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第45話 デートのお誘い!

2月の最初の日曜日。

バイトの高校生たちも帰って夕方薄暗くなったころに、思いがけない人が来た。

元旦に来たきり顔を見せなかった春樹さんだ。

マキノのヘルメットを持って。


わぉ!

わたし・・・わたし、この人を、ずっと待ってた!

忙しさにまぎれてなるべく考えないように努力してたから、思いがけなく・・なんて思えるほどに、久しぶりに感じたけれど、本当はとても会いたかった。


思えば、元旦に来てくれた時、上手に会話できなかったことも悔やんでいたし、調子に乗ってバイクに乗せてと頼んだことも、自分のしたこと全部が恥ずかしかったし、やり直したかった。あんなに近くにあったのに、しがみつけなかった大きな背中を何度も思い出した。



朝市に来てたことや、熱を出した時も、サツマイモの時も、振り返ればそれまでにも何回も会っていたのに、自分が他に気を取られていたせいで、ほとんど春樹さんの記憶がないことがとても残念だった・・。



達彦さんの弟で。

小学校の先生で。

サツマイモ一緒に掘って。

軽トラックに乗せてもらって。

木の机をもらって。

元旦に向かい合って話した。

カップを持つ大きな手。長い指。

コーヒーを飲む時にふせた目。

笑った時にちらりと見えた白い歯。

900Ninjyaの後姿。


残ってたわずかな記憶を,

・・実は、実は、大事に温めてた。



自分のそばにイズミさんがいても

「春樹さんはどうしてますか?」の一言が言えなかった。


まるで恋する・・

まるで恋する中学生じゃないか・・・!!


おっと。今、自分はどんな顔をしてる?ダメダメちゃんとしなければ。

嬉しすぎてこぼれそうになる笑顔を、すこーし普通に、押さえよう。

「いらっしゃい、こんばんは。」

「ヘルメット、遅くなって悪かったね。」

「大丈夫ですよ。忙しくてバイクに乗るどころじゃなかったし。寒いし。」

「じゃあ・・営業時間はまだ大丈夫?夕ご飯ってできるのかな?」

「ランチと同じメニューでいいならできますよ。」


いける。大丈夫。不自然じゃないよね。がんばれわたし。

「日替わりランチと、ハンバーグランチと、ミックスフライランチ、どれにします?カレーもありますよ。」

「なんでもいいよ。」

そう言って、前と同じようにカウンターのスツールに座った。

「んー、うちの定番No1のハンバーグでもいいかな?」

「うん。」

春樹さんのために、食べる物を用意できることがうれしかった。

今日こそは、普通に普通に・・自然な会話を。自然な笑顔を。自然に自然に・・


当店一番人気のランチは、煮込みハンバーグ・・。

ソースと一緒に小鍋にいれて火をつけてから、春樹さんにおしぼりとお水を出した。


一か月近く経ったので随分手順が分かってきた。小鉢に生野菜を入れて蒸してほぐした鶏ムネとトマトを盛り付ける。次に小さいフライパンにバターを落し少量のアスパラとにんじんをソテー。本日のスープはミネストローネ。フルーツは、いちごとパイン。それをひとつずつ杉のトレイに並べてゆく。スープのボウルを乗せて、温まったハンバーグを深めの皿に移しチーズを乗せ、さっきのソテーを添え、最後にサラダにドレッシングをかけた。

「はい、どうぞ。」

「やあ、おいしそうだ。いただきます。」

「ごゆっくり食べてね。」

春樹さんが食事をしている間、ゆっくり食べてもらおうと思って、マキノはゆるやかな動作で明日の仕込みをしたり、洗い物をしてお店を片付けたりしていた。BGMの軽い洋楽が静かに流れている。


食べている途中、春樹さんが話しかけてきた。

「マキノちゃん。」

「はい?」

「・・ところでさ、このお店は定休日っていつなの?」

「ありませんよ。」

「定休日がないなら、仕入なんかはどうしてるの?」

「だいたいは業者さんが配達してくれるし、足りないものはバイトさんが来てくれている間にぱぱぱっと・・。」

「マキノちゃん自身のお休みの日は?」

「えと・・・実は、ないんですよね。」

春樹さんは呆れたように首をかしげた。

しばらく黙っていて、思い出したように

「ごちそうさま。おいしかった。」と言った。


「おそまつさまでした。お休みがどうかしました?」


「うん・・・困ったな。」

「何がですか?」

「ええとね、マキノちゃん。」


そう言ったきり、春樹はまた黙ってしまった。


「コーヒーでも淹れましょうか?」

「・・あ・・。 うん。」


自分の分も一緒に淹れて、カウンターに座っている春樹の前に向き合った。




ああ・・今日のコーヒーもおいしい。いい香りだ。

春樹さんは、しばらく自分の前に置かれたコーヒーを見つめて、ひとつ大きく深呼吸をして、それからこう言った。


「あのね。・・オレ、マキノちゃんをデートに誘おうと思って来たの。」

「ぶほっ!」



「なんでふくの・・・。傷つくじゃないか。」

「いや。・・ぐふっ・・いや。・・ごほっげふげほっ・・。」

「唐突だったかな?」

「・・う。」

ゲホゲホとむせかえっているマキノが収まるのを待って、ばつが悪そうに春樹がボソボソと話し始めた。


「僕の中では、唐突じゃなくて、夏ごろからずっと、僕はマキノちゃんを知ってたからね。」

「知ってた?・・そういえば朝市の時に会ったって言ってましたね・・」

横を向いた春樹の耳が赤くなっていた。


・・これは、・・これはどういう・・・というか・・うれしい・・というか。

心臓がばったんばったんダンスを踊っている。



「オレ、もう正直に言うから、聞き流してくれる?」

春樹が視線を自分に戻しまっすぐに見つめられて、今度はマキノは目の前にいる春樹に焦点が合わせられなくなった。が、かろうじてうなずいた。そして、気づかれないように大きく息をした。(スー・・フー・・)


