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第6話  やりたいことは?

 マキノは、サクラが泊まりに来る前日には買い物を済ませて、当日3時頃から料理をしはじめた。女子会っぽくおしゃれに、一つ一つ品数を増やしていく。


 まずは、先日ペンションでインプットしてきたアヒージョ。具は、イカ・エビ・アサリとしめじとエリンギ。買ったばかりのスキレットを早速使う。それからサーモンのカルパッチョサラダ。オニオンスライスとサラダ水菜を敷いてサーモンの上に砕いたアーモンドを散らす。そして鶏モモソテーのオレンジソース。ご飯を炊いて半分を酢飯に、半分は朝ごはんのためにおにぎりにしておくのだ。

 平たいガラスコップに薄く寿司飯を敷いて、レタスとカニかまぼこ、寿司飯、きゅうり、金糸玉子の順番に層にしてカップ寿司にする。材料はありふれたものだけど、かわいい。あったかい汁物も一つ、きのこ汁がいいかな。

 野菜は豊富だけど、全部食べればカロリーはかなり高い。


 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。サクラだ。


「いらっしゃいまし、どうぞ。」

 小さなワンルーム、部屋の真ん中のテーブルにずらりと並んだお料理に、どんな反応をしてくれるのか。ああ、誰かを自分の家に招いて、手料理を披露する楽しさよ・・。


 サクラは、テーブルに並んだごちそうを見るなり叫んだ。

「うおおおおおお。 すごいごちそう!マキノやるねー。」

「えへへ・・。」

 サクラは褒め上手だ。こんなに喜ばれて感動されると、嬉しくなる。

 サクラは、「料理上手はいいねぇ」と言いながら、どんっと缶ビールと缶酎ハイと小さめの日本酒の瓶を食卓に置いた。

 そして一時間後。サクラの少し愚痴と、彼氏とのノロケが微量に入った近況について、いつもどおりの、どうでもいいおしゃべりに花を咲かせていた。


 サクラはお酒お酒と勢いは良かったが、実のところ口ばかりで、二人ともアルコールには弱かった。そして酔った勢いで、マキノに尋問を始めた。


「マキノはさ、あなた最近周りが見えるようになったって言うか、人に対して大らかになったって言うか、ちょっと違う気がするんだよね。」

「そうかなぁ?」

「マキノってさ、バリア張ってるなって思ってたの。なんかね。みんなは良くも悪くも慣れて力抜くところは抜いてるのに、マキノだけいつまでもピリピリしてるなぁって。」

・・まぁ融通は利かないし頑固ではあります。・・苦手なのは糸原女史だけですけど。

「そうかな。何もないけど?」

 本音は言わずに適当にごまかそうとしたけど、食い下がられた。


「でも最近は違う。何かあったに違いない。ほらほら正直に言ってごらん。」

「サクラちゃんって・・絡む人だったんだっけ・・。」


  人が変った変ったと言われて、思い当たる事はあるにはある。仕方がないので、ソロツーリングで親切にしてもらって元気が出た話しをした。

「けれどもそれは私が変わった理由ではないし。そもそも私は変わっていないですし。」

「ほう。では、そのタツヒコさんて人にもう一度会いたいとか?」

「ちがうってば。何を聞いてるの。その人はもうおじさんだし、可愛い奥さんもいるから。」

「ふうん、あっそ。そういやさ、マキノって、本当にそういう浮いた話はないの?」

「ないです。浮いた話はまったくね。」

「うーん、おかしぃなぁ・・最近のマキノの落ちつき方はね、何か違うと思ったんだけど・・んーと見えてるマキノだけがマキノじゃないって感じのオーラがね、あると感じたの。だから彼氏でもできたかと思ったんだけどなぁ。」


