早すぎた決断
9月1日にスニーカー文庫から書籍版第2巻が発売予定です!
ほぼ完全書き下ろしの内容となっておりますので、ぜひご覧ください!
(一部、2章で特に好評をいただいたシーンは改稿の上で残してあります)
コミカライズ第1巻も6月13日に発売予定です!
書籍・コミカライズともに特典情報などの詳細は今後活動報告でお知らせしていきますので、どうぞよろしくお願いします。
うさぎのぬいぐるみ――操々は、その両手に魔力を宿らせて、わしの身体を執拗に何度も拳で叩いていた。
もちろんわしは逃走も抵抗もできぬまま、ひたすら慈悲を乞いつつ蹲り続けている。
「ダメじゃ。これ以上は本当にもうダメじゃ……」
「どうレーヴェンディア? もう外に出たいなんて言わないよね? ずっと一緒だよね……?」
「うう、やめとくれ。お願いじゃからもうやめとくれ……」
「ダーメ。永遠にここにいるって誓わない限りやめてあげない。えいっ」
「ああっ」
ぽんっ、と操々の拳がわしの身体に触れるたび、的確にツボが刺激されて疲労が抜けていく。
レーコと出会って村を旅立ってから、今日この日に至るまでの疲れがまるで溶けていくかのようだった。
なんて巧妙なのだ。早くこの結界を出ねばならないのに、一押しされるごとにとてつもない睡魔がわしを襲ってくる。
「ほらほら。美味しいご飯も毎日作ってあげるし、疲れたらこうやってマッサージもしてあげる。さっきの金髪のガキみたいに変な敵が来たら、一発で追い払ってあげる。どう? もうここを出ていく理由なんてないよね……?」
「うぅ。そうしたいよ。わしだって正直そうしたいもん……」
はらはらとわしの目から涙が零れる。
はっきりいって、わしはこの提案に対しなんら拒否感を抱いていなかった。食事付きで飼ってもらえるなら最高の待遇である。
重すぎる友情のプレッシャーを除けば、環境は洞窟暮らしよりも上等なくらいだ。
どうせここで足掻いてもわしの力でここを脱出できるわけはないのだ。
ならば、ここは操々の甘言に従って悠々自適に過ごすのもアリかもしれない。
「くっ……いかん。誘惑に負けるなわし。あ、操々さん。今度は肩の付け根のあたりをお願いしてええかの?」
「はいはい。強めがいい? 弱めがいい?」
「やや強いくらいで頼めるかの」
「はーい」
ポコポコと心地よい打撃が肩に染み渡り、とうとうわしは四足立ちから、全身を伏せた姿勢に移行してしまう。
これが魔王軍幹部の真の力。
わしが強い心で抗おうとしても、その上を軽々と越えてくる。
すまないレーコ、そして今まで助けてくれたみんな。どうやらわしはここまでのようである。
「無念じゃのう。敗北してしまうなんて本当に無念じゃのう。でも魔王軍幹部が相手なら仕方ないのう」
「あ、レーヴェンディアったらヨダレ垂らしてる。みっともないんだ、うふふ」
「わしったらもうダメじゃのう。完敗じゃよあはは――んぎゃあっ!」
その瞬間、わしは背中の操々を振り払ってその場に跳び上がった。
心地よいまどろみの中で、いきなり尻尾に激痛が走ったのだ。
「いだだだ。何が、いったい何が起きたんじゃな」
ガジリ、と。
存在感が薄くほとんど動かないため、すっかり忘れられていた精霊さんが、久しぶりにわしの尻尾をかじっていた。
「お、お主。離してくれんかの? 痛いって」
「無事に帰る」
「ん? あ、それってシェイナの伝言? いやまあ、わしもそうしたいのは山々なんじゃけど、ここからは抜け出せんって。助けを待つしかないよ。だからお願い噛むのやめて」
わしが必死にお願いすると、精霊さんは歯を放してぺたんと座り込んだ。さすがにしばらく一緒に過ごしたおかげか、言うことは聞いてくれる程度にはこちらに慣れたようである。
「レーヴェンディア……? その小っさいのは――なんだ、アタシが人形に閉じ込めた精霊か」
「あっ、そうじゃ。お主を友達と見込んで聞きたいんじゃけど、この精霊さんはどうやったら元に戻るのかの?」
「アタシの人形内部の結界封印は、そんなに頑丈じゃないから。この精霊くらいの魔力があれば、人形の殻を破壊して自力で抜けられるよ。ただ単に本人があんまり戻る気がないんでしょ。精霊ってそんなもんだよ」
わしは静かに精霊さんを向いた。
「そうなのお主? その気になれば山の姿に戻れるの?」
「ありのままに」
「最初からそう言って欲しかったのう」
それなら、わざわざ四苦八苦する必要もなかった。
わしらは「戻さねば」という危機感があったが、精霊さんはたぶん自分の姿形がわりとどうでもよかったのだろう。
よくよく考えれば、最初から万事についてどうでもよさそうなスタンスではあったけれど。
――待て。
この精霊くらいの力があれば、結界を抜け出せる?
