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第43話 できることから

1月の半ばには、新年最初の朝市がある。

日曜日なので、高校生のバイトちゃんの片方、未来ちゃんのシフトになっていた。例のごとく真央ちゃんもいるし、イズミさんも日曜日の予定がなかったのか、シフトになかったが覗きに来てくれた。せっかくなので、お店の留守番はみんなにお任せして、何かいい野菜が出ていないか朝市を見に行くことにした。

歩ける距離だけれど、自転車があると便利だ。こういう時は車を出すほどでもないし、自分のバイクは出してくるのも少し大層だし、荷物も持てない。



いつもの空き地に行くと、おばちゃん達がマキノのお店のことを盛大に話題にしていて、あちこちから声がかかった。

「これが終わったら覗きに行くわ。」

「ありがとう。お待ちしてますよ~。」

「玄関のお花きれいね~。」

「ありがとう!覗きに来てね。」

声がかかったら笑顔と返事は欠かさない。

白菜や水菜、大根、ほうれん草、里芋など、たくさん出ていた冬野菜のうちのいくつかを買って、スタッフ達にはみたらしのお土産も買って戻ってきた。


マキノが顔を出して宣伝をしたことで、午後は好奇心いっぱいのおばちゃん達が入れ代わりやってきた。

「今日は、ここでお昼ごはん食べるわ。」

というおばちゃんが何人かいた。コーヒーや、好きな飲み物をを注文したり、お店の中を見学をしたりするおばちゃんも。

開店してからは忙しくて、朝市の出品するほうは参加できていなかったけれども、マキノの山菜ごはんやサンドイッチを覚えてくれている人がたくさんいて、もう一度出してほしいというリクエストがあったり、できないなら、ここのカフェでお持ち帰りを作ってくれたらいいのにという声まで上がった。

とても、ありがたいことだ。けれど、ひとつずつ態勢を整えてから対応していかなくちゃ、途中で息切れして頓挫してしまうほうが信用にかかわってくるような気がする。

今度、スタッフみんなで集まって作戦会議をしようかな。



イズミさんと仁美さんと敏ちゃんに集まってもらい、スタッフ会議をすることになった。火曜日ならば子ども達の学校が終わるのも遅いので、少々家を空けても大丈夫なようだ。


会議と言っても、お店を開きながらの話し合いだ。マキノ一人が自分の考えていることを次々と提言していく。


煮込みハンバーグをランチの定番にしようと思う。

もう少し早くお店を開けて、モーニングサービスをやりたい。

夜ももう少し遅くまで開けたい。

日替わりのランチをしたい。献立表を作りたい。

年齢層の高い人たち向けに、和食ランチを導入したい。

朝市の出品を再開して、テイクアウトのお弁当もしたい。

できれば、お弁当は配達ができるようになりたい。

パンを手作りにしたい

レジ横の陳列台に、お菓子やパンを並べて、売りたい。



まじめに聞いていた仁美さんが、とうとう呆れて笑い出した。

「マキノちゃん、ちょっとそれ、本気で言ってるの。」

「ああ‥本気ですけど、今すぐではないですよ。」

「全部実現させるとなると、スタッフが今の倍いても無理だよ、それ。」

「だから、すぐじゃないですって・・できることからコツコツとと思って。」

「当り前よ・・。」

「とんでもない人、持ち上げちゃったね、私たち。」

「そんなこと言わないでくださいよー。」


突拍子もない目標にも見えたが、敏ちゃんは意外と冷静に分析していた。

「この町って、意外と中小の事業所があるから、お弁当は悪くないと思うのよね。前日までに注文さえ取っておけば、その日に段取りできるし。数も読めるでしょ。でも今すぐは無理ね。配達してくれる人さえ見つかればできるように思うね。」

「敏ちゃんがそう言ってくれると、できそうに思えてきました!」

「過信しないように。毎日おかずを変えるって大変だよ?献立表はもちろん必要だし。今はまだ無理でしょう。スタッフ全員マキノちゃんに追いつけなくなるよ。」

「はぁ・・そうかなぁ。」


「モーニングって、どうするつもり?」

「それは、わたし一人でもできるように、簡単なのでいいと思うんです。ミニサラダを作っておいて、たまご料理とパンを焼いて、コーヒーと、ぐらいのを。今よりちょっとだけ早く起きさえすれば、準備をしながらできるかなって・・。」

「子どもを送り出さないといけないから、今より朝が早いのは無理よ。私たちは。」

「わかってますよ。だからそこは一人でと思ってます。」


「パンの手作りは?」

「あっそれは・・。今使ってるパンは、中野食品さんから入れてるんだけど、ちょっとイマイチなので、すぐに手作りは無理でも、ポムの奥さんが教えてくれたパン屋さんにお願いして仕入れようかな・・って。」

