美しい絆の力
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この状況で心配すべきはむしろ、ライオットよりもレーヴェンディアの方だった。
ライオットも戦闘力はほとんど皆無といっていいが、それでもレーヴェンディアの弱さは尋常ではない。いざライオットが襲い掛かれば、あっけなく殺されてしまう可能性もある。
アリアンテは自称眷属の仮面に向かって大剣を構える。
「そのぬいぐるみを渡せ。さもなくば貴様を斬り伏せる」
「いいのですか? ペリュドーナの女傑・アリアンテさん。この中にはあなたの弟子が閉じ込められているのですよ? あまり軽率に荒事に及んでは、中身の無事が保証できませんが」
「いや、言ってみただけだ。一瞬だけ貴様の気を逸らせられれば、それで充分だからな」
無駄に戦いを長引かせればぬいぐるみ――ひいてはその中身に被害が及ぶことなどとうに想定済だ。そしてアリアンテは魔王軍幹部を一撃で屠るほどの火力は持ち合わせていない。
だから、敵の注意を一瞬だけこちらに引き付けて、一撃必殺の本命は別のところに期待した。
「この不届きな偽物め。邪竜様の眷属は私ただ一人」
レーコだ。
間合いを詰めるスピードはほとんど瞬間移動といっていい。自称眷属の懐に入り、既に腕を振りかぶっている。
仮面にレーコの拳が炸裂した。
空中に吹き飛ばしてはぬいぐるみもどこかへ行ってしまう。それを計算してか、レーコの拳は地面に向けて叩き落とす一撃である。
これに対し、自称眷属は防御も何もできなかった。
無防備なまま、受け身もできずに地面に叩きつけられ――
――その結果、人型のクレーターが地面にぽっかりと空いた。
「勝った。あまりにも軟弱。この程度の者が邪竜様の眷属であるはずがない」
一発で勝負を決めたレーコは、ふんと鼻を鳴らして拳を掲げた。なかなか怒っていたようである。
自称眷属は、この常識外れの娘の前で、決して騙ってはいけない身分を騙ってしまった。
「さあ、ついでにライオットを出してやろう。ぬいぐるみは……」
クレーターを覗き込んだレーコは、いきなり沈黙した。
「初対面の同僚に対していきなりな挨拶ではありませんか。やれ、あなたはレーヴェンディア様の凶暴性を強く引き継いでしまったのでしょうか」
アリアンテたちの背後から声がした。
振り向けば、クレーターとはまるで正反対の方角に自称眷属が悠遊と立っていた。
「いつの間に逃げた……?」
蒼い瞳に怒りを燃やして、レーコが短剣を鞘から抜いた。
ドラドラも臨戦態勢とばかりに翼を広げたが、アリアンテがその前に腕を出して制止する。
「お前は手を出すな。攻撃が大雑把だからぬいぐるみを巻き込む。上空から奴が逃走しないよう見張っていろ」
「……分かった」
そう言ったものの、実際の理由はレーコの足手纏いにしかならないからだ。
ドラドラもおそらくそれを察しているのだろう。どこか悔しそうに顔を歪ませながら、上空に羽ばたいていった。
アリアンテも大剣を肩に担ぎつつ、脇に立つ将官の娘に話しかけた――確か、シェイナという名だったか。
「お前は失踪していたシェイナという娘か?」
「そ、そうです。えっと……今これどうなってるんですか? 誰が敵で誰が味方?」
「敵はあの仮面の自称眷属だけだ。私も上のドラゴンもレーヴェンディアの知り合いだ、味方といっていい」
「ああ、邪竜様の……」
シェイナという娘が呟いた「邪竜様」という言葉の気安いトーンにアリアンテはだいたい察する。この微妙に舐められている感からして、あのポンコツ竜はまた自身の弱さを暴露してしまったらしい。
アリアンテはシェイナの手を引いて戦線を下がる。
「下がるぞ。ここは眷属の娘に任せるしかない」
「はっ、はい。ところで邪竜様は――」
「細かい話は後だ。というわけだ眷属の娘よ! ぬいぐるみを頼んだぞ!」
短剣を下げながら自称眷属に歩んでいくレーコに向かって、アリアンテは叫んだ。
が、渾身の一撃をスカされたことで苛立っているレーコに、その言葉は届いていなかった。
「おや、これは恐ろしい。往年のレーヴェンディア様そっくりの殺気です」
「いつまでその眷属ぶった言動を続けるつもりだ? この偽物め。いいや――それとも自覚がないのか? 邪竜様への憧憬をこじらせるあまり、自分を邪竜様の眷属と思い込んでしまったのか? なんと哀れな……少しでも客観性があれば己の妄想だと自覚できようものを……」
このブーメランにアリアンテは一切の表情を消す。
なぜ、そこまでの発想ができているのに自分のこととなると気づかないのか。
「残念ですが、私は正真正銘の眷属ですよ。そうでもなければ、あなたの一撃をかわせなかったはずでしょう?」
「あれは手加減していただけだ。次は確実に蒸発させてやる」
「いいのですか?」
そう言って自称眷属は手に握ったぬいぐるみを盾のように構えた。
「確かにあなたはレーヴェンディア様の眷属として、強大な魔力を得ている――しかし、心根はどうでしょうね? レーヴェンディア様もこう仰っていましたよ。『レーコは、根はいい子なんじゃけどね』と。あなたはまだ人間としての良心を捨てられていない。違いますか?」
レーコは言葉を無視してすたすたと自称眷属に近づいていく。
「このぬいぐるみの結界の中には、あなたのかつての友人がいる。巻き込んでしまうことを恐れて、全力が出せないのでしょう? 先程の一撃も――」
短剣の刃が輝いた。
一閃とともに、空中を無数の光の爪が埋め尽くし、雪崩のごとくして自称眷属の身に殺到した。
どう見ても普通にぬいぐるみも巻き込んでいた。
「あまり侮るな、この偽物め」
「これはこれは、思ったよりも非情なのですね……」
砂煙の向こうから自称眷属が無傷のまま姿を現す。
その手にあるぬいぐるみも無事なようだが、特に自称眷属が守った様子ではない。ぬいぐるみが自前の魔力で、鎧のように自身を覆っていた。
「今の攻撃は何発か当たっていましたよ? 操々が力を取り戻すのがもう少し遅かったら、あなたのご友人も一緒に――」
「くどい。侮るなと言っている」
「失礼いたしました。確かに、あなたの眷属としての覚悟を侮っていたかもしれません」
違う、とレーコは怒気を込めて否定した。
「私が侮るなと言っているのは、ライオットの覚悟だ。貴様はライオットのことを何も理解していない」
もうこの段階でアリアンテは嫌な予感がした。
「奴は邪竜様の眷属になりたい一心でここまで追ってきたのだ。邪竜様への忠誠心と信仰力では私にも次ぐ存在。貴様のような邪竜様の眷属を騙る不届き者を見過ごせるわけがない。貴様を倒すのに足手纏いとなるならば、『俺のことは構わず一緒にやれ』と望むに違いない」
「絶対にあいつはそんなこと望んでないと思うぞ」
たまらず漏らしたアリアンテのぼやきは、例のごとくレーコには届かない。
ただ一人、脇にいるシェイナだけがうんうんと頷いていた。
レーコは昔を懐かしむかのように優しく口元で笑む。
「ともに生贄力を高め合ったライバル同士だからこそ分かる絆というものがある。我々の絆を舐めるな、この下郎め」
一刻も早くどうにかして脱出しろ、とアリアンテは結界の中の二人に向けて祈った。