操々は確かにそう言った。
おそらく、操々は邪竜であるわしならいつでもこの結界を壊せると思っているのだろう。だから、自分のした発言の迂闊さに気付いていない。
しかし落ち着け。ここでわしが無理をしたところで、やられるのがオチではないのか。
そんな愚策よりも、操々にわざと懐柔されたフリをしつつここで穏やかな日々を過ごす方が――
「さあ、レーヴェンディア。それじゃあ肩叩きの続きをしてあげよっか……」
和やかな声色でわしの元に戻ってこようとした操々が、一歩目でその動きを止める。
「……何のつもり? レーヴェンディア?」
わしが精霊さんを背に乗せ、そこから供給される魔力で狩神様の黒爪を作動させていたからである。
「わしはの、ここの心地よさについ現実逃避しておったよ。レーコが助けに来るなら、きっと外に出てすぐ戻ってくると思うんじゃ。それがすぐ戻ってこないということは――たぶん外ではまたロクでもないことになっておるんじゃろうな」
たとえばレーコは結界の中にいるこのわしを、本人ではなく思念体と思っていた。だから助ける必要がないと判断することはあり得る。
ライオットについても似たようなものだ。彼はどこからか侵入してきたのだから、帰りの手段も自前で持っていると考えても不思議ではない。
精霊さんは――レーコはあんまり気にしていないだろう。
もしかすると、シェイナの制止を振り切っていまごろ本物の王都に向かおうとしているかもしれない。そこでレーコがどんな問題を起こすか。
そして最終的にわしの本体が駐屯地にいないと知ったとき――操々の結界の中で無様に囚われ続けていたと知ったとき、どんな反応を起こすか。
「そう。アタシとやり合うつもりなんだ、レーヴェンディア」
「戦うつもりはないでな。わしはただ外に出たいだけよ」
「どうして? この結界の中がそんなに不満?」
「いいや。わしはこんなに居心地がいい場所は初めてじゃし、できればずっと過ごしたいと心から思っておるよ」
でも、とわしは繋ぐ。
「それ以上にレーコが心配での。あの子は強いけど、やっぱりまだ子供じゃからの」
そう言って、わしは黒爪を逃走に特化した蹄のような形に変化させる。
「精霊さん! ライオットを拾ってわしを全力疾走させとくれ!」
「了」
爪の一本が鉤のように伸びて、未だ気絶しているライオットを引っ掻けてわしの背に乗せた。
重みを感じるのとほぼ同時に、わしの脚が精霊さんの力で動かされて迎賓館の廊下へと一気に駆け出していく。
「精霊さん! どうやったら結界を破れるか教えてくれるかの!?」
「山戻る」
ん?
走りながらわしは首を傾げた。
「あの、山戻るってどういうこと? その姿じゃなくて本当の山のサイズにまで戻るの?」
「山高かれば殻破るる」
「そういう力技なの? なんかこう……レーコみたいに攻撃で壊すんじゃなくて、サイズオーバーで壊す感じなの?」
「然り」
どうしよう。こんなところで精霊さんに巨大化されては、わしも下敷きである。
かといって、精霊さんを置き去りにしてから安全な距離まで退避するのも無理だ。魔力のサポートがなくなればわしなど数秒で捕まる。
見切り発車を悔やんだわしは、足に急ブレーキをかけてその場で声を上げる。
「そ、操々さん! やっぱりさっきの啖呵はなかったことにしてもらえるかの? やっぱりわし、もう少しここでのんびりしていたくなったっていうか……」
冷や汗を流し始めたわしに、どこからともなく絶望的な声が響いてくる。
『いいよ……。もちろんだよレーヴェンディア……。許すよ、アタシたち友達だもんね……。でも、今度は二度と逃げたりしないように、手足を捥がせてもらうけどいいよね……? 大丈夫。痛くしないから……』
わしは泣きながら全力疾走を再開した。
この話が5月19日の更新分になります(日付回って朝になりましたが)
20日分は夜以降にもう1話更新予定です