「それはすぐにでもできそうだね。一番現実的だわ。」

「でも、高いんじゃないの?安くてイマイチのと分けたほうがよくない?」

「ああ・・それでもいいかなぁ。でも仕入れる量が少ないのも悪いなって気も・・」

「じゃあ、少量を配達してもらうのが申し訳なければ、こっちからポムさんまで取りに行けばいいんじゃない?・・・ま、夕方の営業の延長だけは、もうしばらく先送りにした方がいいね。理想を追ってると、そのうちマキノちゃんが過労死するわよ。」

「そうですかね?」



お客様は、常に満員とまで行かなかったが、ぽつりぽつりとは入ってきてくれるようになっていた。これぐらいの調子が一番いい気がする。今みたいにお店をしながら、スタッフ会議もできるし、あまり忙しくて待ち時間が長くなるとよくないし、行列なんてできてもコンセプトからずれる。丁寧な対応ができてこそだ。



お客様が途切れて、4人でコーヒーを飲んで話し合いはつづいていたが、そろそろ子ども達が返ってくる時間が近づき、「もう少し慣れて調子をつかんでから広げましょうね」と、3人がマキノを押さえて押さえて、これにてお開きとなり、立ち上がった。


マキノが店の前まで出てきて3人に手を振って送り出していると、3人と入れ替わるように、花矢倉の女将さんと板長さんが来てくれた。


「マキノちゃ~ん。開店おめでとう。」

「いらっしゃいませー。ありがとうございます。その節はお世話になりました。」

「こちらこそよ。マキノちゃんすごくよくやってくれたもの。」

「食べる物はある?」

「ディナーじゃなくて、ランチならできますけど。」

「じゃあ、お勧めのをお願い。」

「はい。かしこまりました。」


本日のランチは、ミックスフライランチだった。エビと白身魚と自家製のコロッケ。生野菜のサラダ。付け合せはサツマイモのバターソテー。スープはほうれん草とクリームコーンのポタージュだ。

・・板長さんが来るなら、もっと凝ったものにしたかったな・・という気持ちが脳裏をかすめたが、等身大等身大。自分をより大きく見せるのはやめよう・・と色気はすぐに捨て去った。


食事を出すと、板長さんがA4ぐらいの大きさの封筒を差し出してきてきた。

「何かしら?」

開けてみると、年季の入ったノートが入ってた。

「実はねぇ、僕にとってはとても大事な物なんだよねぇ。マキノちゃんにあげるわけにはいかないんだけど、この中身が欲しければコピーするか書き写すかして、返してほしいんよ。」


ノートを開くと、びっしりと文字が書かれている。少し丸まった癖ある字は、板長さんの筆跡だ。

「こ・・これは・・」

レシピだった。有名どころのホテルや料亭の名前もある。

パラパラとめくると、タレひとつでも、お店によって配分が違うのがわかる。

「企業秘密。誰にも見せちゃダメだよ。自分の弟子たちには伝えていくものだから、コピーせずに自分の字で書くように言いつけてるんだ。」

還暦前の板長さんが今までいろんな所でお仕事をしてきた集大成のようなノートだ。

「マキノちゃんのお店に、和食なんて使えんかもしれんけど。」

「ううん。そんなことないです。和食ランチも考えてたんです。・・すごい。私も頑張って写します。ありがとうございます。」


「マキノちゃんいいものを預かったわね。」

女将さんが笑う。

「私、たった一か月しかいなかったのに,こんなに信用してもらって・・・。」

「でも、それがあっても実際に修行しないと身にはつかないわよ。」

「それは僕の歴史みたいなもんだな。僕は、マキノちゃんがかわいかったから贔屓しているのさ。マキノちゃんは板場になるわけじゃないから、修行はしなくてもいいけど、それがあればいろいろ工夫できるでしょ。」

「ああ・・すみません。本当にありがとうございます。」


ちょうど和食のランチの要望も聞いたところなのに、すごくありがたい宝物だ。是非参考にさせてもらおう。またひとつ夜の宿題が増えた。ノート3冊分の内職だ。


「頑張ってなるべく早く書いて、お返しに行きますね。」

「マキノちゃん、これ、素朴だけど、おいしいわよ。」

「丁寧に作っているのがわかるよ。コロッケも自作でしょ?地味に見えても手間はかかるよね。」

「お二人からそう言ってもらえると、自信が持てます。嬉しいです。」

「応援してるわ。頑張ってね。」

「はい。」




それ以来、お店が終わってから毎日パソコンに写す作業が始まった。

レシピのノートは、わからない言葉や材料がたびたびでてくる。その度に、ネットで調べては知識として頭に叩き込む。でも、実際に作っているわけではないので、ただちに自分の物になることはない。一生懸命、旅館のバイトしていた時に見たことを思い出す。カウンターにパソコンとノートを広げて、スツールに座ってお勉強だ。

たったノート三冊。・・しかし、読み込んでいくとなかなかの量もあり、中身が深い。

板長さんの気持ちだ。しっかり受け止めよう。

今分からなくても、いつか分かるようになるかもしれないから。


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