「了」


 わしのスピードはもはや気を失う寸前まで速まっている。

 しかし、上空にいる操々は魔力の糸で偽王都のハリボテ建物を吊り上げて移動させ、わしの退路を的確に塞いでくる。

 今はまだ別の路地に逃げ込むことで凌げているが、じきに逃げ道を完全に失くされて人形に包囲される。


「でもまあ、糸で直接わしを狙ってこないのが不幸中の幸いかの……」


 向こうが本気を出してわしを直接狙ってくれば、精霊さんのサポートがあったとしても、数秒でわしは捕縛されるだろう。

 それをしてこないのはたぶん、操々の方も「邪竜レーヴェンディアが本気で脱出しようとすること」を警戒しているからだ。


 つまり、互いの本気を隠した探り合いの状態といっていい。

 わしは実のところ、今現在がマックスの本気ではあるけれど。


 そんなことを考えて大通りを逃げていたら、またしても建物の瓦礫で正面を塞がれた。脇道はなく、背後にはマネキンたちの群れ。


「ジャンプ! 瓦礫跳び越えて!」

「了」


 黒爪がバネのような形に変形し、瞬時のタメをもって一気に跳躍する。

 これで背後のマネキンたちは瓦礫に遮られて追ってこれない。一石二鳥の妙手――


 と思ったのが間違いだった。


 跳び越えた瓦礫の先には、うじゃうじゃと武器を持ったマネキンたちが集結していた。

 わしの着地を狙って、既に剣や斧を振りかぶっている。


「あっ」


 これはいけない。

 頭の中が真っ白になり、何もできないままわしはマネキンたちの中に落下していく。


「って、いかん! 精霊さん、あの中に落ちてはダメ!」


 そう命令すると同時、わしの黒爪が再び変形して真っ直ぐに伸びた。

 形を喩えるなら、とてつもない長さの高下駄といえばいいだろうか。


 柱のように地面まで伸びた四本の爪に支えられ、わしはぽつんと四足で立ち竦む。


「あの……精霊さん? これは」

「山落ちぬ」

「落ちなかったけどね。できればこんな危険地帯で足を止めないで欲しかったなあ。あ、そうじゃ。このまま歩けるかの」


 わしは恐る恐る前脚を踏み出して、棒歩きの曲芸師みたいに前進しようとしたが、一歩目でバランスを崩しかけたので慌てて硬直姿勢に戻った。

 このマネキンの群れの中で転倒したら、一気になます切りである。


「うう、どうしようかの。ここから逃げる方法は――ってんぎゃあっ!」


 いきなり足元が大きく揺れた。

 見れば、マネキンたちが斧を振るってわしの黒爪の柱を切り倒そうとしていた。


「負けないで精霊さん! 頑丈にして、あと揺れないように地面にまで根っこ張って!」

「了」


 効果は覿面。少なくとも揺れは収まったし、斧でも少しずつしか削られていないようである。

 しかし、このままでは完全にジリ貧だ。


「……ん? ここは?」


 しかもその上、背中で絶望的な目覚めの声がした。

 ライオットである。


「う、動いてはいかん! 変に動いてしまったら落ちてしまうでの!」


 今までは黒爪の鉤で引っかけていたが、この棒立ち状態になってからは鉤がなくなっている。

 寝返り一つでマネキンたちの中に落下コースである。


 動きかけていた気配はぴたりと止んだが、かわりにわしの背を探るように掌が当てられる。


「……レーヴェンディア?」

「うう。違うんじゃよライオット……わしはレーヴェンディアとかいう邪竜ではないんじゃよ……。レーコのことはいつかちゃんと人里に戻すつもりじゃから、お願いだから今はわしを信じてくれんかの」


 ここで少しでも暴れられたら、わしはバランスを崩して転んでしまう。そうなればお終いだ。


「レーコを戻すって……そんなこと言えるのは、あいつを攫っていった邪竜しかいないだろ」

「確かにわしはレーコと一緒に旅しておるけどね。邪竜ではないのよ。というか、旅の主体はあの子なわけで……」


 わしが涙を流すのを見て、ライオットは訝るように唸った。


「あのな、またその――全部レーコの思い込みだっていう話か? 村でも聞いたけど、信じられねえよ」

「じゃよね。わしだって未だに夢かと思ってるもん」

「でも、一つだけ答えてくれ」


 急にライオットの声から敵意が薄れた。


「なんで、さっき俺が起きたときに『動くな』って注意した? 邪竜なら人間の命なんてどうでもいいはずだろ? っていうか、よく見たらなんだこの状況。なんでお前、魔物に襲われてるんだ?」

