取り残された者たち
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「落とし物にぬいぐるみがあったと言ったな、それはどこにある?」
「は、はい。それでしたら当ギルドで保管しております。しかしアリアンテさん、あのドラゴンは……」
「飼い犬みたいなものだ。気にするな」
グラナード王都の冒険者ギルド本部。
例のぬいぐるみを調べるべく、アリアンテはギルド係員の女性に落とし物の所在を訪ねていた。
しかしそれよりも、ギルドの周りは突如として飛来した銀色のドラゴンに騒然としており、誰もが緊迫感を漂わせていた。
群衆に囲まれながらも、ドラドラは本部の入口に頭を突っ込んでこちらの会話に異を唱えてくる。
「待て女騎士。俺は貴様の犬になった覚えはない。修練の対価として幾分かの働きは提供してやるつもりだが、人間の下僕などには決して成り果てぬ。なぜなら俺は誇り高い風の暴竜――」
「じゃあ弟子ということにしてやる」
「それならいいだろう」
「納得したならそこで待っていろ。いくら敵意を向けられても、周りの連中に手を出すなよ」
犬っぽいお座りの姿勢となり、ドラドラは路上で待機し始めた。
「す、すごいですねアリアンテさん。あれほどのドラゴンを飼いならすなんて。ドラゴンはプライドが高いから、従属させるのは難しいと聞くのですが……」
「別にあれは私に従っているわけじゃない。プライドをこじらせて勝手についてきてるだけだ。そんなことより、ぬいぐるみを早く出してくれ」
ドラゴンを飛ばしてきてまで、要件がぬいぐるみ一体ということに係員は怪訝な顔をする。
が、並々ならぬ事態というのは察せられたのだろう。それ以上の疑問を呈することはなく、バックヤードに引っ込んでいった。
幸い、紛失しているということもなくすぐに係員は戻ってくる。
「これですか?」
差し出されたのは、何の変哲もない兎のぬいぐるみだった。
いいや、それは当然だ。一見しただけで違和感があるような代物なら、このギルドの誰かが既に正体を見破っている。
「失礼」
故にアリアンテは手甲を外した。
かつてレーコやライオットと握手をしたときと同様に、ぬいぐるみに素手で触れたアリアンテは、そこで得意の技を発動させる。
読心術めいた使い方はこの魔法の本来の用途ではない。
しかし、それでもなお並大抵の感知魔法よりも強力なのは確かだ。最大限の力を発揮するには少々の条件が必要だが――それを差し引いても、規格外の魔法といえる。
レーヴェンディアにも明かしていない、アリアンテの切り札だ。
その最も信頼を置く魔法は、アリアンテの手にある思念を伝えてきた。
「魔王軍――幹部――レーヴェンディア――倒す――閉じ込め――」
普通に調べただけでは、このぬいぐるみは魔力も何も宿っていない通常のぬいぐるみと見えるだろう。
しかし、その内部に膨大な魔力が蠢いているのがアリアンテには感じ取れた。
「アリアンテさん?」
「手間をかけてすまなかったな。このぬいぐるみは貰っていくぞ」
ギルドの本部から表通りに出たアリアンテは、ドラドラの背中に飛び乗る。
「大当たりだ。大至急ペリュドーナに戻れ。専門の魔導士を集めて結界を破りにかかる」
「そのぬいぐるみの中にレーヴェンディアがいるのか?」
「おそらくな――さあ急いで飛べ。今はこいつも大人しくしているが、いつ暴れ出すか分からん」
今はレーヴェンディアたちを抑えるため、この魔物自身も結界の中に意識を没入しているのだろう。そのため、本体のぬいぐるみは気を失ったままとなっている。
だが、何かの拍子で意識を取り戻せば、その途端に激しい戦闘となる。そうなる前に処理を済ませねばならない。
「ふふ、これで俺もレーヴェンディアに貸しを作るほどの存在に上り詰めたということだな。まさか修行を始めて数週間でこれだけの身になろうとは。俺の潜在能力は想像以上の水準だったということか……ときおり自分の才能が怖くなる……次代の邪竜はこの俺かもしれんな……」
「グダグダ言ってないで早く飛べ。状況の緊急性を理解できんようでは駄馬にも劣るぞ」
「案ずるな女騎士よ。俺はじきに貴様を遥かに凌ぐほど強くなるだろうが、この修練の恩はしっかり覚えておいてやろう」
ぶん殴ってやろうか、とアリアンテは心から思う。
が、ここで無駄なダメージを与えて気絶させては足がなくなってしまう。ここでの分は後日しっかり利子付きで殴ることに決め、ひとまず怒りを収める。
ひとしきり調子に乗り終えたドラドラは、上機嫌で飛翔を始めた。
グラナードの王都はみるみるうちに小さくなり、眼下は一面の草原となる。
その間も、アリアンテはぬいぐるみに触れ続け内部の様子を探ろうとしていた。
「何か分かったことはあるか?」
「流動魔力の規模が大きい。かなり巨大な結界だろうな……これを二週間続けて展開していては、魔物の本体もかなり消耗しているだろう。魔王軍幹部とはいえ、今は貴様より弱くなっているかもしれん」
「その程度の者にレーヴェンディアが囚われているのか?」
「……そんなこともあるさ。ああ、誰にだって油断はあるからな」
実際あいつは油断しかないだろう。眷属の娘は力こそ無敵に近いが、あの思い込みの激しすぎる精神面に不安がある。結界の完成度如何では、結界の内部とすら気付かないかもしれない。
――そのとき。
