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第53話 春樹視点(6)


イズミさんからマキノちゃんの電話番号を聞き出し、電話をしたのは去年の秋だ。

うちのクラスの親子行事は、マキノちゃんの畑から掘ってきたサツマイモの活躍で・・いや、役員さん2人の活躍で、盛況のうちに終えることができた。


2学期はとにかく行事が目白押しだった。毎年ある運動会や遠足だけでなく、特に、今年は、御芳町の文化祭にも出演もあった。

町の文化祭では、特設の舞台が組まれていて、有志のバンドや、じいさんばあさんのカラオケ、手話サークルやキッズダンスなどの発表の場になっている。小学校からも、例年5年生が歌の発表をすると決まっていて、自分が担任をしているクラスが当たっていたのだ。

会場は、茅野湖のそばの、いつもの運動公園の体育館だ。御芳町に小学校は二つあり、両校の5年生が合同の発表をすることになっているので、同じ楽曲を同じ伴奏を使って練習してきて、本番ではぶっつけで一緒に3曲目を歌う。

自分も音楽の教科を教えることはできるのだが、あまり得意な分野ではない。音楽の授業は専科の先生が受け持ってくれているので、授業の一部を使って合唱の指導をしてもらって、毎日の終わりの会でそれを練習させるようにしていた。


当日。体育館のアリーナには、一面にシートが敷かれ、特設の舞台が組まれて、パイプイスがずらりと並んでいる。観客もぽつぽつと入りはじめて、会場はざわざわとしていた。指揮は、自分ではなく北小学校の担任の先生で、子ども達は、広さと観客に圧倒されて若干緊張気味だ。


順番がきた。二列になって歌うため、スタッフ達が子どもの登る台を用意してくれているわずかな間がある。プロの司会がうまく間をつないでくれている間に、子ども達の気持ちを少しばかり緩めてもらうかな。北小の玉木先生にアイコンタクトを取って少し時間をもらった。

「おおい、みんな、だいじょうぶかぁ?はい、注目。北小のみんなも真似してな。」

パンパンパン。手を3回たたいた。これは自分のクラスでときどきやってる簡単な手遊びだ。


「パンパンパン。はい真似してー。」

次はほっぺたを両手でパンパンパンとたたく。

「パンパンパン。みんなの番だぞー。」

次は頭を軽く両手で叩く。

こちらがしていることを、ただリズムに乗せて真似をするだけ。自分のクラスの連中は、佐藤先生いつものをやり始めたな・・と、すぐにそれを察知する。これを知らない北小の子ども達も見よう見まねでついてくる。こういうものは勢いなのさ。

「うまいうまい。北小のみんなは初めてだけどなかなかうまいな。・・やり方わかったらもう一回最初からな。覚えてるか?」

最初の手拍子から、ほっぺ、頭、と、順番に叩く。

肩を叩いて、「トントントン。」「トントントン。」

膝を叩いて、「ポンポンポン。」「ポンポンポン。」

「最後、パンパンパン。にいーーっ。」

「パンパンパン。にいーーっ。」

「はいそれ、キープ。顔はそのまま。そのままな!」

最後のポーズは頬に人差し指でを指して「にー」の形の無理やりの笑顔をつくらせる。

自分のオリジナルで適当にやっていることだから、本当に緊張をほぐす効果があるのかどうかはよくわからない。でも、少なくとも自分のクラスの子どもたちは、リラックスするように思う。

「顔の調子はいいかー? よーし、そのまま行こう。じゃあ玉木先生お願いします。」

ちょっと出しゃばってしまったが時間もちょうどいいし、まっいいや。北小の先生に場所を譲った。

 踏み台の準備が整い、子ども達はきれいに整列した。その顔からは、緊張しすぎの固さが取れていた。


緊張すること自体は、悪い事じゃない。うまくやりたいと思っている気持ちの表れだ。適度な緊張は仕事の精度と集中力を上げる。何を競うわけでもない。舞台なんて、楽しけりゃそれでいい。

そして伴奏が始まった。春樹は、小さく手拍子をしてリズムをとりながら、舞台のそでで子ども達を笑顔で見守った。


歌に入ると、おぉと思った。いつもの倍の人数ということと、体育館の音の響き方がよいのか、歌声のクオリティが高く感じる。観客が、自分たちの歌に感心してくれているのがわかるのか、子ども達も少し得意げだ。

曲目の間に、アリーナの観覧席を見回した。見知った保護者達の顔が・・いるいる。子どもの歌の発表を聴きに来ているのだ。保護者以外の一般の観客もたくさんいた。中学校の吹奏楽部は優秀だし、顔見知りが舞台に立ったりもするだろうし、これを聞くのを楽しみにしている人もいるのだろう。


観覧席の回りは、ブースが区切られていて、パーテーションの向こう側には絵画や写真、書道や俳句や短歌、陶芸や木工の作品など、カルチャークラブの作品が展示されている。

2曲目のアニメソングが始まった。それが始まる直前に、入り口の横の受付に、マキノちゃんが入ってきたような気がしたが、それに気をとられているわけにはいかないので、自分の生徒たちに視線を戻した。