 そうか・・。今の自分が、本当の自分じゃない?・・正直に生きたいという思いが態度に出てるのかな?サクラの洞察力って、こんなに鋭かったかな・・。


「んと・・、思い当たる事というか、人生を考え直すきっかけなら、もうひとつあったかも・・。」

「なになになにぃ?ややこしい言い方だねぇ。話でごらんよぉ。いくらでも聞くよ?」


 マキノもサクラの観察力に感心したのもあって、信用してしまうというか、少しアルコールが手伝ったか、自分の弱点など話すつもりもなかったのに、甲状腺の腫瘍のことをカミングアウトしてしまった。

「そうだったの・・。」

「見てわかるかな?この辺だそうだけど。」

と顎をあげて首の左側を撫でてみる。

「・・うん。そう言われてみれば、わかるかも・・。」

「まぁ、正直に生きよう。前向きに生きようって思うきっかけにはなってると思う。」

「なるほどね・・。」


 サクラも、ふざけた様子を消して真顔になっていた。

「それにしてもグレーって何よ。検査して違ったんでしょ。なら白じゃないの?」

「腫瘍があるけど、黒じゃなかったから、また検査しましょうか?って言われたんだよ。」

「とんでもない医者だねそれ。素人じゃないの?」

「さあ、耳鼻咽喉科の医者ではあったけどね。」

「気持ち悪いねぇ・・まったく。」

「うん。違ったんだから、もういいのかなーって思ってるんだけど。」

「いや・・マキノが〝違う〟って言いたい気持ちはわかるけど、紹介状もあるのなら、早くいかないと・・あっ!!」

「あっ?・・て、なによ?何かあったの?」


「私の彼氏の友達に・・、甲状腺専門のお医者さんがいたはず!自分に関係ないと思って忘れていたけど、確か・・確か甲状腺って言ったと思う。今度彼氏に確認してみるから。診てもらっておいでよ!専門っていうぐらいだから、ちゃんと診てくれるよ。たぶん。」

「・・うん。」


 病院そのものに不信感を持ち始めていたけれど、伝手があるならいいかもしれない。ここはサクラを信用して、その彼氏から連絡を取ってもらうことを約束した。


 甲状腺についての方針が決まると、二人はすっかり納得してその話題を終わらせ、その後は楽しく食べ散らかした。



 さんざん飲んで食べて、かたづけもそこそこに順番にお風呂に入り、ひとりはベッド、ひとりはコタツを利用して布団を引いて寝るスタンバイをし、取りとめのないことを語り続けた。


「サクラは、結婚どうするの?」

「プロポーズもまだだし、もうすこしあとかな。今の彼氏と考えてはいるけどね。」

「今の仕事が気に入ってるから?」

「ううん。あのね、ほんとうは私、航空会社に入りたかったんだ。CAに憧れてたの。だから勤め始めた頃は不満ばかりだったな。でも今となっては仕事にも慣れたし生活のリズムも整って安定してるし、いい環境だなって思ってるよ。」

「ふうん・・。」


「マキノは?」

「そうだなぁ。就職してから、いろんな我慢をして堅実な道を進むことを考えてきたけど。今まで堅実と思ったことは、本当に最良だったのかなぁって、ちょっと考えてるなぁ。ガンかもって脅されたせいもあるけど、自分にとっての幸せってなんだろう・・サクラみたいにやりたい事を追いかけたことってあったかなぁって・・。」


 望みのままに進んで失敗するのは怖い。サクラの言うとおり、安定した生活は手放しがたい。でも自分にとっての最良の道とは何なんだろう。一度きりの人生なのに・・このままでいいのか。

 最近はずっと、やりたいことについて考え続けているのだ。


 就職は「堅実な道を歩む」という考えに則って決めただけで、自分の思いを照らして考えたわけではなかった・・と思う。当時「堅実な道」と思ったことは、本当に「最良の道」だったんだろうか。


 もしこの人生があと5年で終わるとしたら・・。

 そんな仮定があれば、自分にとって「正しい道」を歩くんじゃないかな。

 今の会社が気に入らないからやめるとか、そういう事ではなくて、やりたいことならいっぱいあるけれど、仕事とは結びつかないものばかりで、そんなことばかりしていられなくて、いっそ5年だと思うことにして、一気にエネルギーを使いきる勢いで行けるとこまで行くとしたら・・でもそれを何十年も続けなくてはならないとなると、エネルギーが枯渇してしまわないか?