「だから何度も言っとるじゃろう。わしは臆病だから、近くで誰かが死んじゃうなんて絶対に嫌なのよ。そんで、魔物を追っ払う力もないのよ」


 ついでに、今の状況も簡潔に説明する。魔物の結界に閉じ込められて、レーコたちは既に脱出して助けも望めない――と。

 考え込むようにライオットは沈黙する。そして、静かにこう発した。


「分かった、お前……なぜかは分からないけど、一時的に弱くなってるんだな? 身体もずいぶん小さくなってるし、まるで怖くねえし。だから善良なフリをして戦いを避けてる、と」

「惜しいけど違うのう。大きくても強さは据え置きなんじゃよ」


 わしが嘆くのをよそに、ライオットはぎゅっとこちらの角を握った。


「俺もだ。今すぐ戦うつもりはない。いくら弱ってても、邪竜相手に戦って勝てるなんて自惚れちゃいない。それにレーコを元に戻す前にこんなところで死なれちゃ元も子もないからな。俺はお前を殺したいんじゃなくて、レーコを連れて帰りたいだけなんだ」


 だから約束してくれ、とライオットは繋ぐ。


「役に立つかは分からないけど、俺もこの場を切り抜けるのに協力する。その代わり、絶対にレーコを解放すると約束しろ」

「もちろんじゃよ。わしは最初からそのつもりじゃよ」


 一も二もなくわしは頷いた。

 今すぐとは約束できない。しかしいずれは絶対にレーコを元の人間らしい生活に戻すつもりだ。


「でも、よく考えたらお主ってあのマネキンたちどうにかできる?」

「囮になるくらいならなんとか……。刃物を持ったヤバい連中に追いかけ回されるのは最近よくやってるしな」

「お主? さらっと言ったけどその扱いは人道的に尋常ではないよ? 出るところに出たら問題になる案件じゃよ?」

「といっても、本当にそれくらいしかできないんだ。戦い方の稽古なんかまだ付けてもらってないしな――そうだ。あの剣は」


 ライオットが呟いた瞬間だった。

 わしらの眼前に、いきなり例の鉄剣が瞬間移動してきたのだ。

 今すぐ手に握られるのを待つかのように、ふわふわと空中に浮いて待機している。


「ライオット。お主、さっきその剣に乗っ取られたのを忘れておらん?」

「覚えてるよ。持った瞬間、ドス黒い殺意に呑まれて目の前が真っ暗になった」

「じゃあこの剣は無視していく方針ということでええかの?」

「いいや、待ってくれレーヴェンディア。俺もお前も今はロクに戦えないなら、この剣は魔物に対抗できる唯一の手段じゃないか?」


 そんな無茶な。あまりにもリスキーすぎる。

 さっきは操々がラビットパンチで呪いを解除してくれたが、今度同じ事態になればわしは斬殺され、ライオットも呪われたまま正気に戻れなくなる。


「一回呪われたから分かる、こいつは俺の中の殺意を増幅させて乗っ取ろうとしてるんだ。でも、今の俺はお前を殺そうなんて思っちゃいない。ただレーコを助けたいだけだ」

「本当かの? もしダメだったらわし無防備に背中から斬られるんじゃよ?」

「俺を信じてくれレーヴェンディア。俺は絶対にこいつを制御してみせる……!」

「わしのことも信じてくれたら互いに信じあうのもやぶさかではなかったけどね」


 しかし、ライオットは既にかなりテンションを上げているようで、わしの話をあんまり聞いていなかった。

 たぶん、ついさっき呪われた影響が残っててまだちょっとハイなのだろう。

 切実に正気になって欲しい。


「いくぜ! 俺が魔物をこの剣で追い払うから、その隙にこの包囲から脱出してくれ――!」

「あっ! ちょっと待ってまだわしその作戦に同意しておらんよ!」


 そして、空中に浮かぶ剣がライオットの手に握られた瞬間。


「ヒャッハァ――!! コノ小僧ノ身体ハ貰ッタァ――!!」


 この即落ちである。

 完全に予想されていた最悪の展開が訪れてしまった。

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