よし、聞こう。


「朝市でよく見かけたって言っただろ?」

「私のこと変わった子だって、言ってましたね。」

マキノは照れ隠しを交えて笑ってみた。


「最初はそう。オレ、マキノちゃんのことどんな子だろうって気になってて、そんな時イズミさんがマキノちゃんの店で働く話と、バイクに乗ってて兄貴と知り合った話聞いて、おまけにクラスのサツマイモの話があったからチャンスだと思ってさ。

それで、普通ならイズミさんから連絡してもらうべきだとは思ったんだけど、むりやり電話番号教えてもらって自分で電話したんだよ。」

「なるほど。そう言えばイズミさんにしては電話番号の扱いがちょっとへんだなと思った。」


「あのとき、マキノちゃんの声が死にそうなぐらい弱ってて。こりゃダメだと思ってイズミさんに見てきてって頼んだんだよ。気になってオレもついていったけど。」

「あぅ。その節は・・」

「いや、いいんだ。あの時は立っているのも辛そうだったよね。」

「はい。ホントに久しぶりの病院だった。リョウ預かってたのに何たる失態・・。」


「ああ・・それ。それも謎だった。あのときマキノちゃんって一人暮らしだと思っていたのに、リョウちゃんがいてオロオロしてて。それで、妹さん?って聞いたんだ。そしたら“赤の他人。”って言うから。それ以上聞けなくて、今でも謎のままなんだよ。・・・これって気になるだろ?」

「あぅ・・それも、いろいろと事情が・・・。」


「それとね、兄貴の家のクリスマス会のときのカフェの名前の由来の話。それと、試食会のフルコース。オレから見ると、ほんとにマキノちゃんが興味深すぎた。」

「お・・おはずかしゅうございます。」


「でも元旦にここに来たあと・・・ちょっと考えたんだ。」

「・・・何をですか??」

「オレ・・徐々に親しくなれそうかなと思いはじめてたんだけど、マキノちゃん、バイクに乗る人だからもっとしっかりつかまれると思ったんだよ。けど、オレに・・なんというか避けてる?っていうか、触れないようにしてるのが伝わってきてね・・。だからあの時は、親しさとかそういうのは関係なくよっぽど急いでてオレのタンデムに乗るしかなかったのか・・と思ってさ。」

「いや・・、いや、それは・・」

「まあ、・・気にしなくていいんだよ。タンデムなんて、慣れない人は抵抗があると思う。意識されてないんだろうなあとは、思ってた。だから、今日オレが言ったことも全部気にしなくていい。」


「ヘルメット返さないと・・ってこともあって、ずっと来たかったんだ。でも、オレとしては、今日ここに来るのちょっと勇気がいった。」

そこでまた、ふうとひとつ息をついて、一旦言葉が途切れた。


次の言葉を待ちながら、正面から顔を見てみる。

誠実そうな、まっすぐな眉毛。鼻筋は通ってて、ちょっと色黒。ちょっと大きめのお口。

いたわるような優しい目だ。もう一度見たかったコーヒーカップにかかってる指。私も、私も、この人のこともっと知りたいんだけど。



「今言ったことは、ほんと、全部忘れていいよ。つい言いたくなっただけだから。そういうオレの話はもういいとして。」

(えっ!?もういいの?)


「マキノちゃんは、ちょっと休んだ方がいいと思う。あのね、予想以上に疲れた顔してるよ?」

「・・そうですか?」

「お店を始めたばかりで、いろいろ不安だろうし、緊張してるから、自覚ないんだろうけど、突っ走りすぎだよ。」

「そうかな。」

「元旦から今まで、一日も休んでないわけだろ?強いて言えば年末からずっと?」

「あう・・まぁ。でも夜はちゃんと寝てますよ?」

「マキノちゃんは、焦りすぎだとおもうんだよな。オレはイズミさんの話しか聞いてないけど、彼女は人をよく見る人だから。」

「うん・・いろいろ気づかってもらってます・・。」

「あれもこれも手を出そうとしてるって言ってたし、勉強もしてるでしょ。今はちょっと、ゆっくり行く時だよ。子どもにもそういう時があるけどね。焦らなくてもいいさ。周りを見渡して、地を固めて、緊張を解いてさ。頭をからっぽにする日があってもいいんだ。その間にまた新たなエネルギーが貯まって来るから。」

「あ・・状況は違うけど、前の会社でも似たようなこと言われたかも・・」

「お店を閉めることに抵抗あるなら、留守番を頼めばいいんじゃない?」

「そ・・そうかな。」


イズミさんも仁美さんも、頼りがいは充分ある。仕事は私より丁寧なぐらい。仕込みさえぬかりなくやっておけば私が休んでも大丈夫・・かもしれない。

「イズミさん、いくら休むように言っても聞かないって、心配してたよ。」

「あぁ・・そういえば。そんなこと言ってた。イズミさんも敏ちゃんも、仁美さんも。」

・・私に気を遣って言っているんだと思ってた。遠慮しなくてもいいのにと的外れなこと思ってた。私自身が心配されていたとは・・。


「気にはなってたけど,なるべく関わらないようにしようと思って我慢してたんだよね。オレの・・独りよがりでしかないから。」

そう言うと、コーヒーカップに口をつけた。

言いたいことが言えて安堵した・・という空気が流れた。



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