・・ほら、望みのままに進んで失敗するのは怖い。この辺がいくじなし。


 サクラとの会話が尻切れトンボになり、思考が堂々めぐりを繰り返す。



「あぁ・・マキノのお料理、おいしかったわぁ・・。」

しばらくの沈黙の後、サクラがため息交じりに言った。

「そう?よかった。ありがとう。」

「こういう飲食関係の仕事、それもおしゃれなカフェみたいなのが、マキノに似合いそう。」

「そっかな。でもこの間は私にジムのインストラクターがいいって言ったのに。」

「あ、それも言ったな。それはプールでマキノの泳ぎ見たからね。でもこの際さ、先のことなんて考えずに好きな事やっちゃえ~って、思わない?」

「ふ~む・・・」


 ほらでた。好きな事。

・・・思い浮かべると、私にもいろいろあるよ。

・・・ありすぎるのだ。


 旅行に行って、おいしいもの食べたり。

 ソーイングや編み物、DIYやお料理、体を動かすのも好き。スイミングも。バイクも好き。

 仕事としてなら、物を売ったり子どもの相手したり、人に何か教えたり。こうやっておしゃべりするのもすき。人と関わるのが好きかも・・。


・・・。

・・・いや違う。

・・・全部本当だけれど、一番やりたいと思っているのはそれらじゃない。


 わざと目を逸らしてるけど、あるのだ。

 本当は、もっと具体的に、やりたいことが、ある。

 さっきサクラが言ったから、ちょっとドキッとした。


 本気でやりたいと思うことだから、その方向へ進もうと思ったらきっと今の生活が全部消し飛んでしまうだろう。だから、勇気がなくて、なかなか自分でも認められない夢。

 今の自分の立場や収入、完成しているように見える日常を、捨ててしまうのは怖い。未知の世界へ放り出されてしまうのも、「普通」からはずれるのも怖い。自分で動くなら、すべて自分で責任を持たないといけないし、次何をすればいいか誰も教えてくれない。


 でも、そんな恐怖を押しのけてでも、その夢を追いかけたいって気持ちがふくらんでる。


 あの時の温かい気持ちが。あれが、忘れられない。

 疲れたなぁストレスたまってるなぁって思ってた時、秋に小旅行したときの出来事。

 私も、あんな風に、誰かにぬくもりを提供するような仕事がしたいのだ。


 今日サクラのために何を作ろうかなってワクワクしたように。誰かに自分の作ったものを食べてもらいたい。喜んでもらいたい。

 そしたら、きっと自分も、楽しいに違いないのだ。


 あんなのんびりした、のどかな場所で、カフェができたら。いいなぁ。

・・・そんな夢。


 これはまだ、口にできない。密かな夢だ。

 握りしめた手を開いても、自分にはまだ何もない。

 健康かどうかすらも分からない。


 とにかく、サクラが紹介してくれた病院で再検査をしよう。

 その結果がわかったら、一度現実的に考えてみようかな。

 本当に、夢に向かって進んでもいいのかどうかを。


 何も、今すぐすべてをなげうって突き進むわけでもない。

 考えてみるぐらい誰にも迷惑もかけないし、それぐらいの自由はあるのだから。




 マキノはそれから間もなく、サクラの彼氏が紹介してくれた病院へ行って、最初に検査をした日と同じように細胞を取って調べてもらった。


 一か月後、マキノの病名は「腺腫様甲状腺腫」と診断された。



「癌」では なかった。




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