【100話記念IF短編】邪竜様の兄、真レーヴェンディア現る
今回の話は本筋の設定と一切関係のないIF短編です
青々とした草の生い茂る平原。
やりたくもない魔王討伐の大業を背負わされ、わしは今日も欝々と歩を進めていた。
この悲劇の原因であるレーコは、いつものように活き活きとわしの背中ではしゃいでいる。
「邪竜様。いまのうちによく考えておきたいのですが、魔王にトドメを刺す技はどうなさるおつもりですか? 邪竜様の技はどれも強力無比にして絢爛豪華なことに変わりはありませんが、魔王の命を奪う技となれば後の歴史にも神話として残るに違いありません。数ある技の中でも至高の一撃をあらかじめ選定しておく必要があるかと思います」
「そうね。そのうちにね」
「参考までに私の好みの展開を伝えておきたいのですが、強力な技の応酬の末に最後は基本技で締めるというのが最も王道で美しい流れかと思うのです。となれば、ここはやはり邪竜様の代名詞的な技である『竜王の大爪』がベスト――しかし魔王が果たして邪竜様と対等に攻撃を応酬できる実力があるかどうか。最初の一発で終わってしまっては尺が短すぎて興醒めになってしまいます」
「ショーではないのよ? 尺とか考慮する必要あるの?」
興行師みたいな物言いをするレーコは、わしの憂いなど知ったことなく続ける。
「愚かな民衆どもの心を掴むには、血沸き肉躍る熱戦を演出することも必要かと。魔王が力不足であった場合には、ほどほどに長引かせるように加減をお願いします」
斜め上な八百長の提案を受けながら、わしは恒例のため息をついた。
手加減なんてとんでもない。まともに魔王とぶつかれば、一秒も経たないうちにわしは消し炭である。
なぜわしはこんな風に誤解をされているのだろう。
魔王に匹敵する力を持つという邪竜レーヴェンディア。その恐ろしさは伝説として世界中に語られているらしいが、わしには何一つ身に覚えがない。
わしの見た目が怖いというだけで噂に尾鰭が付きまくった結果なのかもしれないが、最近わしはふと思うことがあるのだ。
もしかすると、わしにそっくりな『本物の邪竜レーヴェンディア』がいるのではないか――と。
「久方ぶりだな、弟よ」
その声はわしらの頭上から突然に降ってきた。
明るかった平原に突如として落ちる巨大な影。漆黒の体躯に双翼を生やし、蒼い瞳を輝かせる者。
わしそっくりのドラゴンが、悠然と目の前に舞い降りてきたのだ。
「邪竜様がもう一人……?」
これにはさすがのレーコも困惑している。
しかし、それ以上にわしの方が困惑していた。弟、と呼ばれたことにである。
「え、ええと……わしのお兄さん?」
「覚えておらぬか? 無理もない。まだ貴様が赤子の頃に、我はもう修行に出ていたからな……」
まったく記憶にない。
が、そんなことより気になるのは、このドラゴンから発せられる膨大な魔力である。レーコに勝るとも劣らない強烈なオーラだった。
もしやこのドラゴンは――
「しかし、我の名は知っているだろう。邪竜レーヴェンディアといえばちょっとした有名竜だからな……」
「はっ! いかん!」
予感の的中したわしは凄まじい焦りに汗を噴き出す。わしが邪竜でないと知れればレーコが暴走してしまうからだ。
慌てて背中を振り向いたわしだったが、意外にもレーコは平然としていた。
「知りませんでした。邪竜様の御名であるレーヴェンディアというのは苗字だったのですね。だから兄君と同じ名前と」
「そういう解釈なのね。うん、大筋それでええかな」
噴き出た汗をふうと拭ったわしは、安堵に尻尾を振りながらレーヴェンディアさんに話しかける。
「記憶はないけど久しぶりじゃね。で、お兄さんはわしに何の用事かの?」
「山にこもっていて知らなかったのだが、魔王というのが最近幅を利かせているらしくてな……。しかもこの我を配下と謳っているそうなのだ。これは断じて許せぬと思い、この老体に一鞭打って解決に乗り出したわけだが――どうやら、弟のお前も同じ目的で動いていると聞いた。ゆえにこうして一目会いに来たわけだ」
「あ、そうじゃったのですか。それは本当にご苦労様じゃね。弟として心から尊敬します。ご存じのとおり、わしらも同じように魔王のところを目指しておったところなんじゃけど、やっぱりこういうときは年長者ファーストじゃよね。というわけで魔王退治はお主に譲ることにするよ。残念じゃなあ。わしもやる気満々だったんじゃけどなあ」
わし至上最速の早口が発揮された。
心の中でガッツポーズを取る。やった、これで本物のレーヴェンディアさんにすべて押し付けることができた。
あとは彼が魔王をやっつけてくれれば完全解決である。
「ね? レーコもそういうことでええよね?」
「……邪竜様の判断であれば。しかし、この者は邪竜様の兄君といえど、本当に魔王の件を任せられるのでしょうか? できれば力をこの目で見させていただきたいのですが」
「貴様は弟の――眷属か? なかなかに見込みのある人間を捕まえたものではないか。かなりの実力者と見える。それにしても、ふふ。この我の実力を疑うか……いや結構。なにしろここ数千年は人前に姿を現していなかったからな、疑われても仕方ない」