最後の曲は、バラード調の合唱曲だ。心を込めて丁寧に唄えと言ってある。子ども達の澄んだ声で、きれいな旋律が会場に響くと、観客にも何かが伝わるのか涙ぐんでいる様子の人さえ見受けられた。やったなぁ、なかなかの出来だ。保護者達もきっと満足してくれているだろう。


発表が終わった後、子ども達を元の観覧席に戻し、舞台プログラムが一段落するまで一緒に町民の皆さんの発表を鑑賞した。自分たちの出番だけ現れて歌いっぱなしですぐ消えてしまっては失礼にあたる。休憩に入った時に席を立たせて一度学校ごとに子ども達を集めた。

自分のクラスの子ども達の頑張りを労って、指揮をとってくれた北小の先生にお礼を言う。ここの出演は学校行事と言うわけではないから、この場を解散したあとは、個々に文化祭を楽しむことになっている。

春樹は、子ども達がそれぞれの保護者と合流するのを確認すると、保護者としての役目を終え、自由になった。


展示物を見て回っていると、時折顔見知りや、保護者が声をかけてくる。無難に挨拶をかわしつつ、それとなく、意識はマキノちゃんの姿を探していた。

さっき姿が見えたと思ったのは気のせいだったのか・・、外の屋台テントで、朝市のおばちゃん達がみたらしのブースをしていたから、それに混じっているのかもしれない。


ああ・・見つけた。


木工製品を展示販売しているブースにいた。身振り手振りが大げさだ。何か交渉でもしているのだろうか、遠目で見ているのに、思わず微笑んでしまう。

サツマイモ畑の事もそうだけれど、あちこちで活動して、ああやって顔見知りを増やしているのだろうか。

いつでも元気いっぱいだな。しっかりこの町の一員になりつつある・・。


自分も、もう少し親しくなりたい・・・ような。

いや、しかし、ええと・・。


今、マキノちゃんのいるところまでわざわざ歩いていって声をかけるのは、何故か勇気がいる。いったい何を躊躇しているのだか、自分でもよくわからなかったが、また、あえて声はかけなった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇



十二月二十四日は、終業式だ。行事の多かった二学期の最終日。

学級会をして、冬休みの過ごし方のプリントや宿題のプリントの綴りを配り、学びのたよりを一人ずつに手渡し、最後にハイタッチをして子ども達は下校していった。


しかし、まだまだ雑務がたくさん残っている。教師の冬休みはもう少し先だ。


夕方、イズミさんが、ごちそうをたくさん作ったから食べにおいでよと誘ってくれた。

ママ友さん達も集まるらしい。クリスマスパーティーだ。

大人たちはおしゃべりがしたいはずだから、オレは子どもたちと遊んで適当に面倒を見るかな。無口な兄貴は、おしゃべりが苦手だし。


車を自宅に停めて、兄貴の家までは歩いていく。みんなが集まっている所に、手ぶらでごちそうになりに行くのは申し訳ないが、お土産になるような手持ちの物は何もなかった。

兄貴の家の駐車場には、通勤用の軽トラックとファミリー用のワゴン車が停まっている。今日は、玄関の前にママ友さんの車が2台停まっていた。敷地だけは広い田舎の住宅事情、まだまだ余裕がある。


玄関を開けると、たくさんの靴が並んでいた。すでにパーティーが始まっているようだ。

「おじゃまします。こんばんは。」

お客様用に挨拶をしてみたが、自分の声は子ども達の賑やかな声でかき消されて聞こえなかったようだ。返事を待たずに、勝手知ったる兄貴の家に上がり込み、居間に入ると、わいわいと食事が始まっていた。少し段差のあるテーブルを二つ並べて、高い方に大人達、低い方に子ども達とに分かれて座っている。チキンや揚げ物、大きなハンバーグにサラダとシチュー、サンドイッチにお菓子とジュースとビールとシャンパン。豪勢だ。


「春ちゃんは、こっちこっち。」

イズミさんが大人の席へと招いてくれた。

参加者の顔ぶれはよく知っている。イズミさんと仲のいい敏ちゃん親子と仁美さん親子。長女の寛菜のクラスのママさん達だ。


「おいしそうだね。遠慮なくいただきます。けど、プレゼントはないよ。あしからず。」

「仕方ないねえ。ふふふ。」

イズミさんが、目の前にお料理を少しずつとって置いてくれた。続いて、新しいお皿に、お料理をもう一人分取り分けて、きれいに盛り付けはじめた。


「それは?」

「うん。さっきマキノちゃんを呼んでみたの。まだバイトが終わったところで、もうちょっとしたら来れるって。」

「ほぅ。」

「敏ちゃんも仁美ちゃんも、彼女のカフェに興味があるんだって。以前から話がしてみたかったらしいよ。」

「ふうん。」

・・ふぅ・・ドキッとした。顔には出ていないよな。


興味なさげに、しらばっくれてはみたが、不意打ちでマキノちゃんが来ると聞いて、内心ひどく動揺した自分がいた。そんなのを自覚するといいかげん笑えてくる。久しく身近に若い女性がいなかったからって、・・中学生か?ってぐらい意識しているじゃないか。彼女がどんな子かも、まだよく知りもせずに。


ホントにこういう感覚は久しぶりだ。ちょっと冷静になろう。

誤解も錯覚も、気の迷いって事もあるんだから。


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