手に触れる魔力の流れに、急激な変化があった。
精密に組み上げられていた結界の魔力が、一瞬にして秩序を失って崩壊していく。
間違いない、結界が内部から破られようとしていた。
「……眷属の娘か?」
レーコが気付いて破壊したのか。
「ドラドラ。地上に降りろ。レーヴェンディアたちが出てくるかもしれん」
「く。もう少し遅ければ恩を着せられたものを……」
渋々とドラドラが下降する。もしレーヴェンディアが巨体のまま結界から出てきたら、ドラドラだけでは体重を支えきれず墜落しかねない。
無事に地面に降りるや、アリアンテはぬいぐるみをそっと地において剣を抜いた。
「最後の悪あがきがあるかもしれん。一応の警戒はしておけ」
「無論」
ドラドラもぬいぐるみの動きに睨みを効かせている。
が、その必要はなさそうだった。結界の崩壊とともにぬいぐるみの外部に魔力が漏れ出し始めたが、その気配は実に弱弱しい。
レーヴェンディアたちが脱出してきたら、アリアンテでもドラドラでも即座にトドメを刺せるはず――
「いやあ、間に合ってよかった」
誰もいないはずの平原だというのに、突如として背後から声がした。剣を握ったままのアリアンテは咄嗟にドラドラに命ずる。
「ぬいぐるみを見ていろ! 逃がすなよ!」
そして殺気を放ちながら声の主に振り返る。
「ぬいぐるみとは、これのことですか? 酷いですね。彼女には操々という名があるのですよ。しかも魔王軍の幹部という名誉ある――いいえ、今となっては元・幹部ですね」
黒い布に全身を包み、白の仮面で顔を覆った男がいた。
仮面には目や鼻の穴もなく、その代わりに×印が描かれている。
いいや、それよりもその手には、背後の地面にあったはずのぬいぐるみが握られていたのだ。
「ドラドラ、ぬいぐるみに何があった!?」
「すまん。声があった一瞬で、地面から消失してしまった……止める間もなかった」
「何者だ、貴様」
アリアンテは大剣の切っ先を謎の男に向ける。
「なに。怪しい者ではありません。この操々が今しがた『使えぬ』ということで魔王軍から除名されましてね。コソコソとする必要もなくなり、元同僚の私がじきじきに始末にきたというわけです」
「魔王軍――」
ぎり、とアリアンテは歯噛みする。よりにもよってこんな時に。
「しかしよく見ればその必要もなかった様子。どうやら、我が真の主が既に操々の奴めを打ち倒したようで。眷属として感服するばかりでございます」
「真の主? 眷属? 何を言っている?」
「ああ申し遅れました。私は魔王軍の一柱ではありますが、同時に邪竜レーヴェンディア様の眷属でもあるのです」
「レーヴェンディアの……?」
まさか、こいつがドラドラの話で聞いた頭のおかしい魔王軍幹部か。
ならば都合がいい。
「そのぬいぐるみの中にはレーヴェンディアがいる。お前が余計な手出しをする必要はない、さっさと置け」
「ええ、もちろんですとも。ほら、もう出てくるようですよ」
ぬいぐるみの身体の手前で、空間に歪みが生じた。
次の瞬間、そこからレーコと、見知らぬ白髪の娘――おそらくはグラナードの将官の娘が飛び出して来た。
だが、レーヴェンディアの姿がなかった。
「眷属の娘! レーヴェンディアはどうした!?」
「貴様はいつぞやの女騎士……? なぜここに」
「いいから答えろ!」
「どうしたも何もない。邪竜様がここにいるはずない。遠くの地から私のお遣いを見守っておられるはずだ」
アリアンテは渋面になる。
狩神が言っていたとおりだ。レーコは結界の中にいたレーヴェンディアを本体ではなく思念体の幻か何かだと思っていたらしい。
「ライオットがいない」
しかしレーコが発したこの一言は、アリアンテも予想外だった。
「ライオット? あいつはペリュドーナにいるはずだ」
「結界の中にいた。間違いなく本物だった」
意味が分からない。なぜ、ペリュドーナにいたはずのライオットがぬいぐるみの内部の結界などに侵入できたのか。
「ということは、レーヴェンディア様は一騎打ちのために自ら残られたというわけですね。では、邪魔をしてはなりますまい」
唯一、平然としているのが自称眷属の魔物だった。
今にも絶命せんとしかけていたぬいぐるみの耳元に、こう囁く。
「操々。あなたはもう魔王軍に必要ない。役立たずです。レーヴェンディア様も貴様なぞ眼中にありません。あなたの望んでいたものは何一つ得られない。ここで無様に野垂れ死ぬのがお似合いです――」
連発される侮蔑の言葉とともに、ぬいぐるみに変化が生じた。
か細くなっていた魔力が急激に濃密となり、魔力の漏出にストップがかかり始めたのだ。明らかに息を吹き返そうとしている。
よく分からない。罵倒されると力が出る魔物なのだろうか?
「これで準備は整いました。これより私は一切の手出しをしません。あなた方も楽しんではどうでしょう?」
「何をだ?」
アリアンテは怒りに満ちた視線で尋ねる。
「レーヴェンディア様の手による処刑の瞬間をですよ。この結界の中にはですね、私が方便で送り込んだ愚か者の小僧がいるのです。かつてレーヴェンディア様と戦って認められたなどという、度し難い嘘八百に虚飾された偽りの勇者――その末裔の小僧が。その偽りの罪は、レーヴェンディア様の爪にかかることでのみ償われる。そうは思いませんか?」
愉快そうな笑い声を上げて、自称眷属はぬいぐるみを掲げて見せた。