さすがはわしのお兄様である。
いつも簡単に短気を起こすレーコと違って、強大な力を持ちながらも器が大きい。幼子に力を疑われても実に大人の態度である。
「ではこの我の力を見せてやろう。括目して拝むがいい――この邪竜レーヴェンディアの力を! さあ、大地よ震えよ!」
そう叫んだレーヴェンディアは、勢いを付けて前脚で地面を叩いた。
途端に、緑色が広がるばかりだった草原は、大地の隆起によって土と岩に覆い尽くされた。
「まだこんなものではないぞ! 吹き荒れよ風! 我が手足となって万物を切り刻め!」
今度はのごとき竜巻が突如としてうねり上がった。
隆起によって巻き起こった土塊や岩を一瞬にして渦に吸い込み、天高く撒き上げていく。
「おお! これはまさしく本物の邪竜じゃの……!」
わしが救いの神の存在に瞳を潤ませたとき。
唐突に大地の揺れは収まり、竜巻も消失した。そしてレーヴェンディアさんがのっそのっそと巨体を歩み進めた先は、さっきまで竜巻の根元があった場所である。
「見ろ弟よ。これこそが俺の力だ」
促されて進んだ先にあったのは、大量の草だった。
ただの草ではない。
大地の隆起によって根っこから綺麗に引き抜かれ、竜巻の風に洗われて余計な土を落とされ、しかも食べやすいサイズにカットされた――下処理いらずの完璧な青草だった。
「さあ、再会を祝してともに食そう。おっと、食べ残しは心配しなくていいぞ。残してしまったら、我が煉獄の炎でじっくり炙ろう。さすれば水分が飛んで干し草にできるからな……」
「お兄さん……?」
「先に食べていろ。我はちょっと地面を荒らした分、地ならしをしてくる。我が魔力にて土に養分を与えれば、明日には元の平原に戻っていよう」
「あの、邪竜レーヴェンディアさんじゃよね?」
一挙に雲行きが怪しくなってきた。
わしの兄は所詮わしの兄だったようだ。
「いかにも……。今の力を見て疑うのか?」
「力はええんじゃけどね。人格というか。お主の性格面に一抹の不安を感じたんじゃけど」
「凶悪すぎる――というのだろう。確かにこの地に住まう草食の獣たちは、明日に草が復活するまでは別の餌場に行かねばならん。だが、そんな犠牲に気を遣っていては邪竜の名折れだ」
「ちゃんと一日で復活するように地ならしするあたり、めちゃくちゃ気を遣ってると思うんじゃけどなあ。ねえレーコ?」
しかし背中のレーコは、満足したように鷹揚な拍手を送っていた。
「見事だ。その力とその凶悪性――貴様が邪竜様の兄というのは嘘ではないようだ。非常に近しいものを感じる」
「えっ、わしあんな感じなの?」
「瓜二つでございます」
「そうかなあ」
わしはあの人よりはもうちょっと世間を知っていると思うのだけれど。
「し、しかしねお主。力があるのは分かったけど、本当にそんな性格で魔王と戦えるのかの? そんな穏やかさでは、どこかで致命的なポカをやってしまいそうなんじゃけど」
「戦う……?」
とんでもないところでレーヴェンディアさんは首を傾げた。
「お主? なんで戦うというフレーズに疑問を呈しておるの? 魔王を退治に行くのではなかったの?」
「いいや……てっきり魔王というのは腹が減って気が立っている魔物なのだとばかり。我がこしらえた干し草を分けてやれば大人しくなるものかと……戦うとか、そういうのはちょっと我無理……」
いきなり弱腰になったレーヴェンディアさんを見て、レーコは薄く笑う。
「ふ。力と凶暴性は同格でも発想力に差があったということか。こちらの真の邪竜様は、魔王を退治するのに会食などではなく、最初から武力を用いるつもりだ。さきほどまで、その爪でどう引き裂いてやろうか考えていたところだ」
レーヴェンディアさんがすごい勢いでわしから遠ざかった。
「貴様……なんという発想をするのだ。爪で草木以外のものを刈るだと……?」
「ち、違うのよ。わしはそんな発想してないのよ。ぜんぶこの子の妄想であって」
「すまなかった。我の出る幕はないようだ。恐ろしき弟よ、さきほどの草はすべてお前に捧げよう。だからどうか、少しでも優しい心を取り戻してくれ。じゃ、我は山奥の洞窟に帰るから」
そそくさと翼を広げ、レーヴェンディアさんは離陸姿勢に入った。
「お兄さん! ちょっと待って! わしを見捨てないで! わしも一緒に連れて行ってぇ――!」
「我などは邪竜ではなかった。お前こそが真のレーヴェンディアだ。さらば弟よ」
飛び立ったレーヴェンディアさんは、なにやら時空を歪めて変な穴を作り、その中に飛び込んで消えて行った。
邪竜の称号とかどうでもいいから、その力の方を譲って欲しかった。わしの身を守るために。
その背を見送ったレーコは、微笑みながらこう言った。
「家族愛というのは美しいものですね、邪竜様」
「たった今わしはそれを失った気がするけどね」
あのお兄さんはもう二度とわしの前に姿を現すまい。
涙に暮れながら、わしは残された青草を食べた。
しょっぱい味がした。




